デタラメな冒険譚が僕にくれたもの〜憧れを追いかける少年〜

まあ(ºωº э)З

第一章 遠い背中

第1話 伝説の始まり




 大きな土煙を上げる魔物の群れに、凶悪な気配を放つ魔族が混じっていた。


 どうにかしなければいけないんだ。それが出来るのは自分だけなのだから。


 助けたい⋯⋯そう強く願いながら、迫る魔物を上空から見下ろしている。


 ひりつくような緊張感の中で、ゆっくり背後を振り返った。勇者様、精霊の王族達、妖精族、龍族、竜人族、Sランク冒険者、元自称神様、沢山の味方が僕の背後に控えていた。


「負けられないよ。これが最後の戦いだ!」


 先頭に立ち、大きく右手を振り上げた。



 僕には、見たい景色があるんだよ。





*☆*☆*☆*☆*☆*☆*




 こんにちは。僕の名前はアークです。父様はアレク、母様はスフィアといいます。

 両親は住み込みで騎士爵家のセルジオス・ラム・ガルフリーに仕える元冒険者です。セルジオス様は騎士ですが、立派に領地を治めているのですよ。


 アレク父様は剣術に秀でていたので、その腕を買われて領主のセルジオス様に取り立てられました。

 スフィア母様も魔法の先生として、父様と同じくこの家に雇われています。

 ここは田舎な町ですが、優しい人が沢山暮らしているんだよ。


 貴族に仕えるということは、大変名誉な事らしいです。僕にはまだよくわかりません。


 僕の住んでいるこの場所は、騎士爵家ガルフリーの御屋敷の中になります。ですが使用人と貴族様は生活するスペースが分けられているので、話で聞くくらいしかありません。


 騎士爵家ガルフリー。遠い昔は子爵家だったらしく、治める土地だけは広いらしいです。遠い先祖が戦働きを認められて、段階を踏んで子爵家にまでのし上がったのだとか。

 でも今は戦も無ければ目立つ功績もなくて、落ちぶれて騎士爵になってしまったんだとか。



 それはさておき、毎日のように父様と母様の冒険譚を聞いて育ったので、僕はすっかり冒険者に憧れてしまいました。


 古代遺跡の凶悪な罠、浮遊する大陸やドラゴンの護る秘宝など、話を聞いているだけでワクワクが止まらないよ。


「さて、アーク。今日も良い子にしていたか?」


「はい」


 父様が隣で横になった。ここは両親と僕に与えられた使用人のお部屋で、大きなベッドで川の字になって眠ります。あまり広くはないけど、それでも僕はこの場所が好きなんだな。


「僕も父様と母様みたいな凄い冒険者になりたい!」


 僕がこう言うと、両親はいつも嬉しそうに頭を撫でてくれます。


「わっはっはっは! お前ならきっとなれるさ。アーク」

「そうね。明日で三歳になるんですもの。頑張って強くなりましょうね」


 両親が嬉しそうにニコニコしている。それもその筈だ。三歳になると、神様から一人に一つだけ特別な“スキル”が与えられるらしい。

 本当なのかなーって疑問に思う事がある。明日になればわかるわって母様が言うのだけど、僕だけもらえなかったらと思うととても不安だ。


 この神様から与えられるスキルを“ユニークスキル”と言って、一つとして同じものは無いらしいよ? 神様も一人一人に違うスキルを与えるなんて大変だよね。


 ユニークスキルの詳細だけは、絶対に友達にすら喋ってはいけないと両親から教えられた。

 それが切り札になるかもしれないし、切り札を持っていると思わせることも出来るからなんだって。だから絶対に誰にも喋っちゃいけないんだ。


「アークがどんなスキルを授かるか楽しみだな!」


「ええ、そうね。私達の子供ですもの。神様もきっと凄いスキルを授けてくれるに違いないわ」


「きっと剣術に特化したスキルに違いない!」


「いいえ貴方、きっと魔法関係のスキルに違いないわ!」


 僕としてはどんなスキルでも構わない。ユニークスキルは与えられるものだけど、普通のスキルは努力次第でいくらでも手に入るらしいのだ。


 誰よりも沢山努力して、強くなったら誰も行った事がないような秘境を冒険したい。父様や母様のように!



『頑張りなさい。強くなって⋯⋯△✕*○✕□.☆⋯⋯』

「え?」


 頭の中で知らない女の人の声が聞こえた気がした。


 今の声は何だったのだろうか? なんだかわからないけど、とても優しい声だった気がする。


「どうかしたの? アーちゃん?」


「ん、何でもないよ母様」


 聞こえたと思ったのは気の所為だったに違いない。この部屋には三人しかいないのだから。


 あぅ⋯⋯やっぱり不安だよ⋯⋯父様と母様は、僕くらいの時には凄く強かったんだ。それなのに⋯⋯僕はどうしてこんなに弱いのだろう?


 父様は、僕よりも小さい頃から冒険者だったんだ。母様なんて使えない魔法が無かったんだって。


 僕はスタートラインからかなり遅れているんだ。だって僕には何のスキルも無いんだもん。


 寝ているフリをしながら、僕は奥歯を噛み締めた。


 暗くなっちゃ駄目。いくら才能が無いからって、諦めたくないもん! 頑張るんだよ。頑張って強くなったら、きっと父様と母様が褒めてくれるよ。


 『アークは凄いな』『流石私達の子ね』


 そんな言葉を言ってもらいながら、僕は頭を撫でてもらいたい。どんなに辛い思いをしても、僕は父様と母様に認めてもらいたいんだ。


 明日はどんなスキルを授けてもらえるんだろう⋯⋯どんなスキルでも良いと思ったけど、やっぱり楽しみすぎて眠れないかも。どうしよう。

 ジャンガリアンが一匹、ジャンガリアンが二匹、ジャンガリアンが三匹、ジャンガリアンが四匹⋯⋯





 不覚⋯⋯あっさり寝ちゃった。ジャンガリアン数えたら十秒でした。凄いなージャンガリアンは。


 目を覚まして左右を見てみると、ベッドには僕一人みたいだよ。


 今日も父様と母様は朝早いんだね。スキルが初めて芽生える特別な今日だけは、僕が起きるのを部屋で待っていてくれるような気がしたよ。ちょびっと寂しいな。



 窓の外は晴れ渡っていた。太陽の陽射しに負けない程に、きっとぐっすり眠っていたのだろう。

 ぼんやりする頭を振ってから、体をグッと伸ばして欠伸をする。


 伸びるのきもちい〜!


 ん? あれ? なんだろう。胸の奥に暖かい何かがあるような気がする。


 胸に手をあてて、その存在を確かめるように集中すると、すぐにその正体に気がついた。


 これ⋯⋯スキルだ⋯⋯これが僕だけの“ユニークスキル”なんだ。


 こんな風に授かったスキルを確かめるんだね。初めての経験だから、少しびっくりしちゃったよ。

 まるで胸の中に神様が宿ったみたいだ。暖かくてなんだかホッとするな。


 僕はさらに集中力を高めた。スキルの存在に意識を傾けると、それがなんていう名前なのかがぼんやりと見えてくる。


 なるほど⋯⋯僕のスキルの名前は【恩恵の手引書】っていうんだね。その名前から察したけど、剣術や魔法に特化したユニークスキルではないみたいだよ。

 戦闘に役立つようなスキルでもなさそうだし⋯⋯


「父様と母様、がっかりしちゃわないかな? 僕は強くなりたかったのに⋯⋯」


 強くなって、凄い冒険者になりたかった。そして褒めてもらいたかったんだ。


 薄(うっす)らと涙まで滲んできた。本当に強くなれるのかな? なれるのかじゃないよ⋯⋯ならなきゃいけないんだよ!


 気持ちを切り替えなくっちゃね。 うん! 僕は大丈夫! よし!


 両手をギュッと握りしめて、僕はユニークスキルの詳細を確かめようとした。


「戦闘系じゃないっぽいし、なんだろう。【恩恵の手引書】って⋯⋯んっ!!!」


 何!? これ⋯⋯


 スキルの名前を口にしたら、膨大な情報が頭の中に流れ込んできた。いきなりの事で驚いたけど、更に驚いて目を見開く。


 僕のユニークスキル⋯⋯これ、スキルや称号の取得条件を知る事が出来るスキルだったんだ⋯⋯でもこれって、


「凄いスキルだ⋯⋯」


 スキルの取得条件を正確に知っている者は少ないと思う。知っていたとしても一部だけで、子供に代々伝えられたりするくらいだと聞いたよ。

 それに、スキルの取得条件を研究する人達がいるんだって。


 例えば自分がスキルを得ても、こうしたからスキルを授けていただけたんじゃないかな? っていう曖昧な取得条件の仮説を立てられるくらいで、スキルの“剣術”を得ようと思ったら、[八百時間以上剣に触れ、真剣に素振り二万回を熟(こな)す必要がある]とまで正確にはわからないんだ。


 でも、今の僕には全てがわかる。“自然回復力向上”のスキルを得るには、[動けなくなるまで千回走り込む]のが条件みたいだけど、こんな難しい取得条件をこれだ! と、断言する事は難しいと思う。


 それにこんなスキルもあるんだなって思うくらい変なスキルもあるよ。


 条件を知って努力するのと、知らずに色々な道を探してあーでもないこーでもないと右往左往するのじゃ全然違うもんね。


「ただ、どれも一筋縄じゃいかないんものだね」


 でも僕は立派な冒険者になりたい。アレク父様やスフィア母様みたいに。


 寝巻きから普段着に着替えて洗面所に向かう。鏡を見ると、僕のくすんだ栗色の髪の毛に寝癖がついていた。それを手ぐしで直しながら歯磨きをする。きちんと身なりを調えてから、使用人達が集まる食堂に向かった。


「あら、おはようアークちゃん」

「おはようアーク。三歳の誕生日おめでとう!」


「おはようございます。ミト姉さん。クライブおじさん」


 ミト姉さんは綺麗な黒髪のメイドさんである。ミトおばさんって言うと不機嫌になるので注意が必要だ。本気で怒るわけじゃないんだけど、長い時間拗ねるんだよ? あとミト姉さんは永遠に十七歳らしいよ?


 クライブおじさんはガルフリー家の馬の世話や、庭や花壇の手入れを任されている。いつも楽しそうに仕事をしているので、クライブおじさんがいる場所は明るく暖かく感じるんだ。

 無精髭を生やしているけど不衛生な感じはしない。新聞を読みながら珈琲を飲んでいたみたいだね。


「おはようアーク。誕生日おめでとう」

「おはようございます。サダールじいちゃん」


 サダールじいちゃんはガルフリー家の執事です。使用人の纏め役で、優雅な動作が目を引きます。白髪で威厳のある顔に、鍛えた身体がムッキムキなんだよ?

 他人にも自分にも厳しい性格だけど、僕には少し甘いおじいちゃんだ。


「大きくなったなー。んー、アークよ。朝食を食べような。菓子もあるぞ! 昨日クッキーを買ってきたんじゃ」


 訂正。僕には凄く甘いんだ。大好きサダールじいちゃん! ミト姉さんもクライブおじさんも苦笑いをしている。


「ありがとうございます。サダールじいちゃん」


「アークは本当に良い子じゃなあ。うんうん。夜には誕生日を皆で祝おうなぁ」


 朝は少し寂しかったけど、皆の顔を見たら落ち着いたよ。


 父様は今領主様の息子に剣の稽古をつけているらしい。母様は奥様の嗜みとして魔法を教えている。父様の剣術指南の時間が終われば、母様が領主様の息子に魔法を教えるんだよ。


 僕はまだ領主様一族の顔も見た事がないんだ。だから想像することくらいしか出来ないんだよね。


 十歳になったら正式に紹介されるそうで、それまでに礼儀作法を仕込まれている段階なんだ。

 粗相をしないように沢山勉強するんだって。


 十二歳になると、この御屋敷のお嬢様の従者として、王都の貴族様が集まる学園に入学するらしいよ。

 普通は騎士爵家みたいな最下層の貴族が、従者を連れて学園には行かないそうだ。

 何故そんなことになっているのかと言えば、お嬢様と僕の年齢が同じだったからなんだとか。


 どちらにせよ十二歳になると、平民も地元の学校に三年間通うことになります。ならば護衛も兼ねて学園に従者として通わせてしまえば、身の回りの世話を全部任せられるんじゃないかと考えたらしいです。


 学園も三年間で卒業になるので、そのお勤めを果たした後は自由に冒険に出ようと思うよ。父様や母様みたいに世界を旅したいんだ。色々な景色を見たいなぁ⋯⋯想像するだけで楽しみだよ!


 それまでに力をつけないと! よし! 頑張るぞー!





 夜。誕生日は慎ましやかに祝われた。


 父様からは刃引きの片手直剣とナイフ、母様からは小さな見習い魔法使いの杖、ミト姉さんからは運動着、クライブおじさんからは手作りの弓矢、サダールじいちゃんからは文房具をプレゼントされた。


「これで将来は立派な剣士だな! ガッハッハッハ!」

「いいえ、立派な魔法使いよ! あなた」

「執事になるやもしれん! いいや、きっとそうだ!」

「庭師も面白いぞ! アーク」

「将来はメイドになるはずです!」

「「「「⋯⋯」」」」


 皆に祝ってもらえて嬉しかったです。ミト姉さんには悪いけど、僕は絶対にメイドさんにはならないからね!


 こうして最高の誕生日を迎える事が出来ました。


 僕は絶対強くなるぞー!

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