第36話:三騎士対三騎士(前編)


 シンディ発案の『《神剣》奪取作戦』にて、騎士王学院の征服に乗り出す俺たち。

 それを阻まんと立ちはだかる、ソアラたち円卓生徒会との戦いが開始した。


「そういえば、お前と一対一で直接やり合うのは初めてか。タラテクトナイトに負け、バットナイトに負け、これで俺に負けたら三冠達成だな」

「うる、さい!」


 俺ことグレムリンナイト対ソアラ・ガラティーン。


 怪騎剣ナイトソードと聖剣ガラティーンが幾重にも剣戟を交わす。鋼鉄も容易に溶かす灼熱の炎を、渦巻く暗黒の風が吹き散らす。俺が技術を注いで作り上げた剣は、聖剣相手にも刃毀れすることなく渡り合って見せた。


 純粋な剣の腕はソアラが上だろうが、精神状態がボロボロと見えて動きに精彩を欠いている。俺に優位を取られたまま、ジリジリと学院の中に戦線は後退していった。


 これなら、脳波通信と感覚共有を介して他二組の戦いを眺める余裕すらある。


「キキィィィィ!」

「くそ、待ちやがれええ!」


 バットナイト対シーザー・フェイルノート。


 学院の上空で展開されるのは、破壊音波と風の矢が飛び交うドッグファイトだ。

 機動力ではバットナイトが上と見えて、シーザーはまんまと翻弄されている。


「ちょこまかと! なら、こいつはどうだ! 《エア・ミラージュ》!」


 魔法を発動したシーザーの姿がグニャリと歪み、五つに分裂した。

 五人に増えた紫紺の鎧騎士が、空中でバットナイトを取り囲む。


「これは、分身の魔法ですか」

「そうだ! 魔力反応を探っても全員同じ、どれが本物かわかるまい――「あなたですね」ぐはあ!? なんで!?」


 あっさり見抜かれて翼の一撃を喰らい、シーザーは危うく墜落しかける。

 魔力を込めた幻影か。宿した魔力を消費すれば、幻影からも攻撃ができるのだろう。なるほど、普通の騎士では判別ができず苦しめられるに違いない。


 しかし蝙蝠には、音の反響で周囲の地形を把握する「反響定位」がある。幻影に物理的実体がない以上、バットナイトには本物が丸わかりだ。


「キキィィ!」

「舐める、なあ!」


 バットナイトが追撃の破壊音波を放つも、それは風の矢に穿たれて霧散する。貫通力の面で、正面からぶつかればシーザーの矢が勝るようだ。

 しかし、正々堂々といかないのが悪というもの。


「多少はやりますね。では、これは如何しますか?」

「なっ、てめえ!? ……ぐああ!」


 見当外れの方向へ放たれた破壊音波を、シーザーは自ら射線に飛び込んで被弾した。

 その破壊音波は、地上の生徒を狙って放たれたものだ。バットナイトが続けて地上に無差別攻撃を放ち、シーザーは生徒を庇って直撃を喰らう。


「卑怯だぞ、この!」

「悪の怪騎士ですから。卑怯もらっきょうもありませんよ」


 悪態には冷笑を返し、戦況はバットナイトの一方的な攻勢に。

 ――ここで一度場面を切り替え、場所は学院一階の教室だ。


「ちっ。流石に守りだけは硬いわね」

「は、ハハハハ! 当然ですよ! 僕の鉄壁の守りが、そう何度も破られるものか!」


 タラテクトナイト対ヨシュア・ロンギヌス。


 こちらもタラテクトナイトが一方的に攻撃するも、重装騎士と化したヨシュアを相手に攻めあぐねていた。


 俺との戦いでも見せた《キャッスルアーマー》なる、周囲の土や岩を追加装甲として全身に纏う魔法だ。今回は学舎の建材を利用した分、前より強固になっている様子。どうやら周囲の環境次第で性能が変動する魔法のようだ。


 倉庫の床も頑丈な石材だったが、なにせここは元々騎士王の居城。

 さらに圧縮して硬度を高めているから、鋼鉄を上回っているだろう。タラテクトナイトが《蜘蛛糸創造》で生成した武器も歯が立たないようだ。


「同じ五大公の血統でも、出来損ないの君とは違う! 僕は歴代の中でも特に優秀で選ばれた存在なんだ! そんな得体の知れない、気持ち悪い魔物の力に頼ったところで!」


 大口を叩きつつも声が震えているのは、先日の挫折が尾を引いているためか。

 反撃も忘れて殻にこもるヨシュアを、タラテクトナイトは揶揄するように笑った。


「どうかな? そうとも限らないわよ」


『エンチャント』『《アシッドスライム》』


 俺と同様に備わったベルト横のスロットに、スフィアダガーを装填。

 タラテクトナイトの放った蜘蛛糸が、今度は直にヨシュアに絡みついた。


 万力のように締めつけても、翡翠の騎士鎧はびくともせず。ところが追加装甲から煙が上がり、徐々に黒ずんで崩れ始めたではないか。


「こ、これはアシッドスライムの腐蝕体液……!? なんで、君の能力は《スティールタラテクト》の金属糸のはずだろう!?」

「異なる魔物同士の力をかけ合わせられる、これが怪騎士の力よ。まあ、グレムリンナイトほど自由度は高くないけどね」


 区別なく全てのスフィアダガーから能力を付与できるのは、怪騎士でも《グレムリンナイト》を始めとする、ゴブリン種をベースとした形態だけの特権だ。


 しかし他の怪騎士でも同じ属性、または同じ種族の能力であれば付与が可能となる。

 たとえば今回の場合、《スティールタラテクト》も《アシッドスライム》も同じ土属性の魔物だ。だから付与によって、金属から腐蝕体液の糸に変異させられた。


 とはいえ、流石に素材が素材なだけあり、腐蝕にも多少の耐性があるようだ。腐蝕のスピードは遅く、追加装甲全てを崩すには心許ない。

 しかし、そこはタラテクトナイトが上手かった。


「シャアア!」

「あ、ああああ!?」


 追加装甲の腐蝕が進んだ箇所に、金属糸が突き刺さる。

 この糸は、中が空洞のストロー状だった。そこから腐蝕体液を装甲の奥に流し込む。結果、裏側からの腐蝕で追加装甲がどんどん剥離していった。


 守りを失ったヨシュアの声音に怯懦が滲み、タラテクトナイトは一気に攻勢に出る。


「――ふむ。せっかくこうして派手な舞台を用意してやったというのに、些か歯応えに欠けるな。なにより気迫が足りない。一回や二回負けた程度でもう心が折れたのか?」

「く、ああああ!」


 視点を戻して、場は再び俺とソアラの対決に。

 斬りかかってきたソアラの剣をなんなく弾き、蹴りを浴びせる。


 大きくふっ飛んだ真紅の騎士は、窓を突き破って廊下に転がった。他二組の戦況を観戦しながらの戦いで、もう教室まで足を踏み入れている。


 そこら中から響き渡る生徒の悲鳴。ソアラたちが俺たちの相手で手一杯なものだから、戦闘員が再び生徒たちを襲っているのだ。


「そら、生徒の危機だぞ? もっと必死になったらどうだ」

「この……がはっ!?」


 今度は剣が届くより先に拳を喰らわせ、怯んだところへ逆に斬撃を見舞う。

 連続で斬りつけ、最後は黒風を帯びた一撃。ソアラは錐揉み回転しながら宙を舞い、頭から床に落ちた。鎧騎士の姿に変身していなければ、首の骨が折れていた角度だ。


 かろうじて聖剣は手放していないが、起き上がる姿もどこか弱々しい。やはり最初の決闘に比べて気迫が失われている。生まれついての血統と才能、約束された栄光と未来、自信の拠り所を崩された結果がこれか。エリートは一度挫けた途端に脆いとはよく言う。


 生まれつき力を持つが故に、困難と無縁に生きてきたこいつらは、困難に立ち向かう術がまるでわからないのだ。


「なんなんだ。なんなんだ、貴様は一体!? 弱い者の心を惑わせて、邪悪な力で怪物に変えて、手当たり次第に破壊を撒き散らす! なんの意味があってこんなことを!?」

「意味? ふむ。あえて言うなら――楽しいからに決まっているだろう? 遊びは馬鹿げているほど面白い。傷つけ、奪い、壊し、弄ぶ……『悪いこと』は『楽しいこと』だと、本当は皆知っている。だから、世に悪人は絶えないのさ」


 今こそ彼らの分水嶺。人は困難を、窮地を前にしたときこそ真価が問われる。

 お前はなんだ? 豚か? 犬か? それとも騎士か?

 さあ、俺を楽しませてくれ!


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