取り戻したもの

                    *



「で、その……。なんだ。なんとかしてあげてください」


 帰宅後、ケイトの執務室へやって来たサマンサは先程の出来事を話し、やや無作法ではあったがそうケイトへ頼んだ。


「セシリアはどう言っていたのかしら?」


 ケイトは机の前にある長ソファーで、イライザに膝枕されて寝転がったままサマンサへ訊く。


「はっきりとは言ってないですけど、すげーションボリはしてました」

「まあとにかく、本当に欲しいかどうか訊いてみなさいな」

「んなことしたらセシリア、遠慮して要らない、ってしか言わないすよ」

「あの子、あれでいてしっかり言う事は言うわよ」


 ねえイライザ、と、非常にご機嫌な様子で自身を扇であおぐ、腹心のメイドにケイトが話を振ると、ですねー、と顔を向ける主人にほわほわとした笑みで同意する。


「そうなん、ですか……。あんなに自分の事を言うの下手だったのに……」

「きっかけさえあれば変わるわよ」

「左様でございます」

「アンタが言うと説得力すげーな」

「恐れ入ります」


 以前はかなり粗野な部分がある、という印象だったため、現在のイライザの変わり様を見ると、サマンサは納得するしかなかった。


「じゃあ、そうしてみる――です。失礼致します」


 慣れない様子でスッと一礼してからサマンサが部屋を出ると、


「うわっひゃあ!?」


 セシリアがちょうどタオルを持ってやって来たところで、驚いた彼女は後ろにひっくり返りそうになった。


「うおっと。スマン」

「い、いえ……」


 とっさにサマンサが肩をつかんだおかげで、なんとか転倒は避けられた。


「今忙しいよな?」

「あっあっ、これを持ってきただけなので、すぐに……」

「じゃあ、渡したらちょっといいか?」

「あっ、はい……」


 心臓がバクバクしているセシリアは、手元に視線を落としてそう言うと、イライザにタオルを届けてすぐ出てきた。


「ええっとその、どういったご用件ですか……?」


 執務室の重厚なドアが閉まったところで、外で待っていたサマンサにセシリアは訊く。


「あーその、大した事じゃねーんだが、さっきの自転車欲しいのかな、と思ってな」


 左右に窓が等間隔で並ぶ2階北側の通路を歩きながら、サマンサは少しぎこちない様子で訊ね返した。


「えっとその、よく考えたら今のものに愛着があるので、買わなくてもいいかと思いまして……」


 気を遣わせてしまった事に対して、セシリアは冷や汗をかいてあわあわと謝った。


「あーそうだったのか。余計な事しかけたな」


 サマンサは、ケイトになんとか買ってあげられないか、と頼もうとしていた事を伝えた。


「ありがとうございます。お気持ちだけ、頂戴しますね」


 迷惑をかけていたわけではない、と気付いたセシリアは、はふぅ、と1つ息を吐いてふんわりと笑みを浮かべた。


「セシリアって、笑うとめちゃくちゃ可愛いんだな」

「かわ……っ!?」


 何気なしにサマンサが思った事をダイレクトに言うと、セシリアは素早く外庭側の窓を見て、


「はう……」


 緩んでいる自分の表情を確認すると、それを赤らめて俯き加減になった。


「別に恥ずかしがることないだろ。前みたいにキレられるわけでもないんだし」

「で、ですけど……」

「アタシは嬉しいぜ? 元のおめーが戻ってきててな」


 前髪の下から見上げてくるセシリアの頭をでて、サマンサは愛おしそうに笑って言う。


 田舎から出てきてきたての頃、セシリアは常に微笑みを絶やさず周囲を癒やす様な少女だったが、主人から八つ当たりで毎日の様に怒鳴られ、それは長らく失われていた。


 その過程を見ていたが、一警備員だったサマンサでは声をかける以外は何も出来ず、彼女はその事をずっと悔やんでいた。


「やっぱりアレか? お嬢様のおかげでって感じ」

「そうなんですっ」


 顔を上げたセシリアは珍しく食い気味に、フンス、という調子で目を輝かせてはっきりそう言った。


「暇ならでいいけどよ、どんな風にしてくれたのか教えてくれよ」

「はいっ。暇、という訳では無いですけれど、作業しながらでも――」


 セシリアがウキウキと話し出し、サマンサがそれを興味深そうに聞いている、という様子を、


「これで彼女も馴染なじめるでしょうね」

「ええ」


 ケイトとイライザは双方にこやかに、柱の陰から顔を出してのぞき見ていた。

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