「真希ちゃーん!会いたかったよー」

 ふにゃりと破顔して両腕を広げた棗は、もどかしそうにレジカウンターを回って彼女のもとにやってくると、自分より頭一つ分は小さい体をギュッと抱きしめる。

 日本では馴染みのない挨拶に、ちょっぴり恥ずかしそうに笑う彼女。

 まだこのお店を開く前、パン作りについて学ぶためにヨーロッパへ武者修行に行っていた棗は、その頃の癖が抜けていないので挨拶がどうしても外国風になってしまうのだと彼女には語っているが、真実を知っている菜穂は、毎度その光景に呆れたように息を吐く。

 挨拶にしては長い抱擁がようやく解かれたところで、彼女は改めて目の前に立つ男性を視界に映す。

 そして、難しい顔で首を傾げた。

 その理由は、全身を包む白の爽やかさとはなんともミスマッチと言わざるを得ない、派手な容姿。

「棗さん、相変わらずお仕事着が似合わないですね。棗さんはお顔的に、バンドマンとか、美容師さんとか、……あっ!あとバーテンダーとか似合いそうですよ」

 いわゆるイケメンというやつで、目鼻立ちがハッキリとした顔の棗は、裏で黙々とパンを作っているよりも、表で華々しく活動しているのがよく似合う。

 それを、彼女が悪気など微塵もなく口にすると、聞いていた菜穂が盛大に吹き出した後、お腹を抱えて笑い出した。

「さ、3Bだ……付き合っちゃいけない男の職業トップスリーだ。ほんともう、最高。あー……お腹痛い。えーとなんて言ったっけ、マリだっけ?あんた流石だね」

 可笑しそうに、楽しそうに笑い続ける菜穂を睨んでから、棗は彼女に向き直ってガクッと肩を下げた。

「……わかってる、わかってるよ。真希ちゃんに悪気がないのはよーくわかってるし、そういう真っすぐなところもまた可愛いんだけど…………真っすぐだからこそ、心に刺さるよね」

 なおも笑い続ける菜穂と、俯いて悲しげにため息をつく棗を交互に見て、彼女は心底不思議な気持ちで首を傾げる。

 何が起こっているのかはよくわからないが、とりあえず言わなければいけないことが一つあった。

「菜穂さん、私の名前はマリじゃなくて真希です!本庄 真希ほんじょう まき。いい加減覚えてくださいよ」




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