第6話

 それから一週間ほどキリヤ堂で働いて僕は大体全てのフロアの人の名前を覚えた。一階は社員の千田さん。三階はリスのような可愛い社員の佐藤さんと僕と同い年ぐらいのアルバイトの美人の佐藤さんと可愛くはない今川さん。四階はパートの老けている白川さん。キリヤ堂では一階でいろいろな雑貨を、二階で生地を、三階で手芸用品を、四階でカーテンを販売していた。河本さんの話では二階の生地売り場が一番忙しいと聞いた。また、村尾さんは基本四階のカーテン売り場を白川さんと担当しながら各フロアを行ったり来たりしているらしい。神田さんは重い荷物を台車で運ぶことや、ゴミの処理や掃除など裏方の仕事をしていた。あと、菅谷さんは実は役職は店長代理であり、本当の肩書は次長と聞いた。次長と言うのはどれぐらい偉いのか分からなかったが、菅谷さんは大体いつも事務所で経理の人とお喋りをしながら、たまに店内を見回りに来ると聞いた。いつの間にか僕の靴には穴が開いていると噂になって、みんなが僕に靴の裏を見せてと言ってきた。僕は生地を切ることにも慣れ、メモ帳を見ながら、一人でお客さんに対応出来るようになっていった。それでも専門的なことを聞かれたら近くにいる人に変わってもらって生地の説明をしてもらった。一番長い生地ではお客さんにバーゲン品の綿プリントを十二メートル切るように言われた。僕は切った生地を河本さんに言われたようにタオルを畳む感じで綺麗に畳んだ。お昼休みの休憩では森川さんや村尾さんと一緒になったらよく話をするようになった。そうでない時はハイライトを吸いながら異邦人を読んでいた。弁当に鯵の塩焼きを入れていた時はみんながびっくりした。僕は鯵や鰯が好きだった。安くて、生でも焼いても美味しいから。僕は安い包丁で魚を三枚におろすことが出来た。片栗粉をまぶしてフライパンで焼いても美味しかった。また、タッパーにカレーを入れていった時もみんなに驚かれた。カレーは一度に大量に作って保存も利くので僕はよく作っていた。余ればタッパーに入れて冷凍すればよかった。カレーライスで食べる時もあれば、カレーうどんで食べる時もあったし、シチューと思ってカレーだけを食べることもよくあった。村尾さんに弁当にカレーを持ってきたやつは初めて見たと言われた。また、その言葉に他の人が村尾さんを非難した。村尾さんはキリヤ堂のいじられキャラだ。僕の休日は一週間に一回でシフトを決める河本さんに希望を言うシステムになっていたが僕は特に希望がなかったのでお任せでいいと言っていた。なので八日間働いて休みを取ったり、五日間で休みを取ったりと不規則なシフトになった。そして僕は新しい出会いをした。いつものように早番の糸井さんと山本さんと入れ替わりで見たことのない女の子が二階のフロアに僕と同じエプロンをして現れた。河本さんが、小沢君は会うのは初めてだね、この子は大学生の森山さんと紹介してくれた。僕は、新しくアルバイトで入った小沢ですと頭を下げて、今、キルト売り場の担当をしていますと言った。森山さんは丁寧に、一年前から働いている森山ですとお辞儀をしてくれた。森山さんはどういう表情をしたらいいか困っているような表情をしていた。河本さんが、小沢君と森山さんは同い年じゃないのかと言った。僕は自分が生まれた年を言った。森川さんも僕と同い年生まれだった。同い年なのにとてもきれいな身なりをしている森山さん。僕は毎日同じ汚いジーパンにシミが付いた長袖のシャツ。散髪代もケチっていたのでぼさぼさに伸びた天然パーマ。家で飼われた高級な猫と野良猫ぐらいに対照的だった。僕は森山さんを見て、可愛くて胸がすごく大きい女の子だなあと思った。森山さんが三階の今川さんも同い年だと教えてくれた。それから学校が忙しかったのでしばらくアルバイトに出られていなかったと言った。僕は森山さんの言葉をメモ帳に書いた。河本さんが森山さんに、小沢君は一人暮らしをしていて、毎日オープンからラストまで働いていて、毎日自分でお弁当を作って持って来ていると言った。森山さんは両手で自分の口を押えて目を真ん丸にして僕を見た。僕は一体どの部分に反応したのだろうと思った。僕はキリヤ堂でちやほやされるようになった。僕も誰とでも普通に話せるようになった。経理の中で一番偉い谷口さんがタイムカードの横に小沢君募金箱とマジックで書かれた箱を置いてくれた。みんながその箱の中にお金ではなく、野菜やお菓子や果物を毎日入れてくれた。僕はとても嬉しかった。経済的に生活が楽になることもあったけど、みんなの優しさがとても嬉しかった。お昼休みにはお菓子やおせんべいをお裾分けと言ってみんなが僕にくれた。村尾さんが、いいなあ、俺は今までそんな施しを受けたことがないと言ったらまたみんなに非難の言葉を言われていた。給料全部小遣いに使っている人間が一人で生活している小沢君と同じ扱いを受けられると思うな。僕は別に東京生まれで東京に実家があるなら無理に一人暮らしをしなくてもいいと思っていた。一人暮らしはいろいろとお金がかかる。それなら実家に住んだ方がお金も貯まる。

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