40. 〜光穂〜

 桜がふわりと香り、桜の花びらに敷き詰められているらしい不思議な感触がする道を歩く。

 おめでとう、などの歓声に送られ、袴を着た私は3年間通ったこの高校から卒業した。

脇に力を込めて抱えた卒業証書は、本来の重さよりもずっと重く感じる。

 あの日の告白から、私と清也は何度かお出掛け……つまりデートをした。

あまりお金のかからない、公園や花畑に良く行ったが、それは私が高校生であることももちろんあるだろうが、清也がカメラマンであることが1番大きな理由だったように思う。

 相変わらず彼は私をモデルに何枚も撮っていたが、あの日以来写真を現像して渡してくることはなかった。

あの写真は額縁に入れて私の部屋に飾ってあるのだが、今でも時折その写真を指で撫でる。

 しかし清也とデートできたのも夏頃までだった。

私はとある芸術大学で音楽を本格的に学ぶため、実技も含めて今までにないくらい勉強をしなければならなかった。

また、清也も私の高校での作業が終わりに近付いていて、最終調整に忙しいと言っていた。

 今日の卒業式を思い出すと、1番に思い出せるのは瑞希のことだ。

彼女は司会を務めていたのだが、退場のとき嗚咽おえつを漏らして誰よりも泣いていたからだ。

正直、彼女があまりにも泣くので私たち生徒の方が泣けない雰囲気になってしまった。

 私の母はそんな瑞希を見てさらに泣いていた様子で、娘としては恥ずかしかった。

しかし私の成長を何よりも喜んでくれる両親にはどうしても返しきれない恩があると感じている。

式に来てくれた2人に卒業記念品の生花を渡すと、彼らは私のことを力強く抱き締めた。

 式が終わりすぐに帰る人や泣いて別れを惜しむ人がいる中で、理人はすぐに私のところにやってきて、第二ボタンを半ば強引に渡した。


「光穂、高校でもいろいろとありがとう」


 これからも私たちは会う約束をするつもりではいたが、そんなことを改めて言われて涙が溢れる。


「こちらこそありがとう」


 そう言って、理人に思いきりハグをした。


 理人に付き添ってもらって校門を出たところに、スーツを着ているらしい清也が立っていた。


「2人とも、卒業おめでとう」


 彼は私に花のモチーフがついた髪飾りを、理人には小さな花束を渡して言った。


「じゃあ、バトンタッチ。またね光穂」


 理人は私の肩をぽんぽんと叩いて去る。


「親御さんは?」

「先に帰りました」

「そっか、じゃあ一緒に桜の名所へ行こう。学校もたくさん咲いているけど、俺は入れないからね」


 彼の運転で隣町の桜で有名な場所に着き、私たちは歩いて木陰に陣取る。


「ひらひらって桜が舞ってる。光穂ちゃんにとても似合ってる景色だ」


 そう言って清也は片手を私の肩に、もう片手を頭に乗せて、そこから手をするすると滑らせて両手が肩に乗る格好になった。


「俺、会社辞めることにした。それで専門学校で2年間、前からしてみたかったカメラの勉強をしようと思ってるんだ」

「最近忙しいって言ってたのって……」

「そう、実は俺も試験勉強。終わってから言いたくて嘘ついててごめんね」


 私は首を振って、


「どんどん夢を叶えていて素敵です! 私たち、お互い学生ですね」

「ははは、そうなるね」


 清也はそれだけ言って黙り込む。

私は次の言葉を受け取ろうと、彼がいるであろう方向に顔を向けた。

 すると突然私の唇に柔らかい感触がした。

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