第28話

 年下の竹下さんが本間テキスタイルを辞めることになった。理由は違う会社に正社員での採用が決まったからだった。去る者は追わないのか、みんな特に何も言わなかった。本間さんはうんこを漏らしながらお別れの言葉を言うだけで、若江さんも特に何も言わないし、小林さんも、おっおっおっおっとしか言わない。僕は竹下さんにどうやって正社員として採用されたのか聞いてみた。竹下さんは職業安定所が無料でやっている職業訓練校に通えば就職の斡旋をしてくれると教えてくれた。僕はそんないいところがあることに驚き、また、竹下さんがいつの間にそんなところに通っていたのかと驚いた。僕は大久保にある職業安定所に行き、職業訓練校について詳しく話を聞いてみた。職員さんの説明だと、無料でその人にあったスケジュールで専門的な知識を教わることが出来る国がやっている専門学校みたいなもので、そこを卒業するといろいろなその勉強したジャンルの会社に就職を斡旋してくれると言うものだった。僕は夜間に通える貿易実務の職業訓練校に通うことになった。生地の世界でも商社とかがいろいろと扱っている。用意されたジャンルの中で貿易実務が一番生地に携わることが出来るのではないかと僕は思ったからだ。このまま本間テキスタイルで働き続けてもよかったけれど、僕はいつになっても正社員になることが出来ないと自分で分かっていた。本間さんや小林さんにもそのことは相談した。二人とも特にいいとも悪いとも言わなかった。学生時代に勉強なんて真面目にしたことのなかった僕だけど職業訓練校に入学してからは自分でも信じられないぐらい真面目に授業を受けた。本間テキスタイルで働いた後に渋谷にある職業訓練校に通う。そして自宅に帰ってからも勉強する。FOBとかCFRとかCIFとかDDUとかDDPとか。タイプライターで書類を作る授業もあった。僕はそこで人生で初めてブラインドタッチを覚えた。今まで小説を書く時、キーボードと画面を交互に見ながら両手の人差し指で文字を打っていたけれど、キーボードを見ないで左手は五本すべての指を、右手は親指以外の四本の指を。合計九本の指を短期間で使いこなせるようになった。同じクラスには僕と同い年ぐらいの子がたくさんいた。みんな大学を卒業しても就職していない子ばかりだった。僕だけはスーツを着ていたから、同い年ぐらいの子たちは全員子供に見えた。あと、中年のおじさんが二人いた。その二人もスーツを着ていた。僕はこの二人は失業でもしたのかと思っていた。僕はクラスの人たちと話をすることはほとんどなかった。みんなはすぐに仲良くなって、よく友達のように話し合っていた。僕は自分の席に座ってその姿をただ見ていた。本間テキスタイルには竹下さんの後釜で東さんと言う僕より年上の女の人がアルバイトで入社してきた。東さんの歓迎会を会社の近くの居酒屋で行った。東さんは本間さんに言われて、若江さんや小林さんにビールを注いでいた。本間さんが東さんに、お兄ちゃんにもビールを注いであげてと言った。東さんは、何故私が正社員ではなく同じアルバイトで年下の小沢君にビールを注がないといけないんですかと言った。僕は、この女の人は優しくない人だなあと思った。東さんも小林さんを見る目がハートになっているのが僕には分かった。ある日、小林さんに対してクレームの電話が取引先からかかってきた。約束した納期が過ぎているのに注文した生地が届かないというクレームだった。小林さんは全く慌てる素振りを見せずに、ちゃんと送ったんですけれどねえ、運送屋が遅れているんじゃないですかと言った。その電話を切った後で小林さんはやれやれと言った表情で送り状を相手の会社にファックスで送ろうとしていた。僕はその時、小林さんが送り状の日付の部分を修正液で日付をごまかしているのを見た。僕は小林さんに、それじゃあ今はその場しのぎで相手も納得すると思いますが、相手のところに商品が届いた時にはごまかしていない送り状が張り付けてあるから絶対にバレるじゃないですかと言った。小林さんは、そんなの何とでも言いようがあるからいいんだよと言った。僕は小林さんを本当にすごい人だと改めて思った。また、四階の在庫の生地を切って送る時に小林さんがハサミをチョキチョキさせながら切っているのを見て、僕は、その生地はチョキチョキ切らなくてもハサミを滑らせばいいじゃないですかと言った。小林さんは、切り売り屋なら時間が大事だからそういう切り方をするんだろうけれど、ハサミは滑らすよりよりもちゃんと切った方が真っ直ぐ切れるんだよと言った。僕は少し悔しくなって、輪ゴムでハサミの刃をキリヤ堂時代の様に固定させてクルクルと回転させる技を小林さんに見せた。小林さんはそれを見て、それはすごいのとだけ言った。僕は小林さんに飲み込まれるような錯覚を覚えた。また、小林さんに生地の展示会や洋服の展示会にも連れて行ってもらった。いろんなメーカーのデザイナーや職人が斬新なアイデアやものすごい技術や情熱を注ぎ込んで作られた新しい生地や製品を見て、僕はものすごく心を動かされた。こんなに美しい生地を作ることが出来るのだ、こんなに斬新な製品を作ることが出来るのだ、生地の世界の人たちは本当にすごい人たちが情熱を注いで常に流行を作り出し、その最先端で日本の、いや、世界のファッションをリードしていくのだ。いつか、岩島企画の社長さんが小林さんに言っていたセリフを僕は思い出した。生地業界に革命を起こそう。生地の世界では常に革命が起き続けているのだ。僕の生地物語は続いていくんだ。僕はそう信じていた。僕は職業訓練校に通いながら、生地のことも勉強しながら、貿易のことも勉強した。ある日、同じクラスの中年の二人の人に授業が終わった後に僕は初めて声をかけられた。帰りに一緒にラーメンでも食べて帰りませんかと言われた。僕は承諾して三人で渋谷駅の近くのラーメン屋でラーメンを食べた。そしてお互いに何故この職業訓練校に来たのかなどを話し合った。二人とも失業したと言っていた。お会計の時に一人の中年の人が、私はラーメン代を持っていないと言い出した。もう一人の中年の人がすぐに笑いながら、いいですから、いいですから、ここは私と彼と二人であなたの分を奢りますからと言った。僕はその時、え、僕が半分この中年の人のラーメン代を出さないといけないのか、僕の大事なお金を何故勝手にもう一人の中年の人が自分のお金の様に使ってしまう権利があるのかと思った。僕は自分のラーメン代七百円とは別に四百円を支払うハメになった。渋谷駅でその二人の中年の人たちと別れたけれど、電車の中で僕はずっと余計に支払った四百円のことばかり考えていた。それから僕はクラスの人と付き合うことは一切やめようと思い、実際にそうした。そして卒業試験みたいなものがあって、僕はトップの成績で職業訓練校を卒業することとなった。卒業した後は職業訓練校から貿易会社に正社員として求人を出している会社に就職できると僕は思っていた。卒業試験の成績もトップだったし、自信もあった。それでも結果は僕には就職の話は一切来なかった。僕より成績の悪かった大卒の人たちはいろんな貿易会社に正社員として就職することになった。僕は悔しくて職業訓練校の先生に、何故成績がトップだった僕が就職出来なくて、他の人たちはみんな就職が決まるのかと少し強い口調で聞いた。先生は、こういうのは学歴や持っている資格なども見られるのでそれは仕方のないことだと言った。僕は本当に何もかもが嫌になった。悔しい気持ちと泣きそうな気持ちで渋谷駅まで歩いた。僕は次の日、寝坊した。もうどうでもいいやと思い、僕はそのまま二度寝をし、生まれて初めてアルバイトを無断欠勤してしまった。家の電話も鳴ったけれど、どうせ本間さんからだろうと思い、僕は電話に出なかった。そして電話が何度もかかってきたので僕は電話から電話線を抜いた。初めて無断欠勤をした日の夜、僕は、明日はどんな顔をして本間テキスタイルに出社すればいいんだろうと悩んだ。結局僕は無責任な人間で、逃げ出すことを選んでしまった。その翌日も翌々日も僕は本間テキスタイルを無断欠勤した。今月の給料も取りに行けないなあ、どうしようかなあと思っていた。本間テキスタイルを無断欠勤して四日目の夜、僕の自宅のチャイムが鳴った。僕は本間さんが押しかけて来たのかと思ってドアの除き穴から誰が来たのか見てみた。小林さんの姿が僕の目に映った。僕はいろんな甘えた感情を持ちながらドアを開けた。小林さんなら愚痴を聞いてくれる、日割りの給料を受け取って来てくれるかもしれない。小林さんはいつもの無表情な顔で僕を見ながら、お前、何してんのと言った。僕は、職業訓練校で一番の成績で卒業したのに大卒のやつばかり就職が決まって、僕には就職の話は一個もなかった、もう何もかもがどうでもよくなったと言った。小林さんは僕の胸倉を掴んだ。お前は何を甘えてんだ。僕は殴られるんじゃないかと思い両手で顔をかばうようなポーズをした。そんな僕に小林さんが言った。俺らみたいな田舎もんが東京で生きていくには何者かにならないと意味がねえだろうが。もがいても抗っても何者にも慣れずにいた僕は心の中で全て自分以外のせいにしていた。小林さんの言葉は殴られるよりも痛かった。バイヤーにも慣れない村尾さんだって、やる気のないシンディローパーだって、学校の校舎の三階から飛び降りて足が不自由になった小宮山さんだって、ご飯に塩をかけて食べていた若江さんだって、友達がいなくて一人で壁にゴムボールを投げていた本間さんだって、白竜さんだって。僕よりも強くたくましく生きているんだ。小林さんは、社長が心配している、明日は出て来いよとだけ言って帰っていった。僕は自分が子供だと痛感した。僕は東京の人なのだ。田舎ものが東京の人になるには何者かにならないといけないのだ。僕の目が自分で野良猫の目になるのがその日の夜、ハッキリと分かった。そんな夜だった。


 翌日、本間テキスタイルに出社した僕は本間さんや若江さんに頭を下げて謝った。そんな僕に本間さんは、お兄ちゃんが戻ってきてよかったよかったと言ってくれた。若江さんは何も言わなかったけれど初めて優しい目で僕を見ながら、まだまだ君は子供だなと言う表情で笑顔を見せてくれた。小林さんは昨日のことなど何もなかったかのようにいつもと同じ無表情でサンプルを作っていた。東さんは情けないものを見るような目で僕を見ていた。僕はけじめをつける意味で本間さんに、これから職業安定所に通って生地の仕事で正社員の募集を探しながらここで働きますと言った。本間さんはそれを快諾してくれた。そして僕はたくさんの生地の仕事の面接を受けながら本間テキスタイルで働き、時間はかかったけれど株式会社ハリットと言う金沢に本社がある生地を生産する会社の東京支店の正社員に採用が決まった。僕の就職が決まった理由はただ一つだけだった。僕は履歴書の志望の動機のところに、僕の生地物語を続けたいからと書き、その理由をハリットの社長さんが気に入ってくれて即採用が決まった。僕は本間テキスタイルを辞める時、一通の手紙を最後に本間さんに手渡した。僕はお礼の気持ちを込めて丁寧に汚い字で、手書きで長文の手紙を書いた。それを受け取る時、本間さんは手紙をもらうとは予想もしてなかったみたいで、驚きながら、いつものようにおかまのような声で明るく振舞いながら、目には涙を浮かべていた。

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