番外編 大晦日の食餌

 世の中が来る年を待っている頃。

 新年まで後1時間。龍牙はというと

 

「逃げないでくれる? 余計に腹減るんだけど」

 

 喰われたくないと逃げている悪霊を追いかけ回していた。建物から道路へと縦横無尽に逃げる霊を追い続けるのは体力がいる。そろそろ空腹の限界が近い龍牙は、少しだけ苛立った顔をしていた。

 

「ああ! もう!」

 

 アスファルトにヒビが入るほど足に力を込めて飛び、悪霊が屋根に移ろうとしていた所を龍牙は捕まえたが、屋根に乗りそこなったのか他人の家の庭に落ちた。

 

「やっと捕まえた」

 

 捕まえた時は人型だったが、変化できるのか黒い蛇になって逃げようとしている。そうはさせないと龍牙は両手でしっかり掴んでいた。

 

「やばっ」

 

 大晦日の時は、起きた状態で新年を迎えようとしている人が多くなる。龍牙達が落ちた家の住民も同じで、外から聞こえてきた音を不審に思ったのか、カーテンを開けた。既にその家から龍牙は離れていたが、見つかる前に塀を乗り越えて道路側に逃げていなければ、新年早々不審者としていた通報されていただろう。

 

「新年迎えられないかと思った」

 

 表情に表れていないが、真冬にも関わらず龍牙の額に汗がにじんでいる。

 

「早く食べよっと」

 

 手の中で暴れる黒蛇を強く握りしめ、そのままかぶりついた。手を噛まれないように蛇の頭と口を塞ぎながら。

 

美味うま……」

 

 蛇の腹に大きくかぶりつき、龍牙は目を見開いた。黒い肌で堅そうな見た目とは違い、中身は白く弾力があり、チーズのように伸びている。なかなか飲みこめないいのか、口をまだ動かしている。

 

かなぐりに渡したら何か作ってくれるかな」


 弾力のある肉をようやく飲み込み、両手で持ちながら祖父の家に戻っていく。雪が振る真っ暗な夜を駆けながら。


 新年まで後40分。

 かなぐりは迫田家の親戚一同が集まる居間で話をしながらゆっくりとしていた。大世帯おおじょだいであるこの家は、年越しそばを大晦日の前日から用意している。そうしなければ、使用人たち帰れなくなってしまうからだ。全員分を作り終えていた使用人たちはそれぞれ家に帰り、年末をゆっくりと過ごしていた。

 にぎあった居間のふすまが静かに開き、すきまから部屋の中をのぞく龍牙。湯呑ゆのみを置いたかなぐりは龍牙達の祖父の洸太郎に声をかけて龍牙のもとに近づいた。


「龍牙様、どうされましたか?」

「これ調理してほしいんだけど、出来そう?」

「普通の黒蛇ではなさそうですね」


 ふすまを閉じ、龍牙が差し出した黒蛇を見て、京は腕を組む。噛みちぎったところからまだ血が流れ落ちて、廊下を濡らしていた。


「食感はもちみたいな感じで美味しいんだけど」

「餅ですか……。ならば海苔で巻いたものなどいくつか作ってみましょうか」

「手伝う」

「後からここも拭かなくてはいけないですね」


 親戚やら従兄弟達で騒がしい場所から素早く離れ、2人で台所に向かう。

 迫田本家には台所が2つある。昔ながらのかまどで料理するところと現代のようにIHを使う場所。昔ながらの場所は現代よりかは狭いが、2人並んで料理しても肩がぶつかるほどの狭さではなく広々使えた。


うなぎのように臓腑ぞうふを抜いたり開きをしなくていいのは楽ですね」

「その姿からかなぐりが陰陽師だなんて誰も想像出来ないだろうね」


 フッ素コートエプロンに肘まである白い手袋をつけ、かなぐりが包丁を使って器用に蛇の皮をいでいるところを、龍牙は木製たらいに水を溜めながら思ったことを口にする。何度も似たようなことをしているからか、京が着ているエプロンは赤黒く、いくら洗っても落ちないほどに血で汚れていた。


「水で血を洗って七輪で焼いてから海苔で巻いた方がいいですね」

「七輪ってあるの?」

「ございますが、そろそろ深夜ですし明日ですね」


 血を一滴も残さないように桶の中で丁寧に洗う京《かなぐり》。そう言われて今すぐ食べられると思っていたのか、龍牙の口元から少しだけよだれが垂れていた。

 水切りを十分にすると、食べやすいように切り、ラップで小分けにしてから京はエプロンと手袋を取る。


「明日の為に今日はお休みください、龍牙様」

「お腹空いてる」

「別の物を準備してありますよ」


 ラップに小分けした物を手に持ち、台所から出ていく。その後をヒナのようについて行く龍牙だったが、視線を感じたのかふと横を見た。祖父の家全体に施してある結界を破り、入ってこようとしている人ではないもの。目に光彩などなく瞳孔が大きく広がり、口角は耳たぶのところまで吊り上がっている。2メートル近くある石塀の上から覗く様は、背中をつたう汗が留まることを知らないほど。


 しかし、ここにいる2人にとってはいつものことだった。ましてや龍牙にとっては大きい獲物でしかない。見つけた途端に飛び出していくと、石塀を超えて何かの目に向けて飛び蹴りをし、そのまま共に倒れて地響きが鳴った。


 人の気配を感じ、塀の中を覗いて、あまつさえ自分の力にしようしていた何か。龍牙を見た時、ただ霊が見えるだけの存在だと勘違いをした。それが誤りだったのだ。  

 人が瞬きする一瞬に飛び出して来た龍牙に、何かの黒い目は驚きで先程よりも大きく見開いている。そのまま流れるように龍牙は何かの喉らしきところを足で強く踏みつけ、声を出させないようにした。

 

「噛み切った方が早かったかな」

 

 何かはされるがままなのがしゃくに触ったのか、龍牙を止めようと細長い手を伸ばして掴もうとするも、かわされて喉を噛みちぎられ、絶命した。

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