第6話(8/9)

「えっ……」

 友達なのか、特に香椎さんが心配した声をあげる。


「ペアのやつ曰く、いつの間にかいなくなってたらしい。もちろん先に宿に戻ったことも考えてそっちも探してるんだが、まだ見つかってないそうだ」

「……マジかよ」

「一本道だし、はぐれることはないと思うんだが……。とにかく、肝試しは中止だ。戻りなさい……といってもここからだと進んだ方が早いか」

「もし手掛かりを見つけたら……」

「何があるか分からない。一旦帰ってきなさい」

「分かりました」

 俺達は神妙に頷き、先ほどよりもさらに身を寄せ合って遊歩道を進んだ。肝試しの恐怖は、この異質なアクシデントに対する不安が上塗りをし、感じられなくなっていた。


 橘さん大丈夫かな。大丈夫だって。たぶんトイレとか行ってはぐれちゃっただけだろう。など、ぽつりぽつりと言い合い、気を誤魔化す。宿泊施設が見えてきて、懐中電灯がなくても歩けそうなくらいには景色が色を持ち始めていた。


 そんな時、

「ねぇ、あれ……」

 木苺さんが立ち止まり、懐中電灯で何かを照らす。


「靴……?」

 それはスニーカーだった。右足用のが一つ、横たわっている。

 その周囲の木は枝が折られ、草は踏まれていた。


 ……そう、まるで何かに抵抗したかのように。


 俺はふと、昨日のお昼のことを思い出した。

 食堂に備え付けられたテレビ。そこに流れていたニュース番組。あれは確か……。


「通り魔犯が逃走中って……」


 背筋が凍る。

 瞬間、懐中電灯が力なく消え、周囲が闇夜に包まれた。




「「「「「~~~~~~~~~!!!!」」」」」




 一同声にならない声を上げ、一目散に走り出す。


 マジかマジかマジかマジか洒落にならんぞおい。え、あれ橘さんのだよな絶対そうだよな。え、え、え、なんで? なんで? 通り魔? この山にいるってこと? え、え、え。事件じゃん完全に事件じゃん。アクシデントどころじゃないじゃん! ああああああああああ!!!!


 パニックになりながらひたすら身体を前に前に進める。上手く手足が出てる気がしない。そもそも暗くて足元なんて見えやしない。おぼろげに見える道の先へ、もがくようにあがくように走る。


「いたっ!」

 後ろでそう叫ぶ声と、地面を擦る音がした。悠里だ。


「大丈夫か!?」

 悠里は派手に転び、駆け寄って見ると、手から血が滲んでいた。


「乗れ!」

 俺は悠里の前にしゃがみ、背中に乗るように促す。


「えっ……」

 悠里は戸惑った様子を見せるけど、この切迫した状況だ。すぐに背中に確かな感触を感じた。悠里が軽いからか火事場の馬鹿力というやつか、他の皆に大した遅れを取ることなく森を抜け、ゴールにたどり着く。


「おー、お疲れー」

 そう言って出迎えたのは担任の土橋先生だった。傍らには確か四組の担任をしている若い女性の美術教師もいて、楽しそうに話していた。


「お疲れーじゃないですよ! 聞いてないんですか!」

 息を切らしながらそう言う香椎さんを見て、土橋先生にやにやと笑っていた。


「もちろん聞いてますよ。橘さんが行方不明になった件ですよね」

 美術教師が代わって答える。 


「だったらなんでそんなに落ち着いてるんですか! 橘さん、もしかしたら通り魔に襲われてるかもしれないんですよ!」

「おお、ちゃんとそれにも気付いてくれたか」

 香椎さんの必死の訴えも、なんだかズレた回答が返ってくる。


 もしかして……。




「どうだ、肝は試されたか?」




「…………え?」


 やっぱりか……。


 それから先生によるネタ晴らし解説が始まった。

 橘さんが行方不明になったのはもちろん嘘で、落ちていた靴も仕掛け。タイミングよく懐中電灯が切れたのも、あの懐中電灯は物理教師特製の遠隔操作できるものだからだとか。


「いやでもニュースが……」

「あれも作った。うちの放送部のOGでローカル局だけど女子アナなったやつがいてな」

「……はぁ」

 香椎さんが驚きを通り越して、呆れた声を上げる。


「結局、怖いのはお化けより人間だと思ってな」

「どんだけ気合入ってるんですか……」

 木苺さんも苦笑いでそう言った。


「先生達も三日間授業しっぱなしってのはストレス溜まるからな。毎年気合入れて本気で生徒を怖がらせてるんだ」

「気持ちは分かりますけど、やり過ぎですって……」

「……うん、それは俺も皆のリアクション見てて思った」

 思わず口を出た俺の言葉に、先生達はバツの悪そうな顔をしてそう言った。


「本当ですよ! 悠里ちゃ……柚木さんなんて転んでケガしたっていうのに!」

「え、柚木本当か!?」

 さすがの先生も焦ったように悠里を見やる。


「あ、いえ、大丈夫です。転びはしましたけど、ケガはなかったので……」

 そう言って悠里は両の手をひらひらと振る。傷口のない綺麗な白い手だった。先生はほっと安心した顔をする。立場上、怪我人が出るというのはまずいんだろう。


「あれ……。確かに血が出てたと思うんだけど……」

「く、暗くて見間違えたんじゃない?」

 もちろん香椎さんが見たものは正しくて、河童の体質のおかげで治っただけだ。

 俺の誤魔化しに、香椎さんは首を傾げつつも納得してくれて、場はようやく落ち着く。


「……なんかすっげぇ疲れた」

 透がそう言って膝に手を付く。俺も、他の皆も同じ感想だった。走ったのはもちろんのこと、緊張が解けたことで精神的な疲れが一気に襲ってきた。


 じっとりと掻いた汗を流すためにも、冷えた肝を温めるためにも、俺達は浴場へと向かったのだった。

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