第13話
セ・ダォの言葉に教授が反応した。
「ちょっと待て。そんな決断を本気で考えているのか?」
ガ・バウ船長が不敵な笑みを浮かべる。
「それも……選択肢のひとつかもしれないということさ」
「おい、おい。船長、それは困るぞ」
「安心しろ教授。みなに滅亡を強要するなんて、あたしはそこまで馬鹿じゃないし、権利もない。少々やり方に不満があろうと、同胞の人数分で被害を抑えられるボディ・スナッチが適当だと考えてるさ。ただね……」
壁に背をあずけて怯えるセ・ダォの姿に、船長の眼差しが揺れる。
「あたしは父親セ・ドゥから、頼まれたんだよ。この子が行く道を間違わないようにって。こいつは天才に違いないが、情に欠ける。目的のためには手段を選ばない。そんな性格を父親は最後まで危惧していた。だから、こいつに侵略の道を選ばせるわけにはいかないのさ」
まるで母親の眼差しだった。大きな過ちを犯した息子を、それでも愛情で包みこもうとするような、慈愛に満ちた表情だ。
だが、セ・ダォにその気持ちは届かない。
気がつけば、武装集団が実験室に乱入していた。彼らは銃火器を船長に向けて照準を合わせたのだ。
教授がレビ・ガノを背中に庇って叫ぶ。
「謀反とはいただけない。銃をおろせ。エジュラの歴史に泥を塗るんじゃない!」
「精神論はもううんざりだ!」
躊躇する武装集団に、今度はセ・ダォが言った。
「同胞たちよ狼狽えるな! 僕たちは何十年も耐えてきた。一族の滅亡を前にしてさえこの惑星の人類を尊重しているんだ。その苦肉の策が『ボディ・スナッチ』だ。愚か者に実感はないだろうが、この『ボディ・スナッチ』にも多大なエネルギーが消費され、次元粒子機関に大きな負担がかかっている。我らの決断に間違いはない!」
セ・ダォが船長に武器を捨てろと言い放つ。
動じる様子のない船長。
ならばと、武装集団の銃口が教授とレビ・ガノ、そしてふたりの刑事に向けられた。
船長はしぶしぶ武器を捨てた。
セ・ダォの表情に余裕が戻った。さっきまで怯えていた姿が嘘のようだった。
「船長たちを拘束しろ!」
裏切り者らが船長に取り付いた途端、少女レビ・ガノが教授の背中から飛び出した。そして、キレのいい身のこなしで、船長を拘束しようとしていた同胞の数人を蹴りあげたのだ。
呻き声をあげて地に伏す裏切り者たち。
美しい弧を描きつつ、さらにその蹴り足がセ・ダォにぶち込まれた。
「ぎゃっ!」
胸を押さえて倒れるセ・ダオ。
青ざめた教授が唸る。
「レビ、はしたない! 君に強さは似合わないからさ! 」
少女は教授の言葉をスルーして、二人の刑事に向き合った。押し込まれたカプセルから柿沼と栗山を解放すると、少女はレビ・ガノは笑顔を見せた。
「さあ、あなた方は同胞を救いに行きなさい」
「しかし……」
柿沼が口を開くが、少女はそれを止めた。
「ここはわたしたちに任せてください。おふたりには細菌兵器使用の阻止という大仕事をお願いせねばなりませんが、どうか裏切り者たちにこれ以上の罪を重ねさせないようお願いします!」
柿沼と栗山が頷いた。
「おい、おい!」
教授が息咳切ってやって来た。
「このふたりはボディ・スナッチのための貴重な肉体だぞ」
「教授、気がつきませんか?」
「あん、なにをだ?」
教授の疑問に、少女の視線が柿沼を捉えた。
「こちらの刑事さんは、昔教授と昆虫談義で意気投合した方ですよ」
「昆虫談義……おお、そう言えばあったね。あれはフィールドワークの最中、初めて地球人と会話した日だった」
「そうです。遭遇よりもさらに危険だとされた会話を、教授と彼は昆虫という共通の話題でいとも簡単に心を通じ合わせました」
「うむむ。しかしあの時は可愛らしい少年だったが」
「当然です。もう何十年経っていると思うんですか?」
ふたりの会話に、柿沼の心が震えた。
彼女が自分のことを覚えていたとは。あの幼き日の真夏の夢がここにきて現実味を帯びる。
「さあ、お行きなさい!」
少女、レビ・ガノが再び刑事たちを促した。
彼女の凛とした表情は、太陽をいっぱいに浴びた、ひまわりのようだった。
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