第15話 採用

 次の日の朝七時。


 俺は駅の改札口で一人佇んでいる。


 うん、失敗した。

 学校八時半からなのに、こんな時間に登校する訳ねえ。

 ちらほら見かけるのも、部活の朝練組だけだ。


 全く……どんだけ浮かれてるんだ? 俺。


 なのに。


「え? え? 凛くん早くない!?」


 なぜか桜さんが驚いた表情で改札を出てきた。


「あ、お、おはよう桜さん。そ、その……なんだか待ちきれなくて……」

「あう……う、うん、実はボクも……」


 い、いかん……思わずモジモジしてしまう……。


「そ、そうだ! こんな早くに来たら、お弁当とか作る時間もなかったんじゃないの!?」

「あ、ううん。お弁当はおかずの半分は昨日のうちに作ってあるから、今日もちゃんと持ってきてるよ。その……凛くんの分も」


 マジか、超嬉しい。


「その、いつもごめんね。だけど、すごく嬉しいよ」

「えへへ……」


 ああ、はにかんだ桜さんの表情、カワイイなあ……朝から眼福眼福。


「そ、それじゃ、ちょっと早いけど学校に行こうか」

「うん!」


 俺達は通学路を並んで歩き、学校に着くまで他愛のない話をした。


 すると、途中で中原先輩に出会った。


「あれ? 先輩?」

「ん? ああ、おはよう。二人とも早いな」

「は、はい、今日はたまたま……先輩はいつもこの時間ですか?」

「いや、いつもは八時前に来てるんだが、今日は顧問の先生と話をするからな」


 ああ、なるほど。今日にでもって言ってたもんな。


「ああ、しばらく休むって話ですね」

「それなんだが……昨日一晩考えた結果、退部することに決めたよ」

「ええ!? そうなんですか!?」


 一体先輩の心境に何が……。


「いや、中途半端な気持ちでマネージャーなんかしたら、頑張ってる部員達に迷惑が掛かるし、それに私自身に未練もないからな。何より……」


 そこまで言うと、先輩は急にモジモジしだした。

 ? なんだ?


「い、いや、何でもない。それより放課後、よろしく頼む」

「はい! ボク達が先輩の教室に迎えに行きますね!」

「いいいいや、そ、その放課後は現地集合で頼む! ほ、ほら、学年も違うし、それだと不便だしな? な!」


 なんで先輩、そんな必死なんだろう。

 ま、いいか。


「分かりました。じゃあ現地集合ってことで」

「あ、ああ!」


 その後、俺達は三人で登校した。


 ◇


「凛くーん!」


 今日の昼休みも元気に桜さんがお弁当を持ってやってきた。

 そして、クラスの男子どもから怨嗟の目で見られるのも、もはやテンプレの様相。


「じゃあ行こうか」


 俺は席を立ち、一緒に教室を出ようとしたところで、俺達を見ていた皐月から舌打ちが聞こえた。


「は? 何か用?」


 どうやら舌打ちが聞こえてしまったらしい。

 桜さんが冷ややかな視線で皐月を睨み付けた。

 こ、怖え。


「別に」


 その一言だけ吐き捨てるように言うと、皐月は教室を出てどこかへ行ってしまった。


「あームカツク! 何なのアイツ!」


 皐月の態度に、桜さんがプリプリと怒っている。

 ま、確かにあの態度はないよな。桜さんの露骨な態度もあれだけども。


「まあまあ、それより早く昼メシ行こうよ。もう俺の胃袋、桜さんの弁当を受け入れる体制は万全なんだけど」

「あはは! そうだね、行こ!」


 俺達は今度こそ教室を出て、いつもの踊り場へと向かう……んだけど、まさかの先客がいた。


 しかも……中原先輩と大石クズ先輩だ。


「ね、ねえ、あれって……」

「とにかく、様子を見よう」


 俺達は陰に隠れ、二人の様子を窺う。


「なあ楓、お前、マネージャー辞めるって本当か?」

「ああ、今日の朝、先生には話して認めてもらったよ。まあ、渋々だったけど」

「お前、俺達のチームがインハイ予選に向けて今大事な時期だってのは、分かってるんだよな?」

「もちろんだ。だから、中途半端な気持ちで続けても迷惑が掛かると思って、辞めることにしたんだ」


 中原先輩が淡々と理由を告げる。

 その瞳には、一切の感情が込められていなかった。

 それこそ、色も、匂いも、味もない、無機質な蒸留水のように。


「ふざけるなよ! そういうの、無責任っつーんだよ!」

「どう思おうが勝手だが、私は辞める。これは決定事項だ。話はそれだけか?」

「はあ!? お前、俺の彼女だろう!」

「…………………………は?」


 立ち去ろうとした中原先輩に、クズ先輩が爆弾を投下した。

 それを聞いた中原先輩が、今にも人を殺してしまいそうな鋭い視線を向けると、クズ先輩は声を失って思わずたじろいだ。


「…………………………フン」


 その様子を見て、中原先輩は鼻で笑うと、何も言わずに階段を降りていった。


「な、なんなんだよ、アイツ……」


 そんな中原先輩にビビったクズ先輩は、ブツブツ言いながら、こちらも階段を降りた。


「はあ、俺、中原先輩があのクズ先輩をぶん殴るんじゃないかって思ったよ」

「うんうん。ボク的にはぶん殴って欲しかったけど」


 桜さん、あなたも結構バイオレンスですね。


「そんなことより! 早くお弁当食べないと、せっかくの昼休みが台無しになっちゃうよ」

「そうだな。くう~! 楽しみ!」

「えへへ……」


 そうして俺達は、楽しい昼休みを過ごした。


 ◇


 放課後になり、俺と桜さんは喫茶店に入ると、そこには既に中原先輩が来ていた。


 ……で、先輩が喫茶店の制服を着ていることについて、誰か説明して欲しいんだけど。


「せ、先輩、その……どうしたんですか、その恰好」


 桜さんが勇気を振り絞って先輩に尋ねた。


「ん? ああ、私も今日からここでバイトすることになったんだ。まあだから、私は立花くんの後輩になるな。よろしく頼むよ」


 うん、トレーを持ちながら嬉しそうにはにかむ先輩を見ると、俺の口からはもう何も言えない。

 代わりに大輔兄を見やると、俺に手招きしてきた。


「(ちょっと大輔兄! ……これってどういう……)」

「(それが、十三時過ぎくらいにやってきて、ここでバイトさせて欲しいって土下座でもするような勢いで頼み込まれちゃって、その……押し切られ……)」


 ちょっと待って!? 学校終わったの十五時だよね!? なんで十三時に来てるの!?

 ていうか、クズ先輩との一件の後、すぐ店に向かったってこと!?


 色々ツッコミどころが多すぎる……。

 よし、俺は知らん。


「じゃあ俺も制服に着替えてくるから、桜さんと先輩は先に始めてくれてていいよ」

「うん、オッケー!」

「分かった。その、マスター、いえ、だ、大輔さんも一緒に……」

「えええ、俺も? ……まあ、客もいないしいいか……」


 うん、先輩の様子がおかしいのは気にしないようにしよう。しかもしれっと名前呼びになってたし。

 とりあえず、俺は制服に着替えると、みんなの元へと戻った。


「じゃあ今日の作戦会議を始めよう。まず、皐月のバカとクズ先輩への仕返しだけど……」

「それなんだが、仕返し云々より、さっさとあの男と正式に別れたいんだが」


 おおう、先輩がいきなり剛速球を投げてきた。

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