第4話 山田の話

 今日は、先日来てくれた山田のお話をしよう。その日は綺麗きれいな満月の夜。

 満月の夜は、又三はいつものように晩酌はするが、いつものように早々とお店は閉めず、開けたままでいる。


 又三はもうお馴染なじみ、この「猫又亭」の店主だ。

 満月の夜は妖怪のお客さんの来店が多い。ちょっとしたホームパーティーみたいに色んな妖怪が遊びに来て、又三とおしゃべりにきたする。殆どの客がキューキューとか、ピーチクパーチクと、音の様な言語を発しているだけで何を言っているのか分からないが、又三はいつもウンウンとニコニコうなづいている。


 妖怪もカラオケをする。妖怪の歌は人間には聞こえない。マイクをもって本当にただ黙っているだけの妖怪も居る。なのでカラオケといっても何も聞こえないが、みんなマイクは持つと決まって握ったまま離さない。まれにだが、地響きの某ジャイア○のようなボェェェェー!!!声の奴も居る。そんな時、又三は必ず耳栓をしている。


 他には、又三お手製の軽いつまみに酒を一杯のんだりもする。又三や猫又族は、人間界の食べ物を主に好き好んで食べるが、他の妖怪のつまみは黒蜥蜴くろとかげの黒焼き、アリの卵、ネズミのホルマリン漬け、中性妖怪のオリーブオイル漬けなどがポピュラーだ。


妖怪達は商品も買っていく。中でも、人間が使った中古品のお守りや本や手紙や絵画などが人気だ。又三は商品を扱う時、いつも慎重に丁寧に、元の人間の持ち主への足がつかないように、(悪さをしにいく妖怪もいる為)中古品のデータは初期化してジップロックに入れて売っている。


 又三のお店は、普通の人間には見えないが、一部の人間には見えたりする。ご近所に『燕珈琲つばくろコーヒーの萩原さん』という人がいて、この人も又三や猫又亭のお店が見える1人だ。

 妖怪の客がお店にいる時は、人間と鉢合わせしないように、人間はお店に入ってこれないように又三はお店にバリアを貼る。色んなトラブルの元になるからだ。どんなトラブルになるかは、皆さんのご想像にお任せしよう。


 さて、夜もふける頃、今日のお話の主役、山田が現れた。

 山田は泥棒だ。

 山田には猫又亭が見えるらしく、お店にそっと入ってきた。たぶん、妖怪の店だとは分かっていない。時は子の刻半ばあたり。お店は、ちょうどお客さんが一旦落ち着いたので、又三は奥の上がり框でお気に入りの座布団引いてうたた寝をしていた。店内を覗いていた山田は店を見て言った。


「なんだか変な店だな。人の気配がしねえのに、何かがいそうな気配はしやがる。電気がどこにもないくせに周りが見えるし、気味悪いぜ。」


 山田は子供の頃から人一倍霊感があり、妖怪の気配もわかったりする。

 昔はよく、風に乗ってくる妙な匂いの方向を向くと、空を変な風に飛ぶ目とベロがついた一反の木綿や、ずっと屁をこいたまま笑って走り去る座敷童を見たり、ドジなあずき洗いがあずきを川に落として泣いている声もなどよく聞いていた。そして、そういうものが見えた時は大抵自分も変な目に合っていた。


「うー、いやだいやだ。こういう時は早めに帰るに限る。満月だから明かりなしで道が歩けると思ってこの時間に来たのに、さっさと帰らねぇと嫌な予感がする。」


 山田は手際悪く、そそくさと手持ちの花柄な風呂敷に、その辺にあったギターや自動掃除機の様な物や、マトリョーシカの様な物を手当たり次第突っ込んだ。山田が選んだものは楽器が多いので、ポロンポロンと音がする。とても、慣れている泥棒な感じではない。選んでいるモノも微妙だ。風呂敷の中には、例の使用済み靴下のジップロックもある。山田は物の価値がわからなかった。


「とりあえず、これだけあったらどれか金目のものくらいあんだろ」


 大きくなった荷物をよっこらせと背負い店の出口に向かう。山田が歩く度に、荷物からポロンポロンと音がする。泥棒にしては要領が悪すぎてなんとも滑稽だ。

 店を一歩出ったところでため息をつき、走り出そうとしたその時だった。さっき確か店を出たはずだが、山田は店の真ん中に居る。


あれ?オレ今、店出たよな。


 変だ。もう一度店を出る。が、気付くとまた店の中に居る。

 嫌な予感が増す。冷汗が出る。何度も何度も山田は店を出るが、何故か気付くと店にいる。


はぁ、はぁ、はぁ……


 何度も何度もやっても同じ結果。予感が当たってしまったと山田は思っていた。そして、段々疲れてきた。


 そこで、ハッとした。……視線を感じる。


 バッ!っと後ろを振り返ると、目が合った。変な奴がいる。ん?着ぐるみ……か?猫なのか犬なのか分からないが、頭の上に耳らしき物があり、全体的にモフモフした中に顔がある。

 顔は人間みたいだが、なんだか違う。なんて言うか、表情が人間らしくない。ぽってりした唇がツヤツヤしている。シッポはフォンフォンと動いている。


 そいつは座布団の上に座っていた。


 いきなりだが、この場面の少し前の又三目線に戻る。

 又三はお店がゴソゴソいうので目が覚めた。お客さんかな?少し眠い目を擦りながら見ると、お店に人がいた。又三は人間が好きなので、居るのは人間だとすぐに分かった。又三の趣味の一つが人間観察だ。そいつは、花柄の似合わない風呂敷に店の物を入るだけ詰めている面白い奴がいる。

 又三はしばらく見ていたかったので、何も言わずにそのままでいた。いや、たまにあくびをしていた。


 山田目線に戻ろう。

 山田と目が合うと、そいつは目をしぱしぱして、急に 猫のように顔を洗い始めた。

仕草は……猫だな。山田は昔、猫を飼っていた時があるのでなんとなくそう思った。しかし……人面猫とでも言うべきか……?

 こんな状況で山田は変なことを考えてるなと客観的にとらえ、1人で首を振って我に返ろうとした。

 その変な生き物は、ペロペロと丁寧に顔全体を洗い、パカッと股を開いた。股を開くと、何かにハッとしたようで、何もせず体勢を変え、背中を縦にベローベローとした後、多少気が済んだようで、フゥ、と息を吐きまたこっちを見た。そして、すくっと立ち上がった。


わっ!


 二本足で立っている。一見、猫かなと思っていたので山田はビックリした。ゆるキャラの様で可愛らしいが、こんなやつ見たことが無いし、何となく気味が悪い。山田は何かに焦るようにそいつに向かって叫んだ。


「おい!てめぇ!この店どうなってんだ!帰り道を教えろ!さもねぇと!」

 山田はキラリと光る包丁を出した。


 実は山田は泥棒になったのが最近だった。今日は泥棒初日。人も動物も出来たら刺したく無いが、店は変だしこいつも変だし店からは出られないしでパニックだった。


 しかし、又三は動じない。

「くそぉ!」

と、山田は包丁を振り下ろした。


 又三の目がキラリと光る。

 その瞬間、小さく「カシャン」とだけ音がした。


 山田が、口を尖らせ、目を見開き、又三を刺した体勢のまま止まっている。山田の手から伝わるのは不思議なほどに柔らかく、ふんわりして、ブヨンとした感触。詳しく言えば、非常に柔らかい毛むくじゃらのコシがないデカいマシュマロに腕ごと突っ込んだ感じか。山田の腕がそいつに埋もれている。


「……なんだこれ?生き物刺した事ないから刺した感触知らないけど、刺さった気がしねぇ」

けど、ええい!ままよ!


 グサグサ刺す。


 ぶよんぶよんとして、シャコンシャコンと音がする。さすがに変だ。抜いてみると、包丁はなぜか刃が無い。いや、刃はあるが、中に引っ込んでいる。

 あれだ。

 昭和の時代を知っている方はご存じだろう。当時に流行ったドリフなどのコントなどでも使われていた、短剣っぽいおもちゃで刃が引っ込むやつ。今はあまり見ないので、知りたい人は検索してみよう! 

 刃はカシャンといって元に戻った。もちろん、山田はこんなおもちゃ持ってきた記憶などない。


 山田は叫んだ。

「なんじゃこりゃあぁ!!お前なにした!?お前一体なんだ!?」

山田はパニックで捲し立てた。

「僕は猫又ねこまた又三またぞうだよ」

「ねこまたぁ?」

「そう、猫又、妖怪だよ。あなたはだぁれ?人間?」

 今度は又三が聞いた。

「人間に決まってんだろ!妖怪?妖怪か!妖怪なら仕方ねぇか!おい!ねこまた!オレをここから出せ! さもねぇとこいつで……」

 頼れる武器はおもちゃ!!


「…………!!!」



 山田はあきらめた。力が抜け、山田はペタンと床に尻をつき、少し冷静になった。開いた口のまま、少し黙っていた山田は少しやけを起こしたような表情で、あぐらを組み、また喚く様に言い直した。


「もういい!とりあえずいいから、オレをこっから出せ!帰らせろ!」

「帰る?今の君は無理だよ」

猫又は言った。

「は?なんで無理だ!」

「きみがうちの商品持ってお金払わないでいるからさ」

「へ?」

「欲しい物があったらお金か大切な物で払わないと、このお店から人間も妖怪も出られないんだよ」

「あぁ?欲しいものなんかねぇよ!」

「ん?じゃなんで、うちの商品持っていこうとしたの?欲しくないのに」

「へ?」

「お買い物って欲しいものを買うもんでしょ?」

「……」

 山田は少し黙った。

「ぬ、盗もうとしたんだよ!わかるだろ。」

「なんで?」

「ドロボウだっ!おれは!」

「ん?」

「ドロボウ!」

「ほう」

「ドロボウは買わないの!盗むの!」

「だから?」

「だから、お金払わないんだっ!」

「でもそれじゃ帰れないよ?」

「じゃあ返す!」

「要らないの?」

「要らない!」

「欲しくないの?」

「欲しくない!」

「欲しくないのに盗もうとしたの?」

「そーうーだ!」

「なんで?」

「あぁ!?」


 徐々に山田は色んなことがバカバカしくなってきた。言われてみれば、なんでだろうか?なんて、思い始めた。今の自分の状況が走馬灯のように頭を駆け巡って、そして……

 気が落ちた山田は力が抜けてしまった。


 気付くと山田は店の奥の座敷に上がり、猫又にもてなされていた。枝豆、ぬか漬け、めざしなど、見慣れた食べ物がちゃぶ台に並ぶ。

「さ、どうぞ♪」

 猫又は割烹着を着て妙につやっぽい声を出し、トクトクトクとビールをコップに注いでいる。


 ここで小話。

 後で聞いたのだが又三はこの時ふざけていたわけではなく、割烹かっぽうの女将さん的なイメージを再現したかったらしい。確かに、女将さんのように手際は良いが、(今、そういうのやらんでも)と、麻太談。

 と、くだらない又三の『人間ごっこ』事情は置いておいて、話に戻ろう。


「あ……おぅ、どうも」


 山田は勧められるがままにビールを飲む。

 その間、猫又も自分のコップに手酌でビールを注ぐ。


 うまい。


 と山田は素直に感じた。山田が好きな苦みが少し効いているビールで、キンキンによく冷えている。蒸し暑い今日みたいな日にはもってこいだった。

「ぷっはー!やっぱりラガーが好きだなぁ!」

 猫又は満足そうに言うと、枝豆を器用にポポポっと口に運んだ。山田も心で頷きながら枝豆を口に運ぶ。

「うま……」


 思わず言った言葉の次に山田の目から涙が滲んだ。

 田舎の家の枝豆の味と同じだった。


 山田の母は現在入院している。父が早くに亡くなり、母は女手一つで山田を育ててきた。その母は先月、急な脳梗塞で倒れ入院した。その最中、山田は3年務めた職場を人員削減を理由に解雇されていた。急なリストラだった。何度か転職したが、出世はどの職場でも無理だった。退職金などほとんどない。独身の為、養わなければならない家族は母だけだったが、無愛想で真面目な山田は頼れる奴もいなかった。年齢が50を、過ぎた山田は追い詰められた末に、とにかく窃盗でもして、なんとかお金を得ようと出来もしない悪事を思いついたのだった。


 その結果がこの有様だ。


 飲み食いが美味いと感じたのはここ最近無く、生きている気がしてなかった。今、そんな自分は窃盗までも失敗をし、この変な妖怪と酒を飲んでいる。もう、正気の沙汰ではないなと頭の隅っこでは冷静になりながら、山田はそのビールを飲んだ。

 でも、枝豆もビールもこんな状況で旨いと感じてしまった自分。


 バカか……


 そう感じたその瞬間、感情が決壊(けっかい)した。

 そんな山田に何も言わず、猫又は表情を変えずに黙ってアムアムと飲み食いしていた。しばらくして山田は落ち着き、猫又に話しかけた。


「お前、なんで俺にビールを出した?」

「お客さんだからさ」

「俺はお前の店のもんを盗もうとしたんだぞ?」

「盗めないもん、うちのお店は。セキュリティすごいからね」

 フーンと鼻息を強くして猫又は答えた。

「あと、お金の他にも別のもので払えるよ。」

「なんだ?ふん、俺の命か?猫又」


 山田は分かったようにニヤリと言い、皮肉を言った。

「いいや、僕は悪魔じゃないからそんなの要らないよ。君の命の他に今大切なもの」

「大切なもの?」

ねぇよそんなもん。

言いかけた山田は、ふと何かを思い出したようにズボンのポケットを探った。


 ポケットから出てきた物はお守りだった。ボロボロのお守りだ。


 これ、実は山田はこれまでずっと気にも留めていなかったが、母が入院し、荷物の整理をしていたら自分の持ち物の中で偶然見つけたものだった。若い頃、実家を出て社会人になる時に母が手作りをしてくれたものだ。


「これじゃだめか?」


今の自分には何となく必要に感じるものだが、これは無いだろと山田は薄ら笑いを浮かべながらお守りを見せた。ほつれて破れている。猫又はそのお守りを手に取って眺めた。しばらくして、


「これは良いね!」

「へ?」


 又三はキラキラした目で言った。今の山田には大切なものだが、見た目はとても売れるなんて思えるもんじゃない。


「こんなんで良いのか?」

「バッチリだよ!君の欲しいものは何?」

「え……金だ」

「お金?」

「そうだ、親の看病が出来る」

 猫又は少し考えて、何か思い出したみたいに言った。

「お金は売ってないけど、絶対にお金になりそうな物ならあるよ!」

「え?」

「えーっとね、ちょっと待って。あ、これこれ!」

 猫又は奥から引っ張り出してきた。綺麗な絵画だ。

 そして、その絵画は山田は見たのが初めてではなく、むしろよく知っている絵だった。


「これ……」


 なんでお前が持ってるんだ?と言いかけて、ハッとしたように山田は口をつぐんだ。ここでは何が起きてもおかしく無いと悟ったのかもしれない。

 その絵画は昔、画家になる夢を持ち、若かりし頃の山田が情熱に溢れて描いた、一枚の風景画だった。でも、周りに反対された。絵描きなんて食べていけないんだから止めろと画家の道を諦めていたのだった。その後、絵は親戚に取り上げられてしまい、どこにいったのかわからなくなっていた。


 山田はその後就職し、サラリーマンになった。好きでもないつまらない仕事をずっとやって生きてきた。月日が流れ、画家になりたかった気持ちなどすっかり忘れていた。

 しかし今、その絵が自分の前に大切そうに額に入れられている。


「昔さ、これ、人が居ない空き家で拾ったんだ」

 猫又はフーンと少し鼻息を強くして応えた。


「この絵画を妖怪の展覧会で見せたら大評判でね。是非売ってくれ!って言う沢山の妖怪が居たんだけど、僕も気に入ってたから当時は売らなかったんだ。で、しばらくお店に飾っていたんだよ。まだまだ僕のお気に入りだけど、このお守りと引き換えならば取り引きするよ!」

 猫又は更にフーンと鼻息を荒くして応えた。


 それから少しして。


 気付いたら山田は更地の中にいた。

 山田は黙っていた。

 猫背のまま、後ろをゆっくり振り返る。

 更地だ。

 何もない。

 キツネにつままれたような顔をして……失礼。

 猫又につままれた山田は、帰り道を無表情でトボトボと歩いていた。

 額に入った1枚の絵画を持って……



 数年後。

 どこだかわからないが、静かな林の奥を行った先に古い家が建っていた。古いが、丁寧に直されたのかしっかりしているようにみえる。

 家の中に入ると、広くしっかりしたアトリエの一室で、1人の初老の男性が小さなキャンパスに絵を描いていた。側にはテーブルと中身が注がれた珈琲のカップが乗り、小さな写真が飾られている。

 身なりの良い男性と、車椅子に乗ったおばあさんとの寄り添った写真だ。


2人は写真の中で幸せそうに微笑んでいた。

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