013「神様からの偉い御告げ-2」

さっきまで阿鼻叫喚だった教会内だけど、今は不気味なくらい静まり返っている。


かなりの数の人がいるのに誰も声を出さないし出せない、息遣いだけが聞こえてくる。


祭壇の上をふわふわ浮かんでる女の人っぽい存在、あれを見たら騒げないし声なんか出せない。


あれは駄目だ、儚く見えるのに圧倒される。


真っ白なワンピースみたいな服に、ウェーブのかかった蒼く長い髪が本人に合わせてふわふわと揺れている。


表情は遠くてよく見えないけど、たぶん微笑んでる。慈しむような雰囲気が溢れ出てるけど何故だろうか?


アレを見ている右眼が酷く痛む。


鳥肌が立つ、冷や汗が止まらない。


見ているだけで不安になる、そこに存在しているだけで不安になる。


こっちを見るな、こっちに気付くな。


頼むから何もせずにとっとと消えて欲しい。


目眩がするほど美しさを持って、吐き気がするくらい清純な空気を垂れ流す存在。


危険な存在ではないはずだ。


あれはこの世界に生きる者達を見守り、慈しむ為に存在しているってことが何故か理解出来た。


なのに、気付かれてはいけない。俺の存在を認識されてはいけないっていう危機感がある。


理由なんてわからない、焦りだけが増えていく。


視線が離せない、視線を外したら気付かれる。


右眼がクソほど痛むけど、我慢しろ。


あの存在に圧倒されている教会内の他の連中と同じように過ごせ、異端であることに気付かれるな。


圧倒されて、魅力されてるように演技をしろ。


神託の儀はたしかに神様に感謝を込めて祈る儀式だし、ごく稀に神様から神託があるってのは聞いてたけど。


神様が出て来て直接神託を与えるとは聞いてないよ?


幸い、あの神様はこちらを見てはいない。


神様と同じような髪色をしている貴族の娘さん二人を見ている。


『祈りは届きました』


綺麗な声が響いた。


『真摯で、とても美しい祈りでした』


ささやくような小さな言葉なのに、なんの抵抗もなく結構距離のある俺の所まで届いてくる。


『貴女達の祈りに応え、私から加護を与えましょう』


さっきまで聞こえていた無機質で機械みたいな声と同じで、頭の中に直接届いているのだろうか?


『水を司る者、水と共にある者、流転する者、我が名―――――の下に貴女達に祝福を』


蒼色の光が貴族の娘さん二人に降り注ぐ。


『貴女達に幸いな日々があらんことを』


娘さん二人に降り注いでいた光が収まった頃、そんな言葉を残して消えていった。


空気に溶けるように、初めから存在していなかったように。


…………ふはぁー。


大きく息を吐いて、ゆっくりと吸う。


右眼の痛みもすっかり引いていた。


なんか、すっげぇ疲れた。


さっきまで感じていた圧倒されるような存在感は消えているから、もうあの神様(仮)はここからいなくなったのだろう。


「しかし、神様なんて本当にいたんだな」


前世の世界とは違い、この世界には自然現象などの概念を神と呼ぶのではなく、神と呼ばれる存在がしっかりいること知ってはいたけど本当にいるとは思ってなかった。


まだ疑ってはいるけど、あれは本当に神だったのだろう。


というか、あれが神じゃなかったとしたらあれ以上にヤバい存在が神になるので…さっきのあれが神であって欲しい。


あんな存在がほいほいいる世界なんぞ嫌すぎる。


「……あ、倒れた」


神様(仮)がいた辺りを眺めていたら、貴族の娘さん二人がパタンって倒れたのが見えた。


それを見て慌てて駆け寄る娘さんの父親っぽい人や家族っぽい貴族の人に護衛の人。


右往左往しててパニック状態である。


「教会の人は、役に立ちそうにないな」


教会の人達は神様(仮)がいた辺りを涙を流しながら祈ってて、この混乱をどうにかする気はなさそうだ。


ぐるっと教会内を見渡してみるが、これはどうにもならなそう。


貴族の人達はパニックだし、教会の人達は祈ってるし、庶民の子供達や保護者、孤児院の子供達はまだ現実に帰ってきてないのか呆然としてる。


「本当に、どうすんだこの状況は」


まぁ、貴族がいる状況で下手なことは出来ないし大人しくしてるしかないか。


ガシガシと頭を掻く、あれ?なんか違和感がある。


「…………なんだこれ?」


左手の中指に指輪が着いてる。


こんな物を着けた覚えがないんだが?何なんだこれ??


「あれ、外れないぞこれ」


指輪を引っ張ってみたり回して外そうとするが、全く動く気配がない。


それでいて締め付けるような感じはしてないから、指先の血流が止まるってことは無さそうだけど。


「………綺麗な指輪だけど、本当になんだこれ?」


くるくると手を回して指輪を眺める。


銀色をしたシンプルな細い指輪、手の甲側には小さな透明な石が埋まってるくらいでそれ以外の装飾はなさそうだけど。


これ?あの神様(仮)がくれたのか??


でも、あの神様(仮)は貴族の娘さん二人しか相手にしてなかったし。


そもそも、俺はあの神様(仮)に祈りなんか捧げてないから俺にこんな指輪をくれる理由はない。


「ってなると、あのよくわかんない機械みたいな声の方か?」


あの神様(仮)の衝撃が強過ぎて忘れてたけど、あの声も一体何だったんだろうか?


「んー、わからん」


指輪を眺めながらしばらく考えてみたけど、何もわからない。


あ、貴族の父親っぽい人がパニックから立ち直ったらしく指示を出し始めた。


へぇ、この街の領主様だったのか。初めて見たよ。


えぇっと、長々となんか言ってるけど帰っていいのね?なら帰ろう。





とりあえず、孤児院に帰ってからこの指輪についてはもう少し考えてみよう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る