第26話 脅威 ドラゴンの力

 その肌で違う世界の風を感じ、その目で違う世界の景色を見る。

 ゲートを抜けて魔王ゼルドは綾辻家の屋敷の屋根の上へと姿を現していた。彼はすぐに魔力を使って空へと上昇する。

 見える町並みは自分の世界とは違っていて興味深いが、今は目的を優先する。


「学校というのはあれの事か。いよいよ近づいたな。力を感じるぞ」


 彩夏から情報を得なくても魔王ならドラゴンを見つける事が出来ただろう。だが、学校の地下だと意識する事で感じる位置はより明確となる。


「待たせたな。今行くぞ」


 魔王は軽く空を蹴る。たった三秒後にはもう学校の上空まで着いていた。

 彩夏が初日に遅刻しそうになって必死に走った家から学校までの距離も、魔王にとってはこの程度の時間を掛ける距離に過ぎない。

 彼はそのまま地上へと降下する。放課後になってしばらく経ったこの辺りに人の姿はあまり無い。魔王は学校の門を越えて校舎の玄関前の広場へと着地した。

 彼は破壊は選ばない。興味深い異国の建物だ。後で鑑賞する為に残しておく。


 魔王は玄関から校舎に入ろうと歩みを進めようとするが、その前に立っている少女がいて歩みを止めた。

 学校の制服を着た普通の少女だ。およそ戦いとは無縁と見えるその少女が魔王を見ても恐れずに堂々と言ってきた。


「来たわね、異世界の魔王。あなたが来るのを待っていた」

「なぜ貴様がドラゴンの力を持っている?」


 相手がただの人間なら魔王は軽く通り過ぎただろう。だが、その少女がドラゴンの力を身に宿していたことで警戒を強めた。

 彼女は魔王の事も知っている。ドラゴンの関係者なのは明白だった。魔王は不機嫌を露わにして言った。


「その力は余にくれるという話だったはずだ。ついでにこの世界を支配して欲しいとな。その求めに応じて余はここへ来たのだ」

「それならもういらなくなったんだよ。わたしが受ける事に決めたから。前借りで渡しておいたドラゴンの力を返してくれないかな。そしたらもう君は帰っていいから」

「貴様、この魔王の物を横取りしようというのか?」


 魔王が怒気を露わとする。それでも少女は涼し気に流した。


「まだあなたの物じゃない。ドラゴンの力はより強い者を選ぶんだよ」

「面白い。お前の方が力が上だと言いたいわけだな。ならばどちらが強者なのか、お前とお前を選んだドラゴンにとくと教えてやろう!」

「言う事を聞けない人ね。なら、言う事を聞かせてあげるわ!」


 魔王が闇のスキルで炎弾を放つ。それを京はドラゴンのスキルで呼び出した竜の鞭を振って打ち払った。

 相手はただの人間だと手加減はしたが、それでも打ち払われた意外な光景に魔王は驚いた。


「なに!? 思ったよりはやるようだな」

「さあ、どんどん行くわよ!」


 京が振るう鞭を魔王は避ける。地面に叩きつけられた鞭は地面に大きな亀裂を起こしていった。


「俺の攻撃を落としたばかりか回避まで選ばせるとはな。それがドラゴンの力か。ますます手に入れたくなったぞ」

「何を勝ち誇った顔をしているの。あなたはわたしの言う事を聞くの。それしか道はないのよ」

「フッ、物を知らない小娘が。あまり魔王を舐めると痛い目を見るぞ!」


 魔王はさらなるスキルを放とうとする。だが、彼は気づいていなかった。

 自分が何の上に立っているのか。その意味をすぐに理解する事になる。

 いきなり地面から複数の竜の鞭が伸びてきて魔王の手足を縛り上げた。


「なに!? いつの間にトラップを!?」

「ここはすでにドラゴンの領土。あなたはドラゴンの支配地に立っているの。気づかなかった?」

「くっ」


 魔王の力を持ってしても竜の力で縛られた拘束はすぐには解けない。

 京は薄気味悪い少女らしくない笑みを浮かべながらゆっくりと魔王の傍に立つと、彼の顎に鞭の固い部分を押しあてた。


「くっ、ううっ」


 魔王ともあろう者が少女を相手に冷や汗を流している。信じられない光景だ。京は邪悪に微笑んだ。


「異世界から来た悪い人。あなたに帰る前にたっぷりとお勉強させてあげる」

「おのれ! 人間風情がーーー!」


 別に手足を封じられようがスキルは発動できる。二人の周囲にいくつも展開される魔法陣。もう手加減はない。

 あと一瞬の後には少女の体はバラバラとなって闇の霧へと消えるだろう。

 だが、もう遅かった。京の鞭はただの一振りで全てを粉々に粉砕する。


「もう悪あがきは止したら?」

「お前はいったい……」

「礼儀を知らないようね。体に叩きこんで教えてあげる。さあ、鳴きなさい!」

「うわあああ!」


 静かな校舎前で京の振るう鞭の音が響き渡った。

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