第二節

 厚みのあるパティに濃厚なチェダーチーズを乗せ、更にパティと野菜を積み上げる。とろりとしたオーロラソースが放射状に広がりながらパティの側面を流れ落ちていくと、ヒール(下のバンズ)がそれを受け止め池を作った。

 最後にクラウン(上のバンズ)が被せられ、ピンを刺して形を整える。

 かぶりついたとき舌に触れるヒールはふかふかと柔らかく、対してクラウンは表面をパリッと香ばしく炙ってあるそうだ。

 流石は行列のできる名店だけある。腹の虫が激しく騒いでいた。

 箱詰めされたハンバーガーを手に店を出て、リュックからトレッキングポールを取り出す。

 ここからは急勾配の山道だ。中腹の旅籠屋まで舗装された道が続くが、そこから先は悪路になる。

 自販機で温かいお茶を買って上着の内ポケットに入れると、ほどよい温もりが腹のあたりを包んだ。これで少しは寒さを凌げるだろう。

 空を見上げると、太陽は頂点を越えて折り返しに入っていた。日没まであと4時間。できるだけ早く場所を決めなくては。

 擦り切れた白線と枯れ落ちた枝葉、僅かに大気を染める吐息が延々と伸びていく。指の感覚が麻痺して乾いた風が頬を撫でた。

 ときおり人とすれ違うが、ほとんどひとりっきりだ。こんな経験は初めてかもしれない。

 記憶の中のどこを探しても、今ほど誰に気を遣うこともなく過ごせたことはない。

 ほんの少しの気の緩みも許されなかった今朝までとは何かが違うのだ。

 解放感とか爽快感とか、そんな陳腐な言葉では言い表せないような、もっと大きな何かが。

 霜を纏い始めたアスファルトを踏んで子気味いい音を立てていると、苔の生えたログハウスが姿を現した。看板の文字が剥げて読みづらいが、どうやら目的の店らしい。

 道中で体についた枯葉や種子をはらい落として扉を開く。ベルが鳴って奥から「いらっしゃい」と声がした。

 焦げ茶の色調に差し色のアンティークが散りばめられた店内には、僕を除いてひとりしか客人はいないようだ。

 店主の女性は客人との会話に興じていたようで、席を立って小走りでこちらに向かってくる。

 客人とは少し離れた席に案内され腰を下ろした。途端にどっと足の疲れが襲ってくる。

 テーブルに置かれた白湯を飲み干し、メニューを開いた。ネットで調べたところでは、季節ごとの山の幸の揚げ物と山水で打った蕎麦が人気だそうで、昼時には来客も多いのだそうだ。

 デザートのページを見てみると、ふかふかのパンケーキやカステラ、ミルクセーキ風味のアイスクリームなどが並んでいた。

 この店で買うものだけは当日に決めようと思っていたのだが、改めて見てみるとどれも美味しそうで目が忙しなく動き回る。

 「パンケーキお勧めだよ」

 ふいに声をかけられて視線を上げると、客人が笑みをたたえてこちらを見ていた。

 肩まである髪と中性的な服装で女性だと思い込んでいたが、声からして男性のようだ。

「あ、ありがとうございます。じゃあパンケーキを持ち帰りで」

 カウンターから店主が「はぁい」と答え、厨房に消えていった。

 手持ち無沙汰になると無意味に手を動かし続けてしまう癖があり、リュックを整理しようと中身をテーブルの上に広げる。

 底に重いものを詰め、上にいくほど軽くなるようにしていると、いつの間にか男性がすぐ横に立っていた。すっと手を挙げたのを見て恐怖が湧き上がり身を竦める。

 男性は俺に謝ってみせ、詰め方が違うよとリュックを指さした。

 ノートだけは見られないように抜いてから、対面側に座った客人にリュックを渡す。

 男性が再びテーブルに中身を広げていき、今度は底に軽いものを詰め始めた。

 それでは下に入れたものが潰れてしまうのではないかと不安になったが、ちゃんとそのバランスも考えて詰めているようだ。

「よし、できた。背負ってみて」

 訝りながらも背負うと、先程までとは比べものにならないほど軽かった。

 跳ねたり捻ったりしているのを男性は優しい眼差しで見ている。

「少しやり方が違うだけで、こんなにも大きく変わっちゃうんだ」

 礼を言うと男性は手を挙げて席に戻っていった。入れ替わるように店主が箱詰めしたパンケーキを持ってきて、お代を払って店を出る。

 首を這う冷気に身震いして、再び歩き始めた。

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