第15話 二人だけの世界

異世界に一ノ瀬が来て、まだ三度目の月が空に上る頃、レドナの魔法により危うくも大地からそびえ立つ大樹の根元で住民たちは、一ノ瀬達の為に宴会を開いていた。そこには様々な種族の者達がおおよそ百から二百程おり、深夜まで森に騒がしい音と声が響きわたっていた。








大体の者が夜空の下で寝静まり、起きている者がちらほら目につく程度になった頃、ロゼッタが一ノ瀬の隣まで来て腰をおろした。多感な時期の一ノ瀬は、同じ空間に大勢がいるなかで、女の子から自分の側に来る事に少しドキッとした。


「おっお疲れ様!今日はあれから壊れた家々の修繕作業にあたって大変だったよな!明日までここのお手伝いをするんだから、ロゼッタも早めに休むんだぞ!」








緊張からか、一ノ瀬は、上ずった声で半ば早口のようにロゼッタに話しかけた。一方ロゼッタは、自身の膝の上をポンポンと叩きながら、一ノ瀬に告げた。






「一ノ瀬こそ、まだこの世界に来てまもないのに、誰かの為に戦ったり、畑仕事や、建物の修繕を手伝ったりで、余計に疲れてるでしょ?だから約束通り、ほら、ここ。」


そう言って一ノ瀬の手を引っ張り膝枕をしてあげた。 一ノ瀬は実際膝枕をされると、心の中だけで叫び、余計に目が覚めてしまった。


(おひょぉぉぉぉぉ!!!)








そんな一ノ瀬に、ロゼッタは頭を撫でながら静かに尋ねた。


「ねえ一ノ瀬? 何でそんなに頑張れるの? 私やベルちゃんの為に、一歩間違えたら、死んでいた状況の中、逃げる事も出来たのに何故、召喚されて間もない貴方は命をなげうってまで、そんなに頑張れるの?」








急なロゼッタの質問に浮わついた表情をゆっくりと戻した、一ノ瀬は最初のベルトレとの戦いと、レドナとマルクスとの戦いを思い出し、召喚される前の過去の話しをロゼッタに語った。








「俺がこの世界に召喚される数年前、妹と二人で暮らしていたんだ。俺が中学校から高校に上がる時、そのお祝いとして、妹が俺を買い物に連れ出して一緒に外出したんだ。」


ロゼッタは聞き慣れない中学校と高校と言うものを、この世界にある魔法を学ぶ為の学園の進級と認識して話を聞いていた。








「妹は俺の私服や、俺が拒む中で下着まで見繕ってくれて、二人でお揃いのキャラクターのキーホルダーを買ったんだ。片方を妹に渡したらあいつは凄く喜んでくれた。帰り際にケーキ屋さんに行きたがった妹に、かなりの出費をした俺は次出掛けた時に一緒に行くことにして、二人で帰路についたんだが、少し残念がっていたあいつは、それでも俺に『また一緒にこようね!』と言ってくれたんだ。その時、地面が急激に揺れ、前を歩く妹の頭上からは、建物の外壁や看板が、落ちてきた。俺は妹の手をつかめず、妹は瓦礫に埋まってしまったんだ。」








ロゼッタは、頭を撫でていた手を一ノ瀬の頭に添えたまま、一ノ瀬の話しを静かに聞いていた。








「目の前で助けられる誰かがいたら、俺はその人の手を取ってやりたい。あの日俺に助けを求めたロゼッタが、最後に見た妹の顔に重なったんだ。だから俺は、自分がもう後悔しないために、前へ踏み出したんだと思う。」








一ノ瀬の話しを聞いていたロゼッタが再び頭を撫でる手を動かし始め、一ノ瀬に呟いた。


「私に過去の話を聞かせてくれてありがとう。これから色々振り回してしまうかもしれないけど?一つだけ約束して。私達の為に命を捨てようとしないでね。貴方が居なくなったら私、寂しいから。」








一ノ瀬は、過去の自分を許し、受け入れてもらえた様な気持ちになり、張り詰めていた心が穏やかに溶けるよう、月を映す瞳から涙を流した。






辺りは完全に静まりかえり、夜風が草木を撫でる音だけが二人に聴こえていた。それは、この世に二人しか居ないと思わせるほどに、感じられた。


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