噂のトンネル

「今日肝試しに行こうぜ!」


 の一言から始まった心霊スポット探検。田中と坂口は龍牙を連れてトンネルに来ていた。

 

「楽しみだな」

「嬉しそうじゃん」

「……これが嬉しそうに見える?」


 笑い合う2人を睨みながら懐中電灯を持っている龍牙。昼頃に龍牙の家に突撃し、ただ遊ぶだけだと言われて外に出て遊び、夕方になって帰ろうとしたら腕を引っ張られて、今ここにいる。

 

「ここってあれでしょ。事故が多発してるってところ」

「そうそう。噂では上から人が落ちて来たとか、歩いてたら車道側に突き飛ばされたってところ」

「なんでわざわざ危ない目にって……前言ってた怖いもの見たさってやつか」

「当たり!」


 「分かってきたじゃん」と言いながら笑う坂口に龍牙はため息をつき、光が出ていない状態の懐中電灯を2人に向ける。


「僕が何か言ったらそれをしっかり守ること。約束出来ないならその段階で強制的に家に帰らせるからね。駄々っ子も無し」

「おう」

「頼りにしてる」

 

 深呼吸をした龍牙は、懐中電灯をつけて先導するように前を歩いていく。田中と坂口も自分が持ってきた懐中電灯をオンにしてついて行く。誘ったもののやはり怖いのか龍牙の背に隠れていた。


「近すぎて歩きづらいんだけど」

「服掴んでた方が安心するからな」

「何か遭った時助けてくれるだろ?」

「そりゃ助けるけど、その分後で奢ってよ」


 おうと言いながら歯を見せて笑う2人。

 トンネルは片側1車線道路で、その端に歩行者用通路が引かれていた。今もライトをつけた車が通っており、歩道側にはガードレールもない。ふらついて車道側に倒れたらひとたまりもなかった。


「こわぁ」

「寒すぎ」


 季節は夏に近づいてきているにも関わらず、トンネルの中を吹く風は異様に冷たく、凍えるほどの寒さだ。車のライトや手元の懐中電灯があっても足元が暗く、奥が見えないほど長い。暗い中での道は暗ければ暗いほど、その道は長く感じてしまうほど。最初は楽しそうに歩いていた2人も少しずつ恐怖し始めている。


「戻る?」

「い、いや、まだ噂を見てない」

「そっか」


 龍牙の服をがっしりと掴んでいる田中に龍牙は、後ろを振り返って相談したが、まだ続けると言ってきた田中の言葉に従い、前を向いて歩き始めた。一歩、またさらに一歩奥へと進むたびにトンネル内の空気が重くなっていく。排気ガスと霊が出す怨念や執念が混ざり合い、霊感がある者にとってここは息がしづらくもなる場所だ。龍牙にとって怨念は食事の1つとなるのだが、さすがに排気ガスと混ざったものは体の中に入れずらかった。


 あぁあああ……。

 

「な、なぁ、なにか聞こえなかったか?」

「聞こえたとしても周りを見ない」

「お、おう」

 

 叫びのようなうめき声が聞こえるも、龍牙が恐れることもなく進むものだからか、田中と坂口も強制的に前へ進まざるを得ない。


 うぅうううう……。

 

「や、やっぱ聞こえるって!」


 トンネルの真ん中あたりまできた3人。先程よりも大きく聞こえた声で坂口が若干パニック状態になりかけている。連鎖するように田中も慌てていた。


「焦ったらダメだよ」

「だ、だがよ」

「僕が言ったこと忘れた? 『僕が何か言ったらそれをしっかり守ること』って」

「わ、わかった」


 落ち着くために深呼吸をする2人。ただ、ガスが溜まっているトンネル内で呼吸したことで咳き込んでしまった。2人の背中を撫でながらも、龍牙は声の場所を探っていた。いまだに苦しそうな声は聞こえてくる。


「落ち着いた?」

「おう」

「それは良かった」


 懐中電灯を持ち直し、立ち止まって周りを見始める田中。前後左右を見るも、車が通っているだけだ。


「ひぃ!」


 再度、田中が龍牙の服を掴んだ時、坂口が悲鳴を上げて自分のうなじを手で塞いでいる。上から水滴が落ちてきてちょうど入ってしまったのだろう。

 

「水滴が落ちて来ただけだよ」

「それにしてはねばねばしてるんだが……」

 

 坂口のうなじに付いた水を拭いた後、2人の頭に手を置いて上を見させないようにする龍牙は天井を見上げた。そこには歪んだ顔を持ち、大きな口を開けた人だったものが龍牙達を見ていた。嘘を言ったのは2人に見せて走らせない為だった。声も聞こえなくなるほどパニック状態になって車道側に行くと、事故死してしまう可能性がある。それを防ぐために、あえて龍牙は嘘をいた。


「歩こうか」


 立ち止まっている間に少しずつ溜まっている霊が集まりだしている。新たな被害者を作ろうとしているのだろう。だが、龍牙がいることで手が出せずにいる。

 そのことに気付いている龍牙は2人を両脇に移動させ、両腕で包み込むように密着させて、服をしっかりと掴んでいた。


「もしかして龍牙、怖がりかぁ?」

「まさかの?」

「え、手を離してもいいの?」


 落ち着いたことで龍牙を煽り始める2人。掴んでいる服から手を離し、一歩後ろに下がって両手を自分の後ろに回す龍牙。それに慌てたのは龍牙ではなく田中と坂口だった。


「や、やっぱり掴んでてくれ」

「安心感がちげぇ」

「うん、だろうね」


 先程と同じように服を掴み、包み込んだ。心霊スポットに来ているにも関わらず、坂口が言うように安心しきった顔をしている2人。その間も虎視眈々と狙っていた。


「僕、両手が塞がってるからライトお願いね」

「おう、任せろ」


 二人の服を掴んでいる龍牙の手首には、ライトがついたままのひも付き懐中電灯がぶら下がっている。

 一か所に留まるのはまずいと判断した龍牙は歩き始めた。その後を霊たちもついてきている。時々壁から手を出し、壁側にいる田中を引っ張ろうとするも、歩道の真ん中を歩く龍牙が自分側に寄せたり、地面から伸びてくる手を蹴ったりなどしていた。それが何度もあるせいか、2人は真っ直ぐ歩いているにも関わらず、左右に体が振られることに。


「龍牙!」

「ごめんよ。でも、ちょっと危ないからさ」

 

 左右から怒りの籠った声で耳が痛くなったのか、目を閉じて少し震えている。密着しているせいかいつもよりも近く、耳の奥に届いてしまったのだろう。その間にも霊は3人の命を狙っている。


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