第6話 家に来た聖剣

 その夜、みんなの寝静まった遅い時間。

 不思議な光がフラフラと街灯の照らす暗い路上を飛んでいた。

 それはよく見れば何か光る蝶のような生き物が棒のような形状の物を運んでいるように見えた。

 それが目指す先には一件の屋敷があった。表札には綾辻と書かれてある。

 不思議な光る生物は確認するようにその手前で少し静止すると、思い切ったように塀を飛び越えて二階の窓の方へと回り込んだ。

 ふわふわと浮かぶそれが発する光が、ベッドで眠る少女の部屋を照らし出す。部屋の中の小道具と目覚まし時計が力を受けたようにカタカタと揺れたが、今度は落ちることはなかった。

 光の人物がそっと囁く。


「これを持ってきてあげましたよ。あたくしに感謝することですね」


 不思議な光は窓をすり抜けて中へと入り、そしてベッドの中へと潜りこんだ。




 次の日、目覚まし時計の音であたしは目覚めた。


「ふああ、よく寝た。今日はちゃんと働いてくれたようね、あたしの目覚まし時計」


 あたしは今度は落ちにくい場所にしっかりと念入りに置いてセットした目覚まし時計を止めようとして気が付いた。なぜか左手に棒を持っていた。

 平べったい感触のする焼け焦げた棒だ。あたしの意識が寝起きでなくしっかりと覚醒していたならば、それが昨日スライムに投げつけたあの棒だと気が付いただろう。


「……? 何この棒、何であたしこんな物を持ってるの」


 なぜかしっかりと握っている。こんな物を持って寝た覚えはない。あたしの持ち物にも無かった。

 起きたばかりでどうも頭が上手く働かない。

 怪談のようで怖くなってしまった。起きたら知らない物を握ってるんだもの、誰だって驚くよね。

 よく見れば見える装飾もなんか古風で不気味に見えた。

 起きたばかりで混乱していたあたしはそれをすぐに窓から投げ捨ててしまった。


「悪霊退散! もう来ないでよね!」


 放物線を描いて飛びだした棒はちょうど都合よく外の道路に止まっていたトラックの荷台に到着。そのタイミングを計ったようにトラックはすぐに発進していった。


「これで一安心……なのかな?」


 あたしは今頃になってあの得体の知れない物をろくに調べもせずに投げ捨ててよかったのかと心配になってしまったが、すでに後の祭りであった。


「まさかクリスマスプレゼントというわけじゃないよね。今日クリスマスじゃないし」


 まだ入学式が終わったばかりである。季節は四月だ。あたしは忘れることにした。


「ふう、見ないふり。ここには何も無かった。それでいいよね。大切な物ならそれを捨てるなんてとんでもないってメッセージが出て捨てられないはずだし」


 あたしは誰に言うでもなく言い訳を並べ、朝食を食べに食堂に向かうことにした。




 立派な屋敷はそれなりに広い。階段を降りて廊下を歩いて食堂に入ると、今日はいつもは朝から優雅に食事タイムをしているパパとママがいなかった。

 それを不思議がりはしない。二人にも予定があるだろう。そういえば昨日はお客様が来ていたなと思いだす。夜遅くまで騒いでいたから今朝は遅いのだろう。

 あたしが驚いたのは両親の代わりに知らない幼女が行儀よく座って朝食を取っていたからだ。

 あたしよりは明らかに年下だ。小学の低学年か幼稚園児ぐらいに見える。体は小さくて椅子に座っている足が床に届いていない。

 幼女がいるからと言ってあたしは喜びはしない。知らない子がいるんだから不審に思うだけだ。

 あたしは思いついた事を述べる。


「神様の隠し子?」

「ぶふーーーっ!」

「あ、コーヒー吹いた」


 こっちに来なかったので他人事を決めることが出来た。お手伝いさんが汚れをふき取るのを待ってから、彼女は食べていた途中のパンを皿に置いてからぴょこんと立ち上がってこっちを向いた。


「わあ、綺麗な目」

「誤魔化そうとしても無駄です。誰が隠し子ですか。あたくしは聖剣に宿りし精霊セラと申します」

「聖剣に宿りし精霊?」


 幼女は少し不機嫌そうだったが礼儀は弁えているようだ。

 あたしが寝起きでまだ本調子でない頭を傾げると、幼女は気を取り直したように改めて礼儀正しく挨拶してきた。


「初めまして、彩夏様。あたくしは聖剣に宿りし精霊セラ。今日から聖剣の勇者として選ばれたあなたのお手伝いをさせてもらいに来ました」

「はあ、よろしく」


 そういえば聖剣がどうとかって話もあったなとあたしは思いだして訊ねる。


「聖剣に宿りし精霊が聖剣に宿っていなくていいの?」

「はい、昨日のうちにたっぷりと充電しておきましたから」

「ふーん、電化製品みたい」


 あたしはたいして興味もなく答えながらパンを焼く。ママがいない時はこうしている。

 トースターの前から戻ってくるとその子が話しかけてきた。


「あまり興味が無さそうですね、彩夏様。聖剣ですよ。今時の子に分かりやすく言うならチート武器をあなたは手に入れたのですよ。もっと喜んでいいのですよ」

「そんなの無くてもあたしは一番だし」

「ほう、余裕。さすがですね」


 こっちはこれから学校で忙しいのだ。

 今日は落ち着いて朝食を取ることが出来る。その事が嬉しく思える。

 昨日はパンを咥えてダッシュしちゃったからなあ。漫画の主人公かっての。慌てていたので考える時間が無かったのだ。

 あたしが落ち着いて自分の食事を進めていると、幼女も自分の話を進めてきた。


「ですが、これからは聖剣を肌身離さず持っていてください。あなたはお強いかもしれませんが、きっと必要になります。その為にあたくしが持ってきたのですから」

「その剣ってどこに……あ」


 あたしは今ようやく思いだした。昨日聖剣がどうとか考えていた事を。あたしにはこれからの学校生活でやる事があるし、考えても分からない事はしょうがないと忘れていた。

 それに今朝投げ捨てたあの棒。よく見れば剣に見えなくもなかったような……あたしは恐れを見せないように気を付けながら訊ねた。


「その聖剣ってどんななの? やっぱり立派なのかなあ」

「今はこの世界に来た影響で焦げていますね。ですが、彩夏様が受け入れて力を注ぐ事でその真の輝きを取り戻します」

「やっぱりあれかあ」


 そうあたしが自分の投げ捨てた物に気づいた時だ。食堂に人が入ってきた。両親ではなかった。神様だった。まだいたのか……思いながら訊ねる。


「パパとママは?」

「まだ寝ておるよ。昨日は遅くまで騒いでいたからの。今日は重役出勤するから起こさんでいいと言われた」

「さすが重役」

「おはよう、彩夏。お前は早いの」

「おはようございます。あたしはまだ学生ですから。重役ではないんです」


 あたしが朝食を食べる事に意識を戻すと、神様は次に幼女に向かって言った。


「来たか、セラ」

「はい、来ましたよー。聖剣を持ってきました」

「ふむ、これで持ち主と剣が揃ったわけじゃな。では、さっそく見せてもらえるかな」

「いいですよ。もう渡しましたからどうぞー」


 二人に注目されてあたしは目を逸らしてしまう。剣ってやっぱあれだよね。窓から投げ捨てちゃった奴。

 もうちょっと思いだすのが早かったら投げずに部屋の隅に置いておいたのになあ。あんなの知らないうちに置いておく方が悪いよ。びっくりしたじゃん。

 でも、正直に言って神様の機嫌を損ねると両親にまで飛び火しかねない。あたしがどう穏便に取り繕うか考えているとパジャマ姿の両親がやってきた。


「おはよう、彩夏。今日は早いな」

「さっきも言われたけど、これが普通なんだって」

「昨日は慌てていたものね。わたし達は夜遅くまで騒いでたからまだ眠いけど、娘の出発は見送らないとね」

「ちょうどいいところに来た二人とも。今から彩夏が聖剣を発動させるぞ」

「ほう、それは興味深い」

「追いかけがいがありそうね」

「どうぞー」


 みんなに注目されてあたしはついに……言い訳することにした。


「あの聖剣だけど……魔王の手下に奪われちゃったーーー」


 ナイス言い訳。聖剣の勇者と言えばこんなことくらいしか思いつかなかった。本の知識だ。

 だが、シンプルな故にストレートに通じたようだ。捻りが無いのが良かったのかもしれない。みんなは純粋に驚いていた。


「なんと、魔王の手下がもうこの世界まで来ていたとは」

「全く気づきませんでした。後をつけられたのですね」

「この屋敷に賊の侵入を許すとは」

「やってくれたわね」


 みんな騒いで後ろめたさを感じるあたし。

 でも、仕方ないよね。みんなを怒らせるとどうなるか分からないんだもの。

 あたしだって知ってて聖剣を捨てちゃったわけではない。でも、別に無くて困るものでもない。

 これから学校があるんだし、そっちの方が重要だ。

 まだ時間はあるのでみんなはどうするんだろうと見守る。

 聖剣の精霊は聖剣の在処を感じ取れるようだ。セラは瞑っていた目を開いて言った。 


「聖剣は四角い乗り物に乗せられて速い道路を遠ざかっているようです」

「今朝、家の前にトラックが止まっていたからそれかも」


 ナイスアシストをするあたし。これでもう罪はノーカンでいいよね。

 大人達が相談しあう。


「トラックの正体は防犯カメラで突き止められるかもしれん」

「高速道路で逃げようたってそうはいかないわ。報いを受けさせないとね」

「セラ、お前は今すぐ後を追うのじゃ」

「はいな!」


 セラが蝶の羽を生やして窓から飛び出していく。あたしも学校に行こうかなと踵を返しかけるが、神様に声を掛けられた。


「彩夏、聖剣の事は心配ない。すぐに持ってこさせるからの。だが、魔王が動いたとあってはもう今までのようにはいくまい。くれぐれもモンスターには気を付けるのじゃぞ」

「はい、行ってきます」


 あたしはもうここから離れることで頭が一杯で、神様が言った言葉の意味を知るのはこれからだった。

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