第9話 フランキー・バオバオ副議長になる

 もっこ汁を一気に飲み干し、空になった紙コップを高々と掲げ、満面の笑顔でフランキー・バオバオは言った。

「もう一杯、頂けますか? ・・・あっ、誰もいない。いなくなっちゃたぞ!」

 乾杯だ、さあ飲もうと、いただきますと、晴れ渡る空を眺めながら紙コップに口をつけ、汁を喉に流し込んだ際に中央通りを埋め尽くしていた数万の市民はまったく見えなくなっていた。バオバオの目には、遠く高尾の山々が何かよく分からないスモッグに霞んで見えるばかりだった。

「どこに行ったんだ、あいつらは。俺はもう一杯欲しいんだ」

とバオバオが辺りをよく見回すと、ステージの上には来賓や地面三郎が泡を吹いて倒れている。沿道の市民も同じように倒れもがいていた。

「大変だ。セレモニーがめちゃくちゃになったぞ」

 バオバオは、オムツを手で押えながら足下に倒れ込む地面の襟首を捕まえて言った。

「起きろ、バカ野郎! 俺のセレモニーをどうしてくれるんだ」

 泡を吹いてもがく地面三郎の頭を死ぬんじゃないかという勢いで激しく揺すった。


「バオバオ、地面を放してやれ。そんなドサ廻りの演歌歌手はどうでもいい」

 モグラのはったんはもっこ汁がたっぷり入った紙コップを手に地面三郎の排泄物がオムツの隙間から流れ始めているステージにゆっくりと上りながら言った。

「バオバオ、これをよく見ろ。仙川の水だ。聖なる河ガンジスの水より八〇〇倍、危あぶなっかしそうだろ」

 はったんが差し出して見せるもっこ汁はどこぞの婆さんでも口にしないほど強い異臭を放っていた。

「こんなもん飲んだらダメだろ。分かってたから私は飲まなかったのだ」

 はったんはさも訳知り顔で偉そうに胸を張ってバオバオに言ったが、実際のところ遅刻して会場に入れず、観衆の後ろの方にいたため、紙コップが貰えなかったのだった。仕方がないので前にいたおっさんの頭を張り倒しもっこ汁を奪った。しかし乾杯だ、さあ飲もうと、いただきますと紙コップを口に当てようとしたとき、次々に市民が泡を吹いて倒れてゆくのを見て自分は飲むのを止めたのだった。


「じゃあ、これには毒が盛られてたのか」

 バオバオの問いにはったんは答えた。

「そうだ、そのとおりだ、毒だらけだ。毒しか入っていないようなもんだ、バオバオ」

「あいつらのせいに違いない。ニッキーねずみの仕業だ」

 そういうとはったんは通りを見渡してからステージの中央に立つマイクに向って言った。

「これで我らがバオバオの『お帰りなさい・セレモニー』は万事、滞りなく終了致しました。みなさん、ありがとうございました」


 バオバオは、西は三鷹から東は吉祥寺まで、ほぼ三多摩全域の救急車が次々に駆けつける通りを歩きながら呟つぶいた。

「でもどうして俺には毒が効かなかったんだ。もう一杯欲しいくらいだったよ」

「宇宙にいたからだろう」

とはったんは答えた。

 そのとき、先にはったんが張り倒たおやじが頭をさすりながらフラフラと立ち上がる姿が見えた。

「大丈夫でしたか!」

 はったんは駆けよって聞いた。

「はい。少し頭が痛いですが大丈夫です」

「危ないところでした。もう少しでこの毒入りの汁を飲むところでしたよ」

「ありがとうございました。本当に間一髪でした」

 おっさんははったんに痛む頭を下げ、ふたりに握手を求めた。はったんは強く手を握り言った。

「当然のことをしたまでです。議長ですから。それと今日からこのバオバオが副議長になります」

 はったんとバオバオは井の頭公園に向って帰って行った。



(つづく)


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