第20話 佐藤刑事の話



「すみませんね。 でも、少し拭き掃除くらいはさせてくださいね」

俺はそう言って、カウンターを拭き、キッチンを拭き、湯を沸かしていた。

とりあえず、これで飲み物は提供できるだろう。

そう思って広瀬親子に声をかける。

「何か飲みますか?」

「そうね、私は紅茶をいただくわ。 お母さんは?」

「私も紅茶で。 すみませんね、山本さん。 いきなりお邪魔して」

広瀬母は、にっこりとして言う。

「いえいえ・・」

俺はそう答えつつ、紅茶を作って提供。


「どうぞ」

白いカップの紅茶を広瀬親子の前に置いた。

広瀬娘が一口飲むと話してくる。

「おじさん・・あのね、私たち警察に事情聴取で呼ばれたの」

俺は驚いた。

「警察に? なんで?」

俺はついつい言葉を発していた。

広瀬娘が母親を見て、母親がうなずく。


「実はね、私を・・その私を・・」

広瀬娘は言葉が出てこないようだ。

チラっと母親の方を見る。

広瀬母は軽く首を振り、娘の背中にそっと手を添える。

「おじさん・・その私に乱暴した男たちだけど。 みんな死んだみたいなの」

広瀬娘はそこまで言うと、ホッとしたような顔になってふぅっと息を吐いた。

「・・死んだ?」

俺はとぼけて答える。

今度は広瀬母が話し出した。

「えぇ、そうなんです。 洋子に乱暴した連中が全員死んだようなのです」

お母さんも何やらうれしそうな困ったような、複雑な気持ちだろう。


俺はやはりとぼけて答える。

「全員死んだのですか?」

「「はい」」

親子でハモッて答える。

広瀬娘が俺の方を向いて、おそるおそる聞いてきた。

「おじさん・・その、殺し屋を雇ったとか・・」

「あはは・・」

俺は本気で笑ってしまった。

なるほど、学生の想像力はこれくらいのものだろう。


「あはは・・いや失礼。 そんなことできるはずないよ。 ただね、ネットには情報を流したよ。 約束だったから・・」

俺はそう答えると、広瀬親子は向き合って目を大きくした。

「おじさん、本当に情報を流してくれたんだ。 でも、それだけで犯人が死ぬかなぁ・・」

広瀬娘はブツブツ言いながら考えているようだ。

ま、考えてもわかるはずもないだろうけど。

「広瀬さん。 こう言っては何ですが、良かったじゃないですか」

俺はえてヒソヒソ話するような感じで、手を添えて言ってみた。

広瀬母は少し驚いたような顔をしていたが、娘の方を向いてゆっくりとうなずいていた。


「広瀬さん、言葉は悪いですが私的にはスカッとしますよ。 どうせ法なんかで裁かれても、こんなクズどもは生きているんですからね。 それに娘さんに刻まれた傷は一生消えることはない。 どうして被害者が死ぬまで苦しまなきゃいけないのです。 理不尽すぎるでしょう。 けれども、こんなクズがいなくなれば、それだけでもこれからの被害はなくなるし胸のつかえが取れますよ。 いいことじゃないですか」

俺はハッとして口をつぐむ。

話をしていて、ついつい調子に乗っていたようだ。

悪い癖だ。

広瀬親子はジッと俺の顔を見ていた。

娘さんの方は大粒の涙をボロボロと流していた。

「・・うぅ・・おじさん、ありがとう」

少し娘さんが泣き止むのを待っていた。

「でも、いったい誰がやってくれたのだろう・・」

広瀬娘が言う。

「さぁ、わからないけど・・ネットを見た正義マンの中に過激なやつがいたんじゃないかな?」

俺はそう言ってネットのせいにした。


広瀬親子は紅茶を飲みながら、しゃべるだけしゃべったらすっきりとした顔をして帰っていった。

時間は午後6時。

カフェは既に閉店時間を過ぎている。

俺は戸締りをして、郵便受けを見に行った。


郵便物を見ると、ダイレクトメールなどの広告が多いが、探偵からの郵便物も入っていた。

「なんだろう・・」

俺はそう思い、郵便物を部屋に持っていく。

要らない広告は捨てて探偵の封書を開けてみた。

読んでいると、一瞬心臓がドキンとした。

服役中の山下裕二が、模範生かつ初犯ということで出所が近いという。

俺は怒りが込み上げてくるのを感じていた。

「はぁ? 何が初犯だ! まだ6年しか経ってないぞ。 クソがぁ・・普通に生きて来た人の命を2つも奪っておいてこれかよ。 なんで被害者がこんなモヤモヤして気持ちで居続けなければいけないんだ。 ちくしょう・・どうせ金持ちの親がいろいろずっと手をまわしていたのだろう。 チッ・・・」

・・・

俺は部屋の中をウロウロとしていた。


そんな自分に気が付いて、ベッドに座る。

そして考えてみた。

これは逆にいいチャンスじゃないか。

遠慮なくやれる。

そしてあの親が関与しているのなら一緒に始末しよう。

俺はそう思うと、後は考えるのをやめた。


それからしばらくは普通の日常が流れていく。

刑事も広瀬親子も来ることはなかった。

そしてついに山下裕二が出所する日がきた。

探偵がきちんとその日を教えてくれていた。

俺は山下裕二の実家へ向かう準備をして、家を出る。

カフェは臨時休業。

常に休業だよな、と変に可笑しくなったが、そのまま背中を向けて歩いて行く。


◇◇


杉田刑事と佐藤刑事は、もはやあきらめモードだった。

「杉田さん、全然ダメですね」

佐藤が椅子で背中を伸ばしながら言う。

「そうだな、だがわかることを積み重ねていかなければならない。 地味な辛抱がいる仕事だ」

杉田は自分に言い聞かせるように言う。

「わかってはいるのですが・・ドラマみたいにはいきませんね」

佐藤は軽く笑いながらいい、そして続ける。

「それより杉田さん、聞きましたか? 例の心臓破裂の該者の件。 特別捜査班は規模を縮小して、僕たちのような捜査に戻るそうですよ。 あちらも犯人の目星はいくつかあるようですが、決め手に欠けてますからね」

「・・そうだな。 こちらも何人かの目星はつけているが、どれも弱いんだよな」

杉田は机に並べた写真を見ながらつぶやく。


「杉田さん、例のイギリスの斬り裂きジャックですが、今のところ発生していないようですよ。 それにフランスの魔法使いですが、湖を凍らせたとか騒がれています」

佐藤はそこまで言って、スッと姿勢を正し椅子から立ち上がった。

「そうだ! 杉田さん、中国とチベットの衝突の事件知ってます?」

佐藤が目を輝かせながら聞く。

「あぁ、ニュースで頻繁に配信されているからな。 何でも中国がかなり苦戦しているという話だな」

杉田は聞いた情報だけを伝えていた。

「そうです。 でも、こんな話は知らないでしょう」

佐藤はそう言うと杉田に近づいて来て、小さな声で言う。

「実はチベットの兵士はゾンビだというのです」


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