第16話 閑話

 アーガント竜王国、とある男爵領の開拓村に多数の移民を連れた行商隊が向かう。行商隊は1月に一度、この開拓村に向かい、村の生活必需品を売り、移住希望者がいれば連れていくのがいつもの仕事だ。


 ただ、いつもは門についたとき、村長や門番が出迎えてくれるのに、今日はだれ一人迎えがなかった。今まではそんなことはなかったが、珍しいこともある物だとこの行商隊のリーダーは思った。

 まぁ、知らない仲でもないし、気にせず入るか。と不思議に思いながら行商隊一行は開拓村に入っていった。


 まず、誰が気付いただろう? 村内が昼間にも関わらず、異常に静かだった。


 ――――おかしい


 行商隊のリーダーやいつも来ているメンバーも胸中は同じだった。しばらく、商隊を進めていると、


 この村で初めて見る、生物がいた。


 人間の子供くらいのサイズで全身が濃い緑色をしている生物。


 ――――ゴブリンだ。


 村の中にゴブリン。警備の穴をついて侵入されることはさほど珍しくないが、今回は違う。


 門番不在で、今のところ人子一人見ていない。


 明らかに異常だ。


 商隊全体の警戒度が上がる。商隊の護衛の冒険者が発見したゴブリンを処理すべく、先行し倒す。


「な、なんだこれは!?」


 ゴブリンを倒した冒険者が驚きの声を上げる。


 声を上げた冒険者のもとに商隊の全員が向かい、冒険者が見ている方向を見ると―――



 ――――そこにはもうすでに、乾ききった、血の跡が村の地面を覆い、首の無い恐らく人だったであろう死体がそこら中に転がり、胸が陥没したような乾ききり、虫がたかり原型をとどめていない死体も転がっている。ここまでくれば少し、いやかなり匂う。

 骨だけになっている死体もあり、その散らかり方からゴブリンあたりが食い散らかしたのだろう。


 商隊のリーダーは冒険者たちに村の生き残りの探索を頼む。


 10人ほどの冒険者が三組に分かれて行動を開始する。


 その間、残った者たちは一か所に集まり、この場に残っている護衛の冒険者に守ってもらう。



 周囲の生存者の確認に向かった冒険者たちは、村の奥の広場に向かって進む。


 広場に近づくにつれてゴブリンとの遭遇頻度が上がっていく。見つけ次第すぐに倒しているが、この様子だと生存者はいないだろう。


 村の中心に向かうにつれて増えていく死体を見るともう引き返したくなってくる。しかし、どの死体も荒らされていなければ皆どれも特徴的なものが多かった。どれも剣や槍と言った刺突や斬撃による死亡が原因には見えない。


 どれもこれも、頭が無かったり、胸が陥没したものだったりして、何かとてつもない力を持つ化け物による攻撃によってこのような惨劇が起こったのだと分かる。


 少なくともそこら辺をうろつくゴブリンにはこんな芸当は出来ないだろう。


 あるいは、ゴブリンの上位種でも発生してしまったのか。ありえない訳ではないが少し考えにくかった。ゴブリンの上位種は総じて、ゴブリンを率いて、攻めてくるものだ。この様な統一された特殊な殺害の跡にはならない。


 暫く様々な死体を観察しながら進み、特殊な死体を発見した。


 死因はどれも同じだが、上等な全身金属で出来た鎧を身に纏った死体。それが2人分。その近くには剣が抜かれた状態で転がっている。


 戦闘があったのだろう。しかし、勝敗は見た通りだが。


 このような装備はどこかの騎士の物だろうか? と冒険者の一人が考えていると、


「こ、この鎧、神殿騎士の物じゃないか? 何かの祭典とかで見たことあるぞ! 血や泥で汚れているが間違いない」


 「おい! 向こうに村人らしくない服装の死体があるぞ!」


 見つけた本人の差す方向を見ると、ポツンと少し目立つ死体があった。


 近づいて観察すると、それは神官が着る服だとすぐに分かった。血で汚れていようと、白を基調とした服は普通の村人の服装ではない。そして、神殿騎士の死体があったのだ。それとセットの神官や巫女がいない訳がない。


 しかし、この村には本当に生存者はいないのではないか? 死体は昨日、今日に出来たものではない。こんな村でたとえ生き残りがいようとすぐに逃げ出すものではないだろうか? 隣の町まで、馬車で、2日かかるが。冒険者自身こんな村には1秒も永く痛くないと考えてしまう。


 村の広場や畑などの外の調査は打ち切りにして、次は家の中の探索に入る。


 冒険者は2人1組に分かれて、手あたり次第、家に踏み込んでいく。


 結果は外にほとんどの死体があり、家の中はあれされた形跡はほぼなかった。


 ただ、


 神官の死体のすぐ近くにあった、小屋で今日初めて見る死に方をした死体が発見された。


 その死体は全身に血が固まったせいで茶色くなっていたが、村中の死因とは恐らく違っていた。

 村にあるほとんどの死体は首が無かったり胸に風穴を開けたりと理解に苦しむ死体が多かったが、この屋内で発見された死体は首を何かしらの刃物で掻っ切ったような跡だったのだ。それだけ見ると、その人物が自殺を図ったようにも見えるのだが、その刃物がその場にはなかった。


 この村は色々不自然な死体ばかりであった。


 結局、探しても生存者はおらず、冒険者たちは商隊の元へ戻り、報告する。


 村に人がいないのであれば、行商も何も出来ない為、行商隊はその日のうちに開拓村を後にした。この村の移住希望者は全員が嫌がり、そのまま行商隊と共に返ってしまった。


 行商隊が開拓村に訪れた日は、神官が訪れてから10日程たった日であった。


 その後、男爵領の兵が報告を受けて派遣され、死体や遺留品の処理を行い、また開拓村の住民の募集が始まったが、その開拓村の噂が領内、果ては他の領にも伝わり、この元開拓村は永遠に新たな移住者が来ない土地となってしまった。


 最終的にゴブリンの集落が出来上がり、周囲の人間の集落の脅威にもなったりして、人々を困らす悩みの種となってしまったのであった。

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