コミュニケーション

「お、おはようございますっ」

「おう、おはよう。あれ、セシリアお前今日非番じゃなかったか?」


 夜が明けて少しした頃、2階の廊下を朝一番に掃除していたサマンサは、曲がり角からひょっこり顔を出したメイド服姿のセシリアへ訊く。


 ちなみにサマンサのメイド服は見た目は通常のものと大差ないが、スースーして落ち着かないから、という彼女の希望で膝下ひざした丈のキュロットにこしらえてある。


「あっ、えっとその、サマンサさんも時間まだなんじゃ……」


 怯えているわけではないが、まだ若干オドオドした様子のセシリアに訊き返されたサマンサの勤務時間は、基本9時から19時であり、現時刻からあと約2時間後に始まる。


「アタシはなんか早く起き過ぎてな。暇つぶしだよ」

「な、なるほど……」

「セシリアはご主人様が心配で落ち着かねえって感じだろ?」

「は、はい……」


 セシリアはやや目を伏せ気味にしてそう言うと、ケイトの寝室の方向を見た。


 ケイトは新事業立ち上げの作業に忙殺されていたせいで、疲れが出て熱を出してしまい、2日前から寝室でゆっくりと休養していた。


「しっかしアレだな。この屋敷の連中、そろいも揃って忠誠心すげーよな」


 掃除の手を止めたサマンサは、腕組みをしながら感心した様子言う。


 ほぼ24時間体制で看病中のイライザと、朝食を用意しているシェフ達以外も全員が起きていて、その理由はセシリアのそれと全く同じだった。


「皆さんその、私も含めてお嬢様や母君のマリアナ様にご恩がある方達だそうなので……」

「ほー、大したカリスマ性だな。あんな元は猛獣みてーなのばっかり従えて」

「も、猛獣……、ですか?」

「あれ、知らねえのか? 戦闘要員の連中って、戦士アタシらの世界では名の知れたやつしかいねーぞ」

「た、例えば……?」

「最強クラスだと、『フロントラインの悪魔』のエレ――イライザとか、『宵闇の死神』のアイリスとか、『沈黙』のケーシーの3人だな」

「なる、ほど……」


 その面々は使用人の中でも特に穏やかな性格であるため、セシリアの中のイメージとは結びつかなかった。


「言っとくがホラじゃねえぞ」

「あっ、はい。……えっとその、疑っているとかそういう事はなくて、ですね……」


 怪訝けげんそうにした事がそういう意図だ、と思われたと勘違いしたセシリアは、あわわ、と急いで赤い顔をしてそう補足した。


「そ、そういうわけじゃなくてだなっ。一応だ。一応」

「あっ。すすすす、すいませんっ!」

「いや謝ることでもねえからっ」


 2人して同じ様にわたわたとやりとりを繰り広げていると、


「おはようございます」


 クロッシュで蓋をされた盆を持った、チェルシーが2人の脇を通りかかった。その中は、グラタン皿に入れられたシンプルなミルクリゾットだった。


「おおっ、おはようございますっ」

「おう――じゃなかった、おはようございます」

「……あの。お2人とも、何をされてるんです?」


 挨拶すら様子のおかしい2人に、チェルシーは思わずそう問いかけた。


「こ、コミュニケーションを図ってん――います……?」

「そそ、そんな感じです。はい……?」


 顔を見合わせた2人は、似たようなやや引きつり気味な顔で、頷きあいつつそう説明した。


「なるほど」


 その様子で色々と察したチェルシーは、暖かく表情を緩めつつ主人ケイトの下へ朝食を運んでいった。


 彼女の後ろ姿が見えなくなったところで、セシリアの胃が、きゅるり、と小さく鳴いた。


「ひゃう……」


 彼女はすぐに顔が耳まで赤くなったが、直後にサマンサのそれが豪快な音を立てた。


「あー、セシリア」

「はい……?」

「その、目立った所の掃除終わったし、飯食いに行かねーか?」

「で、ですね……」


 サマンサは両方とも全く気にする事無く、セシリアを朝食に誘った。


「ん、どうした?」

「いえ、なんでも……」


 その事に安心して良いのやら悪いのやら、といった様子のセシリアは、ほうきをしまいに行くサマンサの後ろをてこてこと付いて歩く。

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