33.

 清也とカフェで話したあと、僕はまたバスケットボールにのめり込んだ。

時間があるとつい清也のことも含め光穂のことを考えてしまうからだった。

 1人でただただボールを操っている間はそちらに集中できる。

むしろはっきりと想いを伝えられたからか、いつも以上にシュート率が良い。

 ボールが手に張り付いてくる感触を確かめながら、ゴールに狙いを定める。

そして両手でボールを掴み、膝のバネを使って跳び上がってから胸から斜め上に押し出す。

綺麗に回転がかかって放物線を描き、ボールは吸い込まれるように円の中へ入った。

 上手くシュートできたときのネットが上にふわりと浮かぶ動きが僕は好きだった。

 再び地面へ落下したボールを拾いに行ったとき、このコートが面するランニングロードをゆっくりと歩いてくる女性に気が付いた。

ランナーたちが彼女を一瞥いちべつして追い越していく。

 どんどん近付いてくる女性に見覚えがあった。


「先生、こんにちは」


 目が合って無視するのも変なので、僕は少しの気まずさを感じつつもぎこちない笑顔を作って声をかけた。


「こんにちは」


 彼女は赤く腫らした目をさらに何度も擦り、彼女もまたぎこちない笑顔を見せる。

 上にジャージを羽織り、居心地の悪い空気の中で必死に酸素を胸に取り込んだ。

 何も話さないまま横に並んでベンチに座ると、瑞希のローズ系の香水の香りが鼻をくすぐる。

オフの先生はいつもよりもずっと女性らしくて、慣れていない高校生の僕はついどぎまぎしてしまう。

 バッグから取り出したハンカチを握りしめ、それを見つめていた瑞希がゆっくりと文字を打ち込み始めた。


「私、清也さんに振られちゃった」


 声色こそわからないが、これはきっと泣きそうな声なのだろうな。

それくらいは僕にだってわかる。

 僕は思わず彼女の肩を掴んでこちらに抱き寄せた。

触れ合った腕はひんやりと冷たかった。


「僕も光穂に振られました」


 空を見上げるとそこには綺麗な星がいっぱいに敷き詰められていた。

 僕のため息で全部吹き飛んじゃったりして。

 そんなことを考えていたが、残念ながらため息では揺らぎもしなかった。


「そっかあ……」


 それだけ言って瑞希はさらに僕に体重をかける。

 星から目を離すと、彼女の瞳からきらきらした粒が落ちたのが見えた。

僕にはそれが星に見えてついまた息を吹きかけてしまったが、こちらも動かずに彼女の水色のスカートに紺色のしみを作った。

それを見つめながら、背を震わせて涙を流す瑞希を周りから見えないように僕の胸に包んだ。

 僕たちは別に恋愛の話をしたことはなかったが、僕は光穂を、瑞希は清也を想っていることはなんとなくわかっていた。

なぜだかはわからない。

しかし僕たちは関係のある恋をしていると、“なんとなくわかっていた”のだ。

 この日僕たちがこのコートで会ったことには運命的なものを感じた。

僕たちがこうやって支え合うことが決められていたように、感じた。

 こちらの恋が終わったということは、あちらの恋はきっと進んでいるのだろう。

 また空に目を移すと、今度は輝く月が僕たちを静かに見つめていた。

そのまばゆさに目が痛み地面に視線を落とすと、そこでは行き場を失ったバスケットボールが彷徨っていた。

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