第3話 一人暮らし

 家から出ると、日は結構高くなっていた。


「一人暮らしのいいところだな」


 田舎での一人暮らしに時間なんて概念はない。日が昇ったら目覚め、仕事をして、日が沈んだら眠るの繰り返しだ。


 多少、寝坊したところで咎める上司もいなければ、仕事仲間がいる訳でもない。自分のペースで生きらるってサイコー!


「んー! 今日もいい天気だ」


 初夏の清々しい朝。前世の記憶まで目覚めてしまったが、まあ、いい朝でなによりだ。


 家の横に置いた瓶から桶で水を掬い、顔を洗った。


 スッキリサッパリしたところで、キセルを出してタバコを一服する。


 この世界──いや、この近辺では、か。この国しか知らんし。まあ、この近辺のタバコは前世のように体に害はないもので、薬煙って感じの薬に近い。


 まあ、吸い過ぎはさすがに体に悪いが、適度に守れば体にいいものである。が、嗜好品的なもので高価なので、そう毎日バカバカは吸えないものだ。


「ふ~。気持ちが落ち着くわ~」


 そろそろ薬丸が切れる頃。また行商人のじいさんに注文するか。


 庭……というほど立派なものではないが、そこから見える花崎湖はなざきこを眺めながらぼんやり思う。


 タバコを一本……いや、一丸か。を吸って、火皿を逆さにして残った灰を地面に捨てた。


 前世ならタバコのポイ捨て禁止と叫ばれるところだが、この世界のこの時代では誰もなにもいわないどころか、ポイ捨て禁止の概念すらない。


「今まで罪悪感なんてなかったのにな」


 落とした灰を広い、竈へと捨てる自分に呆れてしまった。


 これはつまり、これまでの自分と前世の自分の差が出ていることだ。


 その差がなんなのかわからないが、他のヤツから見た違和感を感じるかもしれんな。


「まっ、それほど広く交流してるわけじゃないから問題はないか」


 今は村から離れた場所に住み、一人で暮らしている。たまに兄貴の娘が遊びに来るか、花崎湖で釣った魚を売りに村にいくくらい。完全ではないが、八割くらいは自給自足の生活だ。


 別に人嫌いでこんな場所に住んでいるわけではないからね。


 若い頃、徴兵されて農作業を覚えることができず、三男坊なので畑ももらえない。そう考え、そのまま兵士として雇われていたが、戦争は終わり、世は平和……というほど平和な世ではないけれど、まあ、無理矢理徴兵される世ではなくなった。


 そうなれば金食い虫たる兵士が減らされるのはどこの世界、国も同じ。早期退役するとお金がもらえるよとのエサに食いつき、商売でも始めようかなと思ったものの、既に二十五歳。雇ってもらうにも下働きとして需要がなく、店を立ち上げるほど知識もコネもない。


 兵士として身につけた力で傭兵稼業で食いついていたが、三十も越えると腰を落ち着けたくなってくる。


 まあ、落ち着いてみると、また旅がしたくなるから人とはいい加減な生き物である。


 傭兵家業を引退して生まれ故郷に戻って来たものの、畑などもらえるわけもなく、下働きも柄ではない。なら、どうすると考え、昔から釣りが得意だったので、湖の畔に小屋を建てて釣り──漁を始めたのだ。


 花崎湖は、鱒に似た魚やナマズ、ワカサギのような小魚が採れ、村じゃ誰も漁をしないのでおれの独壇場だ。


 船を持つ者もいないから、結構、食うには困らず、そこそこ小銭を稼いでいた。


 前世の記憶を思い出し、今生の自分の人生に思いを馳せていたら、いつの間にか太陽が真上まで来ていた。


「……腹減ったな……」


 ここは、そう豊かな土地でもなく、そう豊かな暮らしではないが、食うに困らないだけの土地であり、暮らしが築かれている。


 米に味噌、漬物があり、肉を食う文化でもあるので鶏を飼っている家も多く、卵もある。さすがに魔獣がいる世界なので豚や牛は大々的には飼えないが、小規模には飼えている。


 チーズやバターも少ないないながらあり、魚と交換してもらえるので、野菜のチーズグラタンなんてものもあったりする。


「まあ、飯と味噌、漬物な日々なんだがな」


 卵も三日に一回食えればいいほうだし、肉なんてたまにしか回って来ない。魚は毎日食えるが、さすがに毎日は飽きるので、食うのは晩だけにしている。


「今から飯を炊くのも面倒くさいし、昨日の残りでも食うか」


 炊飯器や冷蔵庫のない世界では、必要な分しか炊かないが、だからといってすべてを食い切ることはない。


 前世でもそうらしいが、この時代でも炊くときは大量に炊き、一日で食い切る。だが、人である以上、体調が悪いときもあるし、仕事具合で飯を抜いたり少ししか食えないときがあると、飯が残るのだ。


 昨日は、珍しく魚が大漁で、捌くのに時間を取られて昼を抜き、夜も少ししか食わないで寝てしまったのだ。


 家へと戻り、台所──というほど立派なものではないが、台の上に置いたおひつから飯を木碗へと盛り、水をかける。


 正式には水かけ飯と呼ばれるが、だいたいは水飯と広まっている。戦場じゃよくこうやって食ったものだ。


 瓜の漬物を一本つけ、水飯をかっ込んだ。


「……これを旨いと感じていた今生のおれは幸せだったんだな……」


 こんなものでも食えればマシ。漬物がついたらご馳走と思っていたんだからな。


「前世の記憶なんて願うんじゃなかったぜ」


 水飯を半分以上残し、ご馳走様をした。

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