第二話 密室解体

 ヨギホトさまの内部には、濃密な闇がみっしりと詰まっていた。

 ぼくと同じように内部を覗き込んで、言葉を失う蛭井女史。

 この偶像もまた器であり、何らかの概念を封入する箱であったのだ。

 そして、これでひとつの証明が出来た。


「先代の巫女、額月多根子、そして額月萌花が失踪したとき、たしかに祭祀堂の内部は密室だった。けれど、これで明らかなとおりだ。人が隠れることの出来る場所は、ここにあったんだよ」

「は、はぁ……まさかご神体に隠れる場所があるなんて、そりゃ不敬で誰も思いつかねぇわけだ……」


 蛭井女史の言葉は、そのまま先入観と盲点を指摘するものだった。

 だれだって、神聖不可侵だと思っている場所に賊が潜む部分があるとは考えない。


「……ただ、これもおそらくは逆なんだ」

「逆って言いますと?」

「もとは何らかの理由があって、人や物を詰めれるようにご神体はされていた。けれど島民達は長い年月の間に、その使い方を忘れてしまった」

「それを覚えている人間がいた、ってことですかい?」


 ぼくは頷く。

 しかし、これで密室は解体された。失踪事件は超常性を失った。

 ひとが出入りする余地があったのだから、萌花くんがこの内部に潜んでこっそり外に出たという可能性は確実にあるのだ。


 おそらく、この方法を使って額月惣四郎は、額月多根子をウロブネのなかから誰にも気付かれることなく連れ出したのだろう。

 そして、現代になって、どうしてか誰かがこのギミックに気がついて利用した。

 それが、伊賦夜島連続巫女失踪事件の真相だ。


「問題は、その萌花くんがどこに行ったか、ということだけど……蛭井さん、思慕くん。そっちは進展があったかな?」

「あるにはあったぜ。こいつを読んでみろ」

「おっと」


 乱雑な手つきで、思慕くんが本を投げ渡してきた。

 慌ててキャッチし、持ち込んだ灯りで本を照らす。


 伊賦夜島縁起えんぎ


 そう書かれている。


「この島の来歴がおおよそ、本当におおざっぱにだが書かれてる。特に真ん中辺りからは、興味深いぜ」


 言われるがまま──とはいえ、いつまでもここに居座るわけにはいかないので手早く──目を通していく。


 享保二年、と冒頭にあるので江戸時代中期、浅間山噴火の四年前のことか。

 遭難した漁師が、暗礁の先にて孤島を発見。それを松枯島と名付け、脱出不可能の流刑地として定める。

 それから長い年月をかけ、罪人によって島は開拓されるが、おり悪く飢饉が続き餓死者多数に上る。

 このとき、多くの子どもが間引きされたと書かれている。


「……やはり子どもを喰らう凶事が起きたようだ。しかし、そのあと祟りがあった」

「祟りですかい?」

「因果の逆転だよ、これもね。飢饉と流行病が同時に訪れて、それを、子どもを食べた所為だということにしたらしい。それで、川に遺骸を流し弔いとともに厄払いをすることにした」


 このときは、どうやら鳥居はなかったようである。

 ……奇妙だ。ぼくの解釈では、あの鳥居は子どもを海へと送り出すためのものだと考えていたが。はて?


 ともかく、続きを読もう。


「しかし、一向に生活は改善されず、さらにはこの地へ大海嘯が押し寄せ、多くの死者が出た。憐れしは子らの嘆きであり」

「アワシマ? 海嘯ってのはなんですかい?」

「アワシマじゃない、憐れしは、だ。海嘯は津波のことだね。えっと──大津波。ひとびとはこれを、こどもたちの祟りであると考えたが……え?」

「どうしたんです?」


 いや。


「続きを読めよ、稀人」


 思慕くんが冷たい眼差しで促してくる。

 けれど、そこに書かれていることは、にわかには信じがたく。


「稀人」

「────ッ」

。真実から目を逸らすんじゃァない」


 べろりと、彼女がぼくの眼球を──違う、目玉ごと眉を舐めあげた。

 それは、あのとき、あの夕暮れ。

 萌花くんをこの神社へと送り出したときと同じで。


「……縁起には、こう書いてある。津波にて、漂流物有り。カジロブネ打ち上がる。これ神使の御船であり、ヨキホトに現れる門である」

「ヨギホトですって!?」

「『佳きよき外陰ほとに現れる門』だ。続けるよ。カジロブネより、にわかに不定形の〝水〟染みだし、これすぐさま器に入り肥大させ、クジラの姿となる。カジロブネは飛び去って、岩の上にて休むなり。クジラ、一声鳴けば、門となる。門は糧となり、口にしたもの、ことごとく子を為して鍵を産む。これ、不老不死のモノであって、人から遠きものなり。また、これらを妬み海より子らが這い上がること多くありけり。よって、大岩によってこれを封ずる。ひとはこれを〝封〟と呼ぶものなり」


 なんだ、これは何が書いてある?

 必死で考えながら、ぼくは視線を走らせる。


「のち、一根という者、島に現れ、門を開く。これを以て、〝封〟を使役し、島をおさめ、潤す。かねてより迷いクジラ多く、浜にて打ち上がり、それを向こうの浦へと渡す。この功績により、封憑ほおづきの姓を賜り、〝封〟を封じた大岩を神体としてこの地に神社を拓く。また、島の名を伊賦夜と改める。島の民、これらのことより、外よりのものを歓迎することを尊ぶなり──」


 封憑!

 鬼灯ではなく、封憑き!

 かつてぼくは、河童と人魚の逸話に触発され、ぬっぺふほふの肉を食べたものは不老不死になると述べた。

 そして、ぬっぺふほふは別名を〝封〟というとも!


 これは、偶然だろうか?

 この奇妙な一致は、ただのたまさかだろうか?


「否。ぼくは既に知っている。怪異という選択肢が、この世にあると知覚している」

「貝木先生……?」

「蛭井さん、もうひとつだけ頼みがある。この神社で、ぼくらはもうひとつだけ、やらなくちゃいけないことがあるんだ」

「そ、そいつは、なんです?」

「それは」


 怯えた様子の彼女に。

 ぼくは鬼気迫る表情で、告げる。


「赫千神社のご神体を、確認することだ……!」

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