トラブルシューティング

「では中へ」

「その前に1つ良いかしら?」

「はい。何でしょう」

「セシリアとあなたの婚姻についての事ですが、あの様な強硬手段を持って行おうとなされるのならば、彼女の主人としてお断りさせて頂きたく存じ上げますの」

「……はて、何をおっしゃっているのか分かりかねますな」


 社交辞令的な笑顔を貼り付けたフェルナンドは、そうやってあくまでもとぼけようとする。


「イライザ」

「はい。――状況開始」


 浮かべている微笑みに好戦的な色が混じるケイトへ、返事をしたイライザが指示を出すと、


「ど、どういう事ですかなこれは?」


 完全武装したケイトのメイド達が素早く降りてきて、ライフルの銃口を下にして、一糸乱れぬ動きでケイトとイライザの後ろに整列する。


「警察に……」

「呼ばれても結構ですが、事前に話は通してありますので助けてはくれませんわ」


 イライザもコートを脱いで武装を見せ、様子をバックに、ケイトはわざとらしくお嬢様然とした言葉を使う。


「戦争でも仕掛けに来られたのですかな?」

「いいえ。しかし、場合によっては辞さない覚悟ではございますの」


 完全に引きつった笑みを見せるフェルナンドの周囲に、一般的な鉄兜を被った歩兵の姿をした彼の私兵達がゾロゾロと集まってきた。


 しかしながら、全員が猛者であるケイトのメイド達が放つ気迫に、彼の私兵達は相手より数が多いにもかかわらず無意識に後ずさりをしていた。


「使者をお送りした覚えはありませんな。人違いでは?」

「そうおっしゃると思っておりました」


 ケイトがサマンサの名前を呼ぶと、縛り上げられたフェルナンドの使用人4人が次々に荷台から外へ放り出され、最後にこちらも武装したサマンサが降りてきた。


「……」

「ご覧の通り、こちらへ危害を加えようとしたあなたの使用人達が、洗いざらい全てお話して下さいましたの」


 全員が縄で縛られている使用人達は、雑に放り出された痛みでうんうんと呻いている。


「はて。その者達は全く見覚えがございませんが」


 フェルナンドはあくまで知らないフリを続け、


「それよりも、いくらケイト嬢のメイドとはいえ本人の意思を本当に確認出来なければ納得できませんな」


 自信満々な様子でそう言って強引に話を逸らした。


「そうおっしゃるかと思い、しっかりと書面の方で拒否の意思を確認致しましたの」


 イライザから受け取った書類を、ケイトはフェルナンドにセシリアのサインまでしっかりと見せる。


「ですが、実際に書き込むところを見ておりませんからなあ。しかも彼女、字は書けないはずですが」


 しかし、フェルナンドは余裕の態度を崩さず、後半部分には笑みに若干のバカにする様なニュアンスが混じった。


「ご心配は無用ですわ。私が雇い入れた後、しっかりと教育は受けさせましてよ」

「いやあそれは良いことですな。私が解雇したとはいえ、その辺りを心配していてね?」


 いけしゃあしゃあとそんな事を口走るフェルナンドに、ケイトは内心怒りを覚えていたものの全く顔には出していなかった。


「本人の口から聞かないと判断を――」

「では本人から直接どうぞ」


 来ないだろうと踏んでいたフェルナンドだが、荷台からサマンサの手を借りてセシリアが姿を現した。


 怯えている様子を見せまい、と振る舞うセシリアだが、その手は強く握りしめられている。


「――アタシがついてるからな」


 だが、サマンサに後ろから小声で励まされ、こくん、と頷いた後は軽く握る程度になっていた。


「私は今、ケイトお嬢様の忠実なるメイドですので、申し訳ありませんがお断りさせて頂きます」


 いつものたどたどしさは全く無く、セシリアは真っ直ぐフェルナンドの目を見て堂々と否定した。


「それは君の意思なのかね?」

「へっ?」

「ケイト嬢の意思をんで、ではないのかね?」

「あの……」

「それは果たして本当に君の意思とは言えるのかい?」

「えっ……」

「一体、誰が帰りの旅費もない君を首都で雇ったと?」

「……」


 フェルナンドは明らかに不満そうな表情を一瞬見せ、セシリアへ矢継ぎ早に問いを投げかけて詰め寄って彼女の勢いをしぼませた。


「ではもう一度訊こう。本当に、君の、意思、なのかね?」


 思惑通りになったことを確信し、フェルナンドは語尾を強調し笑みを深くして圧をかける。


「ッ……」


 強い怯えの表情を見せて後ずさったセシリアの、背中がサマンサにぶつかってハッと見上げた。


「――おい、ちょっと良いか?」

「は――ヒイッ!?」


 フェルナンドは全く気が付いていなかったが、サマンサの表情がまるで鬼の様な表情をしていた。


「こちとらな、お前がこの子の事をなんとも思ってないのは知ってんだよ。

 事実も確認しねえで寒空の下に放り出して、危うく死なせかけたヤツと結婚してえヤツがどこの世界にいんだっつの。

 つか、自分の意思が云々って、お前にそうやって脅されて出てきた言葉ヤツに意思が乗っかってるわけねえだろ。ブーメラン刺さってんぞコラ」


 そうやってフェルナンドへ辛辣に言い放ったサマンサは、震えているセシリアをそっと片腕で抱きよせた。


「では、こちらにサインをお願い致しますわね」

「……」

「頂けたら引き上げますので。これ以上騒ぎを大きくするのも本意ではないもの」


 唖然としているフェルナンドへ、ケイトはすかさずアイリスを目で呼び、バインダーで挟んだ契約書を彼に見せた。


 その文面は、セシリアとの婚姻は不可能であること、2度とケイトとその使用人に近寄らない事の誓約を交わすものだった。


「確かに」


 書き込まれたサインを確認したケイトは、


「次はございませんので、そのつもりでお願い致しますの」

 

 優雅に一礼してから車両に乗り込み、そう言い残してフェルナンド邸をメイド達と共に後にした。


「疲れたわ……」

「お疲れさまですお嬢様」

「ええ……」


 ケイトは目を閉じながら気が抜けた様子でため息を吐き、イライザの大きな身体に半身を預けた。


「お嬢様。お風呂用の石鹸ですが、いつもより香り質共に良質な物を納入して頂きましたので、早速お使いになりますか?」

「ええ、お願い。ちなみにどこのメーカーのものなの?」

「それはですね――」


 紺色の部分が大半を占め始めた夕空の下、気安い調子で話すお嬢様とメイドを乗せた車両は、他のメイド達の乗る兵員輸送車を引き連れ快調に帰路を進む。



                    *



「ふふふ、おいしいですか?」


 屋敷に戻ったセシリアは、ティーとミルクに中庭で夕方の餌やりをし、2匹が一生懸命にがっつく様子をいつも通りふんわりと微笑んで見ていた。


 やっぱ、セシリアは笑ってるのが一番だな。


 その様子を後ろから、サマンサが腕組みをして穏やかな表情で見つめていた。


「全部食べましたねー」


 猫達が皿までしっかり舐めて完食して前足を舐め始め、セシリアの方が満足そうな表情で小皿を回収した。


「さてと、お洗濯し――ひゃあッ!?」

「おおっと、スマン。声かければ良かったな」

「あっ、いえ……。ちょっとびっくりしただけですから……っ」


 独り言を言いつつ、くるっと振り返ったところにサマンサがいて、驚いたセシリアは危うく重ねた小皿を落としかけた。


「皿、アタシが持って行くから先に食堂いっとけ」

「いえっ。これは私のお仕事ですからっ」

「おうそうか。じゃ、お供するぜ」

「はいっ」


 眉毛からすら使命感を強く感じるセシリアの様子を見て、サマンサは伸ばした手を引っ込め、セシリアが入るのを待ってからドアを閉めた。


「……なあ、セシリア」

「はい?」


 直球で言うには余りにもベタに思えたサマンサは、なんとか格好が付く言い方を模索したが結局出てこず、


「その、なんだ。お前は、何があってもアタシが絶対守るから、な」


 気恥ずかしさを隠して、あくまでクールな顔でありきたりな事をセシリアへ言う。


「……」

「……おい、何か言ってくれよ。恥ずかしくて死にそうなんだが……」


 じっと見つめてくるセシリアに、サマンサは顔が本音を隠しきれなくなった。


「あっ、すいませんっ。サマンサさん格好いいなあ、って思ってぼうっとしてましたっ」

「お、そうか……」

「はいっ」

「……」

「……」


 お互いが自分の言っている事に照れて、2人の目線が同時にしばし彷徨った後、


「……あっ、えっと、そのお返事ですけど、お願いしますね」


 1度深呼吸をして気持ちを落ち着けたセシリアは、そう言ってどこまでも心強そうに微笑んでサマンサの顔を見上げた。

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