メイド見習いの日常

「ティーさん、ミルクさん、ご飯ですよー」


 厨房から貰ってきたささみのほぐし身を手に、中庭にやって来たセシリアがそう言うと、濃い茶トラのティーと薄い茶トラのミルクが、みーみーと駆け寄ってきた。


「いっぱい食べて下さいね」


 ニコニコ顔の彼女が小皿を2つ並べると、2匹は勢いよく柔らかなとり肉を一心不乱に食べ始めた。


「あわわっ、ゆっくり食べないと危ないですよっ」


 特にがっついているティーが、勢い余ってむせる様子を見てわたわた慌てていた。


 猫にまで敬語とかマジで律儀だな……。


 そんな1人と2匹の後ろから、ドアの枠に背を預けて見ているサマンサは、腕を組んで目を丸くしていた。


「お腹いっぱいになりましたか?」


 なー、と2匹が返事をするように鳴き、


「えへへ、そうですかー」


 機嫌良さそうに尻尾を立てセシリアへ頭を擦り付ける猫2匹へ、彼女はふにゃっと笑って両手でその頭を撫でる。


「どうします? 遊びますか?」


 求められるまましばらく撫で回したところで、少し離れた猫2匹へセシリアが棒の先にリボンをくくりつけた玩具を出したが、2匹はあまり反応を示さない。


「あ、お休みですか」


 2匹がほとんど同時に大あくびした様子を見たセシリアは、空き皿とリボンを回収して建物の中に入った。


 温室になっている中庭と建物を隔てるドアをサマンサが閉めたが、その蝶番側に付いている小さな猫用扉がら相次いで入ってきた。


「一緒にお昼寝はまだ無理ですよぅ……」


 お仕事たくさんあるんですよ、と言っても猫に通じるはずも無く、セシリアの後を延々付いてくる。


「ど、どうしましょう?」

「いや、アタシに訊かれてもな。代わってやりてえところだけどよ……」


 足元でわらわらしている猫2匹に困り果てたセシリアに、見上げられたサマンサはそう言って小さく首を傾げた。


「アタシが猫を引き受けるから洗濯終わらせてこいよ」

「良いんですかっ」

「まあ、アタシがやっても戦力外だしな……」

「そ、その内出来る様になりますよっ」


 苦々しい顔で姿勢を低くして猫を2匹捕まえようとしたが、サマンサの手をスルッと避けて、なおもそうフォローしたセシリアの後を付いていく。


「えいくそ、拾ったのアタシなのになんで逃げんだよ……」


 同じ様に何度も捕まえようとするが、猫達はにゅるっと身体を曲げて逃げ続ける。


 そうしている内に猫同士がじゃれ合い始め、その隙にサマンサがセシリアを担いでランドリーまで素早く移動した。


「サマンサさん聞いて下さいよっ。最近ちょっと寒くなってきたので、寝るときにティーさんとミルクさんが暖めてくれるんです」


 チェルシーと共に衣服のアイロンがけをしつつ、セシリアはひたすらタオルを畳んでいるサマンサへ、とにかく嬉しそうにそう話す。


「ほー」

「猫さんって体温高いじゃないですか? だから本当にぽっかぽかなんですよ」

「そうなのか」

「しかも、いつも同じ時間に起こしてくれるんですっ」

「そりゃすごいな」

「恐らく、ご飯の時間だからそれを覚えているんだと思いますけどね」

「まあ、猫だしな。結構現金な生き物らしいし」

「何か欲しいとき以外は気まぐれですもんね」

「いくらセシリアに懐いていても、さっきみたいに避けられるときもあるわけだな」

「えっとその、たまには、ですね」


 本当はほぼそういうことはないものの、拗ねている様子のサマンサを見て、セシリアはやや大げさに言った。


「あ、サマンサ。これ、食器用の布巾が混ざっていますよ」


 畳んだものの回収に来たイザベラが、タオルの束をふと横から見ると、ガーゼ素材で出来た布巾がいくつか混ざっていた。


「マ――本当ですね。すいません……」

「そんなに落ち込まなくても大丈夫ですよ」


 両手で受け取ったサマンサが思い切り意気消沈して謝ったので、イザベラはその肩を軽くぽん、と叩いて励ました。


「すっ、すいませんっ。私がちゃんと仕分けせずに……」


 ションボリした顔でタオルと布巾を分別しているサマンサに、若干横着して回収してしまっていたセシリアが申し訳なさげに言う。


「まてまてっ。アタシがちゃんとやらないのが原因だからお前は謝るなっ」


 無駄に責任を背負おうとしたセシリアへ、サマンサは早口で手のひらを向けて制止した。


「えっ、ですけど……」

「律儀過ぎだっつの」


 納得がいっていない様子のセシリアに、良いから良いから、と言って押し通した。


 しっかり確認しながら作業を終えたサマンサとセシリアは、デボラ、チェルシー、イザベラの清掃メイド達と共にモップでの床掃除に移った。


 1階東側の書庫とシェフ達の私室がある方の廊下を担当する事になったサマンサだが、


「……」


 南側の通路の東側半分担当のセシリアが、心配して角の柱の陰から頻繁に様子を確認しにきていた。


「……セシリア、流石にモップがけは出来るから」

「あっ、すいません……」


 モップの水分を手で絞ろうとする様子をまじまじと見つめられ、サマンサは苦笑いをしてセシリアへそう言った。


「これくらいはミスらずやらねぇと――」


 給料返さないといけなくなる、とセシリアの方を見て言おうとしたタイミングで、手元がズレて自分のつま先に水を浴びせてしまった。


「……」

「……」


 数秒2人でその地点を見つめたところで、サマンサは無言のままモップでその水分を拭った。


「バ、バケツだけはひっくり返さない様にしねえと……」

「で、ですね……」


 笑顔が引きつる2人は、そう言ってミスのハードルを上げたが、


「じゃ、セシリアは自分の事をやってくれな」

「あっ、はい」

「流石にもう見習いは卒業しねえとな。ってああああ……」


 仕切り直した直後にバケツを蹴って、中身を派手にぶちまけてしまった。


「雑巾とってきますねっ」

「スマン……」


 セシリアはそれを見て、即座にランドリーへパタパタと駆けていった。


 渋い顔でバケツを起こし、今し方絞ったばかりのモップの先で、サマンサは床の水溜まりの濁った水を外側から吸収していく。


「持ってきましたっ」

「サンキュー。拭くのはアタシがやるから、今度こそ自分の場所をな」

「いえいえ。2人でやった方が速いですからお手伝いしますよ」


 やや使い古した雑巾4枚を手に戻ってきたセシリアは、そのうち2枚を渡したサマンサの遠慮を断って自らも雑巾を手に床を拭いていく。


「そうか……」


 善意を無下にするのもなんだ、とサマンサはその親切を受け入れて、自分もセシリアの反対側から床を拭き始めた。


「きっと、慣れれば大丈夫になりますよっ」

「だーといいがな……」


 やらかしに小言1つ言わず、嫌な顔もせずフォローするセシリアに、サマンサは本当に申し訳なさげな表情をしてため息混じりに言った。

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