かおちゃんと錆びた遊園地

尾八原ジュージ

かおちゃん

 僕がおよそ3年ぶりにかおちゃんと再会したとき、彼女は窓際の席で机に頬杖をつき、通りを隔てたところにある遊園地の廃墟を眺めていた。




 所詮、底辺の公立中学校で「頭よかった奴」なんて、世間一般から見たら大したことはないのだ……ということを、4月の高校入学以来、僕は嫌というほど思い知った。


 それまで定期テストの順位では、学年中5番より下に下がったことはなかったのに、高校に入った途端にクラス分けテストで93位。驚く暇もなく授業が始まり、ズルズルと下がって今は100番台をウロウロしている。


 僕が昌明予備校の夏期講習に通うことが決まったのは今年の7月、期末テストの結果が出た直後のことだった。


 この夏期講習は、県内の進学校に通う生徒たちのうち、一学期の授業に置いて行かれた連中が対象のものだった。週3回、午後1時から7時まで缶詰になって、授業や小テストをみっちり行う。考えるだに楽しそうではないスケジュールだ。


 こんな苦しいことをして、果たして僕の成績は上がるのだろうか。しかし、上がらなければ未来は暗い。僕には結局、勉強する以外の選択肢はないのだった。


 そんな具合で、憂鬱な気持ちで参加した昌明予備校の夏期講習だったが、いざ始まってみると嘆いている暇などなかった。忙しいのだ。かなり頑張って勉強していないと、途中で振り落とされてしまう。


 最初は懸命についていこうとしたが、だんだんモチベーションがもたなくなってきた。僕の悪い癖だ。このままだと振り落とされるな、と思った頃に、僕はようやくかおちゃんの存在に気付いた。


 彼女もまた、昌明予備校で同じ夏期講座を受けていたのだ。2週間近く、まったく気づかなかったのは、勉強で忙しかったのと、かおちゃんの見た目がずいぶん変わっていたからだった。


「武石さん、よそ見しないでね」


 英語講師の今西先生が授業中にそう言ったとき、僕ははっとして窓の方を見た。窓際の一番後ろの席。そこにかおちゃんは座っていた。


 僕の脳裏に、まだ小学生だった頃の彼女の姿がぱっと浮かんだ。


 休み時間、僕は意を決して彼女に声をかけた。


「あのさ、武石薫さんだよね?」


 窓の外を見ていたかおちゃんは、僕の方に振り向くと、「ケンくん?」と素っ頓狂な声を上げた。


 彼女の机には、塾の自動販売機で売られているパックのいちご牛乳が置かれていた。そのストローの吸い口が、噛まれてぺったんこになっている。


 ああ、かおちゃんはこれが癖だったなと思うと、僕はこの予備校に来て初めて、心が和むのを感じた。

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