第19話 さらば幽霊娘たち


 あれから数日たった。明後日から俺の大学生活が始まる。

 貞代たちもガイドブックを熟読したのか、旅立ちの準備を着々と進めていた。

 さてとそろそろかな?

 俺が時計を確認した直後、インターホンが鳴った。

 誰が来るのか知っていた俺がすぐに扉を開くと、服部さんが顔を覗かせる。


「おっは~、鳥塚君。頼まれてたもの持ってきたよ」



 服部さんが手の平でUSBを弄ぶ。どうやら俺が頼んでいたものが出来たらしい。



「助かります、服部さん。俺PC関係はあまり得意じゃなくて」


「いいってことさ。おじさんも話を聞いて協力したくなったしね」



 俺は服部さんを案内に従ってリビングへと向かう。すると、テーブルの上には大量の雑誌が置かれていた。どれも旅行関連の物だ。

 ワクワクするのは分かるけど散らかすなっつーの。

 開きっぱなしのページには日本各地の美しい風景が映し出されており、様々な観光地が紹介されている。なるほど、これは良いな。おっと片づけないと。

 しまおうとするととあるページで手が止まった。



 ……あぁ、ここか。俺はしばらくその場所の写真に見入ってしまう。

 この写真が撮られた場所は、山奥にある小さな神社だ。

 そもそもここを神社と言っていいものか俺には分からない。腕がいい霊媒師と言われていた祖父母曰く、『ここは山神の聖域』とかいっていたっけ。

 神の聖域とは人が踏み入ってはならない領域とのこと。

 そんな山の聖域を囲うように配置されていたのが、葛森の祭壇だった。

 あの恐れ知らずの祖父母ですら聖域には一歩も入らなかったからよく覚えている。



 そこに祀られた神、あるいはその眷属が葛森を殺してしまったのだろう。

 俺も何度か足を運んだことがある場所だが、まさかそんな経緯があったとは。

 そういえば葛森が信仰していたのが山神の類なら、名前や正体は何なのだろうか?

 俺の実家で祀っている神と同系統のものだったりするのか?

 いや、考えるのはよそう。

 触らぬ神に祟りなしだ。



 俺は服部さんからUSBを受け取るとパソコンにインストールする。これで準備は整った。


「服部さん、手伝ってくれて本当にありがとうございます」


「いいってことよ。ホラ、さっそくやっちまってくれ」



 俺が感謝の言葉を告げると、服部さんは親指を立てて笑みを浮かべる。

 さてと、後はあれを打ち込むだけだ。

 俺はパソコンに服部さんの作ったプログラムを立ち上げると、後ろで興味深そうに見ていた奈々に向き直る。


「奈々、お前さんのクソ親父のメルアド教えてくれ」


 俺の言葉に、貞代たちは不思議そうな表情を浮かべる。

 奈々の親父はとんでもないクソ野郎だ。俺や服部さんも調べたが、奈々が亡くなった後も何度も傷害事件を繰り返していた。

 ここは俺が裁きを下してやろうじゃないか。



『いいけど何するの? 別に復讐とか頼んでないの』


「いいから」



 俺は気乗りしなさそうな奈々からアドレスを聞くと、服部さんの作ったプログラムにメルアドを打ち込む。これでよし。一斉に送信が始まったぞ。

 腑に落ちない様子の奈々に説明する。



「お前のクソ親父のメルアドを悪質な出会い系や詐欺サイトに一斉登録し続けるアプリだ」


「おじさんが選別したマジで悪質なサイト300選だ。個人情報もバッチリ公開済みだし、きっと眠れない夜を過ごすだろうさ!」



 俺と服部さんの言葉に貞代たちはぎょっとした顔になる。

 実は以前、俺の家にも似たような迷惑メールが大量に送られてきたことがあった。

 だから今回は、その手の悪質業者に情報を流し、奈々のクソ親父を同じ目に遭わせようと考えたのだ。

 奈々はしばらく呆けていたが、やがて小さく笑い始め、満面の笑みを浮かべた。



『お兄ちゃんて本当にバカなの。でも日本で一番格好いい馬鹿なの!』



 貞代たちは俺のやったことにドン引きしていたが、俺は気にせず作業を進める。

 今頃あの男は悪質なメールが止まらずに慌てているだろう。ざまあみろ。

 俺がほくそ笑んでいると、貞代が俺に問いかけてきた。



『色々とありがとうございました。おかげで心置きなく観光に行けます。成仏するまで遊び倒しますよ』


「成仏じゃなくて観光選ぶところがお前さん達らしいよ」



 俺の言葉に貞代たちは照れくさそうに笑う。

 しかし、本当に大丈夫だろうか。貞代の霊力は日に日に強くなっている。このままではいつ完全に悪霊化するかもわからない。

 いや、コイツら三人が揃っている限り悪霊にならないか。

 そんなことを思っていると、貞代が俺の手を握ってきた。


 ―――私達を救ってくれて、本当にありがとうございます


『よし、佳代ちゃん、奈々ちゃんさっそく行きますよ!』



 別れ際にそういうと貞代は佳代と奈々を引っ張って窓から飛び出していく。

 あっけに取られたまま窓の外を見ると、三人とも空高く飛んでいく姿が見えた。

 俺はその姿を見つめながら思う。

 あいつら、生者みたいな良い笑顔で笑うようになったなぁ。

 貞代たちにはもう、死人の影など微塵も感じられなかった。

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