第四話 火炎を操りし子

 ――去年の四月一〇日。物語は十月とおつき風成ふうせい本条ほんじょう啓子けいこが出会った日にさかのぼる。


 当時、小学生だった風成は学校が終わると、ふらふらと町を歩いていることが多かった。彼は退屈していて、無自覚に刺激を求めていた。端か見るとタダの危ない奴である。ただ、それは彼が一〇歳以前のが無いことが原因なのかもしれない。


 気付いたら病院に居たのだ。風成が把握しているのは八歳の時に謎の女性に連れられてこの町の孤児院の入所したこと、そして、その孤児院は燃えて無くなったという事実だけだ。だからこそ、風成は失った記憶を埋めるように何か刺激的な事を求めているふしがある。


 なお、記憶を失ってから二年程度しか経っていない割には、学校で広く浅い交友関係を築いていた。違う学校に通っている、同じ孤児院出身の子達の協力もあったが、風成自身が突拍子のないことを言う割にはやる時はやるタイプの人間だったせいもある。ただ、交友関係が広い為にトラブルに巻き込まれることあり、身に降る火の粉を振り払うために荒事も経験していた。飽くまでも子供同士のいさかいの範疇はんちゅうではあるが。


 この時、風成は病室暮らしを送っていた。病気という訳ではなく、無くなった孤児院の子供達の内、幾人かを風成が住む病院の院長が引き取ったという経緯がある。院長の厚意ではあるが、無断で病室を患者でもない人間に与えているので普通に職権乱用でもある。


 その上、院長は多忙な為、面倒を見るというよりお金を与えて自主的に生活をする事を促していたが、風成は、


(あんな、人の良い爺さんは中々いないな)


 と思っていた。


 そんな彼は町を一望出来る高台に登って、ぼーっと町を眺めていたら、おかしな光景を目にした。


(なんだあれ……おっさんが女の子に追いかけられてるぞ……そういえばテレビで芸能人が歳の差婚してたな。今の流行りなんだろうな)


 と考えながら、頭の中でおっさんが「捕まえてごらん」と言い、少女が「待ってー」とおっさんを追いかける図を想像したが――、


(そんなわけないか)


 考えを一蹴し、漠然と追いかけっこしている二人の後をつけると面白そうだなと思っていた。


――啓子は顔が縦長でスキンヘッドの男を追いかけていた。何故なら、日本全国の能力者を統括する拠点である『東京本部能力所のうりょくじょ』が触れ回している手配書に記載していた能力者だからだ。


 スキンヘッドの男の名は駿河するが腕合わんごう。年齢は三〇歳。能力は『人差し指から衝撃波を放出すること』であり、その規模は直径一〇センチから三〇センチの間を変動するという。


 腕合の罪状は超能力を強制的に増強させる薬物を所持しているグループの一人であること、それに加えて一般人に傷害を負わせたことだ。


「動かないで! 毛根ごと燃やし尽くすわよ!」

「もうねぇんだよ!」


 啓子は入り組んだ路地裏に追い込んだ相手にいてはいけないことを訊いて怒鳴られた。


「クソガキが! 舐めやがって……あえて、ここに誘い込まれてやったんだよ! 【衝弾しょうだん】!」


 腕合は【衝弾】と言うと同時に、右手の人差し指を啓子に向け、直径三〇センチの衝撃波を放った。


「【炎壁えんへき】」


 啓子は冷静に両手のひらを前に向けて、前方に一平方メートルの炎の壁を生成させる。腕合が放った衝撃波が炎の壁に到達すると同時に、啓子は両手のひらを横に叩くように動かすと衝撃波は横にれて置いてあったゴミ箱と衝突し、ゴミ箱は破裂するように壊れる。


 啓子は飛んできたゴミ箱の破片を手で払うと、それらは燃え尽きて消える。


「冗談じゃねぇぞ! 最大の威力で撃ったんだ! 炎を操るガキ……てめぇ、まさかの生き残りか!」


 腕合は攻撃を防がれたことに驚き、吠える。


「無駄口を叩く暇があるなら諦めて降参した方が賢明よ、おっさん」

「調子の乗りやがって! 【衝連弾しょうれんだん】!」


 腕合は右手の人差し指から直径一センチ程度の衝撃波を一〇発連続で放つ。衝撃波の速さは先程の【衝弾】とは比べものにならない程速い。


「炎っ、っく! きゃっ」


 能力を行使しようとした啓子は小さな衝撃波を一発、二発受けて後退りするが三発目を受けると同時に――、


「っ、【炎斬えんざん】!」


 よろめきながら左手を手刀の要領で上から振り下げると自分の背より高く、細長い炎の斬撃が飛び出す。斬撃は対峙している腕合の右手の人差し指の直線上を通る。そうすることで放たれ続けている衝撃波をき消せるからだ。


 案の定、衝撃波は炎の斬撃で消え、


「ぐあぁぁあ! あちぃぃぃぃ!」


 斬撃は腕合の指に到達し、右腕の人差し指から肩までを焼いて負傷させる。彼は苦悶の表情で負傷した腕を押さえてうずくまった。


 啓子は追撃して再び炎の斬撃を繰り出すが、腕合は横に転がって間一髪で攻撃を避ける。


(このガキ、やっぱ普通の能力者じゃねぇ! 超能力の規模を上げるのに溜めがいるはず! だが、能力発動までのインターバルもなく衝撃波を叩いたり、打ち消しやがる……やっぱ本条家の生き残りのガキ……本条ほんじょう啓子けいこに違いねぇ)


 腕合は相手が一枚上手の能力者だということ悟るが、相手は子供ということ、自身が超能力を増強させる薬物を持っているということの二点をかんがみて逆転出来ると踏んだ。


 啓子の後方にある曲がり角から隠れるように、風成は戦闘の様子を見ていた。あまりにも人間離れした戦いに風成の動悸は早くなる。


(な、なんなんだ……こいつらは……人間……なのか?)

 

 風成は自らの動悸を抑えるように左胸に右手を当てて息を整えた。この場に留まると死ぬかもしれないという考えがよぎるにもかかわらず戦いを見続けようとしていた。好奇心なのか、怖い物しらずなのか、動けなかったのか。自分でも見続ける理由が分からなかった。もしかしたら、この場に留まる選択肢をしたのは刺激を求めている彼の本能なのかもしれない。


 腕合はうずくまったまま、


「頼む! もう止めてくれ! こんな痛い思いをするなんて思ってなかったんだ」


 と態度を豹変させる。


「…………」

「すまなかった。家族がいて捕まりたくなかったんだ」


 啓子は黙って腕合の話を聞いていた。


(なんか限りなく嘘くさいな)


 様子を見ていた風成はスキンヘッドの言葉を信用しなかった。それは啓子も一緒である。


「べた過ぎ、信じると思う?」

「頼む! 許してくれ! うぁぁぁぁあん」


 腕合は額を地面に擦り付けて泣き真似をする。そして、左手を口に当てる、嗚咽を抑えるように。


 なお、啓子と、その後方からうかがっている風成は――、


(情緒不安定かよ)


 と思った。


 額を地面に付けた腕合は顔を見せないように注意を払っている。彼は口を手で押さえた時に指名手配される原因の一つである薬物を口に含んでいたからだ。


 そして彼は傷つけられた右腕を一瞥いちべつする。


(ガキが! このままじゃ終わらさねぇぞ!)


 腕合は反撃の機会を窺っていたのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る