第4話 (2)




 デットは命を狙われる理由を察した。この男は自尊心を傷つけられたのだろう。力を追い求める駆け出しの戦士にはままあることだ。自分は強いと盲信的に思い込み、その自信に傷がついたとき、相手を恨みに思い、自分がさらに強くなることではなく相手を貶めることを考える。

 フロルト大陸南部は小国が多く、連合することで互いに牽制しあっているが諍いはいつでも起こっている。中央は大陸で最も治安のよい司法国家ミリアルグがあるが、周辺国は不安定なため傭兵も自由戦士も多く出入りする。隣国の絶対王政であったアスリロザは大戦の末にフォルッツェリオとなり、いまも完全には情勢は安定していない。それらの地に挟まれるようにある砂漠地、各国の中継地としてもナカタカは存在意義があった。

 だからこそこの町には戦士が多い。どの地域にも足を向けられ、休息地として申し分ない。ここを拠点をしている戦士は多い。

 町の者は努力をする者には寛大だが、人の倫理を失っている者には冷酷だ。この男の所業は町の要所には伝えられ、戦士の斡旋屋は当然のこと、いまでは酒場でさえも出入りは難しいはずだ。“穴熊”で騒ぎを起こしたなら即座に情報は町に行き渡る。自業自得というものだ。

 ただ町にも裏の顔はある。無頼の者や流れの者はそういうところに吹き溜まり、独自のつてを持つ。そういうところでこの男は人を雇ったのだろう。

 瞬時に事情を悟ったデットは身構えることもせずに男たちに相対した。

 一人を相手に六人というのは、けっして大袈裟な人数ではない。男の目的はデットの息の根を止めることであって、卑怯とは思ってもいまい。

 デットは軽い笑みを浮かべたまま、ご丁寧に姿を現し目的をデットに教えてくれた男を見つめる。デットの反応を見ているのか、まだ動かない男たちにデットは笑い声を上げそうになるのを堪えていた。

 装備していた短剣はエルに与えた。武器は他には持ってはいない。デットは丸腰だった。

 男の意図は明白だ。デットを嬲りたいのだ。デットを魔法士と思っての人数。侮られてはいないが、勝利を確信もしているのだろう。男は薄笑いを浮かべ、デットを侮蔑するような目をしている。

 向こうが動かないならこちらから行こうか。

 デットは無造作に前へ踏み出した。そのまま男たちに向かって歩き続ける。男たちの数人は訝しげに後ずさっている。

 その男たちの中で、戦士の体格ではない者が素早くデットの横手へと移動した。多人数だからできる戦法に、デットは本来なす術はない。横手の男は言葉を発した。精霊の言葉。魔法士だ。

 魔法士の前に現れた燃え盛る大きな炎がデットの真横から襲いかかった。それに続くように長剣を持った大柄な戦士が無言で上段から斬りかかってくる。

 炎の威力は十分だった。速度も並の者では避けることができないものだ。デットは炎の方角に注意を払う様子は見せず、その場にいた者たちは、炎に巻かれながら間髪入れずに斬り裂かれるデットの姿を目撃する、はずだっただろう。

 炎は、デットの体に触れる間際、忽然と消え失せた。

 流れるように滑らかに、デットの体は動いた。

 向かってくる大柄な戦士に自分から近づき、振り下ろされる剣先を瞬時にかわす。そのまま相手の懐に入り込み、剣を持つ腕を掴んでひねり、戦士が痛みに怯んだ瞬間に剣を奪い取った。大剣の柄を両手で掴んだデットは戦士の脇を通り抜けた。刃先は戦士の胸元を音を立てて斬り抜いていく。

 瞬き三つほどのことだった。大柄な戦士は苦鳴を上げる間もなく地に伏せ、再び動き出すことはなかった。辺りに血の匂いが充満する。

 襲撃者たちは声もなく戸惑っている。いま倒れた戦士よりも細身の男が軽々と大剣を操っているのだ、わからぬではない。

 男たちが次の行動を起こせぬ中、デットは顔をしかめた。手に持つ剣を何度か持ち直し、溜め息をつく。

 男たちは無意識にかデットから距離を取るように後ずさっていた。炎を放った魔法士は呆然としている。あの大きさ、あの威力の炎がいきなり消え失せるなどありえないことだからだ。ほんの数秒、そのことに気を取られていただろう魔法士は、自分の身に起こったことに気づくことさえできなかった。

 魔法士の体はいきなり炎に包まれた。魔法士は絶望の表情で絶叫していた。なんの感情も胸に沸かずに炎に焼かれる魔法士を薄笑いの表情で見つめるデットは魔法士と目が合った。彼にはデットが悪鬼の如く見えているだろうか。デットはさらに笑う。魔法士は自分が放った以上の激しい炎で絶息した。

 魔法士の死により、辺りを照らしていた炎は消え失せた。

 動けないでいる男たちは、暗闇の中で、動かなかったことを後悔する時間はあっただろうか。デットは男たちに爆発的な速さで近寄り、最小限の動きで次々と斬り倒していく。

 最後の一人として残した、あの男の前でデットは静止した。あえて男の目の前に自分の顔を見せてやる。

 恐怖に歪んだ顔。あまりの出来事に硬直した体。経験不足に愚かな無知。この男には戦士としての最低限の心得さえない。

 冷然と笑うデットの顔が、男が見た最後のものになった。

 デットは、目を剥いたまま倒れた男に突き立てていた大剣を引き抜いた。それを無造作に地に放る。

 乾いた夜の風に晒されている六つの屍を見下ろした。デットから表情は抜け落ちていた。

 なんの面白味もない。

 退屈凌ぎにすらならない。

 この光景が馬鹿らしく、滑稽だった。

 なぜこんな者らが堂々と戦士を名乗れるのだろう。

 剣の手入れは悪い。即席の部隊だったとしてもあまりにも連携が取れていない。目の前の現実を受け入れることができずに次への行動が遅い。どれもが戦場では致命的だ。

 相手の力量に驚いて動けなくなるくらいなら、初めから向かってこなければいいのだ。デットには不思議だった。

 戦地には立ったことがなく、町の外れで用心棒まがいのことでもしていたのかもしれない。そんな者らは戦士とはいえない。

 戦士の中でも、傭兵の職につけることができるのは、傭兵組合の認可が下りた者だけだ。それ以外の戦士たちは自由契約戦士ということになる。

“傭兵”とは、傭兵組合に名を登録し、自分の行動のすべてに責任を負える者。国家と契約をする場合、自己の才覚によって戦況を判断し、意見を述べることを許される。この点はどこの国家で契約を行う際にも最低限の条件とされる。地理、各国情勢、経済、司法、あらゆる学問に精通していないと、国の上層部で意見など述べられるものではない。傭兵とは政治家の目線を持った戦士でもあり、そういった才覚がある者に組合の認可が下る。傭兵は誇り高く、己に驕る者は身を滅ぼすと知っている。

 そんな傭兵だったエルの兄は無残にも死んだ。

 いま倒れたような無頼の輩は他にも多くいて、驕り威張り、のうのうと生きている。

 世の中は不条理に満ち、公平ではありえない。死ぬべきではない人間が死んでいき、生きているだけで人に仇なす人間が生き残る。

 大きな時代のうねりは、人々の道筋をも巻き込み、飲み込んでいく。ほとんどの人間はそれに身を委ねるしかない。

 不意に奪われた命の価値は、本人も無念だろうが、残された者がその重さに耐えきれなくなる。意思の強い戦士ならば、飲んで、笑って、なにかしらに頼って生きていく。だが、なにかに頼ることも知らぬ者は、いったいどうすればいいのか。

 人を裁くことで己を救うことはできない。

 人を救えるのは、人の想いでしかないということにエルが気づくのは、いったいいつのことだろうか?

 デットはほんの少し前まで人間であったものに背を向け、歩き始めた。

 ナカタカでは戦士同士の私闘は、基本的にはなんの罪にも問われない。命を懸けて行うやり取りは、本人たちの責任において処理されるべきものだからだ。ただし、他の者を巻き込んでしまった場合は罪を問われる。他にも厳しい掟が町には多くある。それらを取り締まっているのが、町の元締めたちだった。

 デットもそういったことは承知している。そう遠くないうちに町の警らの者たちがあの者らを取り締まっていたかもしれない。デットの技量であれば生かして捕らえることもできた。

 たがデットは自分の手を下した。あの男がエルに非道を行なったことに憤りを感じているが、それ以上に、癇に障った。逆恨みはなはだしく、目障りでもあった。

 生かしておいたら、他の者がどんな犠牲を負うか知れない。早いうちに消してしまおう、そう思った。自分のためにしたといってもいい。

 正義感などではない。善人ではないし、相手を改心させる気もない。

 デットは自嘲する。

 自分は、人を救えはしない。

 罪深いのは、いっそ自分かもしれない。

 己を嗤うデットの衣服には返り血はついておらず、私事の処刑地を背後にしながら何事もなかったかのように、のんびりとした足取りで歩き去った。



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