006「5年前の話-6」

ふらふらと目的もなく街を歩く。


太陽はまだまだ高い位置にあるので、夕食まで余裕はある。


「日本だったら、俺ぐらいの年齢の子供は将来のことなんか真剣に考えたりはしないんだろうけど…」


こっちの世界はそうでもない、働こうと思えば7歳のヴィルでも働ける。


この国では、13歳未満の子供が働くことを法律で一応は禁止されている。


しかし、商人や宿屋や飲食店の子供は親から家の仕事を学ぶ為に現場に出たりもするし、農村では子供も労働力になる。


だから、一応は禁止になっているが実質それほど守られてはいない。働いている子供に酷い扱いをしたりすると捕まるらしいけど。


孤児院でも13歳未満の子供の何人かは自分の将来の為に短い時間であるが働きに出ている。


日本より職業選択が自由に出来る訳でもないし、その中でも孤児はさらに選択肢が少ない。


そう考えると、俺はどうするべきか…。


魔法が使えるのか、それとも使えないのかはわからない。なら魔法が使えないことを前提に将来のことを考えるべきだろう。


「前世でもそんなに働くの好きじゃなかったんだけどなぁ…」


前世の俺にとって仕事とは趣味の金を稼ぐ為にしていただけだった。仕事が終わったらさっさと家に帰って趣味に没頭したかったから、ブラック企業を徹底的に排除した上でなるべく楽な仕事を選んだ。


「というか、異世界に転生したのに前世でも就けるような仕事はしたくないよなぁ…」


こっちの世界には労働基準法もなければ、労働基準監察局もないのだ。働くのが辛くなってもハローワークに行って失業給付を貰いながら転職活動なんて出来ない。


「そう考えると、例え魔法がほとんど使えなかったとしても冒険者って選択肢はありなんだよね…」


金を稼ぐも稼がないも、仕事にするのか休みにするのか、そして生きるも死ぬも自己責任という究極の自営業である冒険者。


冒険者というと、魔物と戦ってばかりのイメージがあるけど実際はそればかりでない。珍しい食材や素材を探したりするのを専門にしている冒険者もいれば、野生動物や魔物の分布を調べるのを専門にする冒険者だっている。


危険な依頼をこなすだけが冒険者ではない、一獲千金など目指さずコツコツと堅実に生きることだって出来る。


そして、何より冒険者は誰でもなれる。


「冒険者ギルドに登録出来るようになるのは13歳から、今から6年間準備すれば何とかなるか…」


とりあえず、その方向で考えていくか。他にやりたいことが見つかるかも知れないけど、それまでは冒険者を目指すってことでいいや。


「しかし、考えながら歩いていたら結構遠い所まで来ちまったな…この辺りって貴族街の入り口じゃねーか」


街の北側に位置する貴族街、貴族街とは呼ばれているが貴族の家しかない訳でなく裕福な商人の家など金持ちの家が集まってる区域で領主の館もここにある。


「…面倒なことが起きたりする前に帰るか」


治安が悪い訳ではない、むしろ金持ちの家ばかりが集まっているから治安は街の中で一番いい。ただ、金持ち相手に何か起きたら面倒なことになるだけなので用があっても無くても近付きたい区域ではない。


孤児院へ帰る道へ戻ろうとしたら、貴族街へ向かってくる馬車が見えたので道の端に寄る。


馬二頭で引いてる見た目からして金持ちが乗ってるとわかる豪華な装飾の付いた馬車。


(うわっ、透明度の高いガラスを馬車に使えるとかどんだけ金持ちなんだよ)


すれ違う時にチラッと視線を向けたら馬車の中には偉そうな髭をしたおっさんが葉巻を咥えてしかめっ面をしていた。


馬車のような狭い空間で葉巻なんぞ吸ったら煙たくて嫌にならないのだろうか?いや、ガラスを馬車に使えるような金持ちの馬車だから空気の流れとかも工夫されているのかも知れない。


「いいなぁ…俺も煙草吸いたいなぁ」


葉巻じゃなくて、紙巻き煙草が吸いたい。日本のコンビニで売っていたようなやつ、メンソールが入ってるならなお良い。


「ないんだよなぁ、紙巻きの煙草」


情報を集めるときに色々な店を見て回ったけど、この世界の煙草は葉巻が主流。煙管やパイプもあるみたいだけど、煙管やパイプが高級品らしいので高い金出して道具を買うくらいなら葉巻にするんだと。


「そもそも未成年だから吸ったら捕まるんだけどね…」


異世界であるこの国でも未成年の喫煙は法律で禁止されていた。


しかも、違反した場合の刑罰は日本より厳しい…。


当たり前なんだけど、煙草は嗜好品。嗜好品である煙草を働いてもいない未成年者が吸えるのはおかしいとのこと。


……院長にめちゃくちゃ説教される訳ですわ。


ちなみ、似たような理由で酒も禁止されてる。


「まぁ、あんな不味い葉巻を吸うくらいなら吸わない方がマシか」


あれは本当に不味かった、気を失いそうになるくらい不味かった。泥水に廃棄油とニコチンとタールをこれでもか!ってくらいぶち込んでかき混ぜて煮詰めて出来た液体を舐めさせられたような味の煙してた。


「なんというか、飯マズ異世界に召喚された主人公ってあんな感じで絶望したんだろうなぁ。そりゃ、美味い飯を食べる為に自分で材料とか調味料を探したり作ったりとか色々やるよね」


俺も美味い煙草が吸えるならそ………。


「…………そうか、作ればいいんだ」


なんで思い付かなかったんだ。


「くそ不味い葉巻の煙草しかないなら、自分で美味い煙草を作ればいいんだ」


この世界の煙草は葉巻が主流で、煙管とパイプは高級品。だけど、逆に言えば喫煙という文化はあって葉巻に煙管とパイプは存在している。


くそ不味い味ではあったけど、葉巻からニコチンとタールの味はしていた。ということは、この世界の煙草にもニコチンとタールは含まれている。


「なら、あとは俺好みの味になるように調整すりゃいいんだよ!」


一気にテンションが上がって来た。


しかもここは地球ではなく異世界、地球になかった動物も植物も魔物も存在している。


それらを素材として煙草の葉と調合していけば…。


「前世で吸ってたコンビニの紙巻き煙草より美味い煙草が作れるかも知れない!!」


こうしてはいられない、計画を考えなくては。


俺は孤児院へ向かって走り出す。


冒険者になるのは確定だ、冒険者なら煙草の葉と調合する為の素材になる物を自分で調達出来る。


その為に必要な準備に、あとは……………。


考えながらも足は止めない。速度を上げて孤児院を目指す。





これが5年前。俺が冒険者になろうと決意した瞬間であった。

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