第7話:魔力測定



『ギルダーク・ブラックモアの実戦試験終了が承認されました。東ゲートの通路から案内板に従い、魔力測定の会場に移動してください』


 ジェイドたち百余名を叩き潰したことが、無事に実戦試験の突破として認められたようだ。スピーカーの指示通りに東の出入り口から通路を進む。

 設置された案内板を辿って行けば、同じ新入生たちが集まる場所に出た。


 最初に入ったときの列に比べて随分と数が少ない。大方ガノアたちのように、実戦試験で重傷者、あるいは死傷者が大勢出たんだろう。


 しかし俺が来た途端、新入生たちが一斉にこちらへ振り向いたのには驚かされた。

 視線が殺到したかと思えば、また揃って怯えた顔ですぐさま視線を逸らす。

 理解し難い『異物』に対する恐怖心。前世で慣れ親しんだ、つまらない反応だ。


 そんな中、一人だけ視線を合わせたまま、こちらに歩み寄ってくる例外がいた。

 湖、というより深海を思わせる蒼の瞳の少女。シンディだ。


「シンディ。お前も無事に試験を突破したようでなによりだ」

「まあ、私は相手が皆油断してたから。ギルほど圧倒的な勝ちじゃないわ」


 障害持ちのシンディを、余程相手は見下し侮っていたのだろう。

 表面上は平静を保ちつつも、内心は憤懣やるかたないといった様子に、俺は思わず笑みが零れた。つくづく面白い女だと。


「周りの反応からして予想はついたが、ここから試験を観戦できたんだな」

「ええ。ほら、あそこの《映写の魔鏡》で」


 シンディが指し示した先には、壁に設置された大きな鏡が。そこには、闘技場で九人の生徒を一度に叩きのめす紅髪の少女が映し出されていた。

 要は魔道具テレビだ。ちなみに魔道具クーラーや魔道具冷蔵庫もこの世界にはある。


「ところで……闘技場で話していたアレ、本当なの? 魔物の能力を宿した、使えばその力を操れる短剣なんて」

「本当だとも。そこまでおかしな話でもあるまい? 古来より人は獣の皮で服を作り、獣の爪と牙から武器を作った。魔道具だって魔物を素材にしているだろう? 俺のスフィアダガーも、その延長線上に過ぎない」

「言いたいことは、わかるけど。体に獣の特徴を持つ亜人や魔族は、純粋な人間より下等で劣った種族だって差別されてるわ。魔道具もあくまで生活用品か、戦闘用でも使い手の力を増幅する補助の役割。戦いで魔物の力そのものを借りるなんて発想、誰も考えつかないしやろうとしない」

「ハッハッハ! 如何にも自分たちが一番下等で劣っていると認めたくない、他人を見下すことでしか自尊心を保てない愚劣な連中の考えだな! 生まれ持った魔力の優位を覆されるのが怖くて怖くて、マウントを取るのに必死なわけだ!」


 魔力の差が道具で簡単に埋められるようでは、血統の序列など意味を失ってしまう。だから補助以上の、魔力差を覆すような兵器は発想自体あってはならない扱いというわけか。いやはや――反吐が出るほどくだらない。

 現状維持のために発展や変革を阻む。これ以上の愚考がどこにあろうか。


「ちょ、声が大きいっ。ギルの声、ただでさえ不思議とよく通るんだからっ」

「聞こえるように言ったから当然だな。相手が格下の弱者だと安心できなければ、陰口一つ満足に叩けない愚図どもだ。なにを憚る必要がある?」


 静まり返った室内に、歯軋りや舌打ちの音がいくつも大きく響き渡る。

 しかし、所詮その程度だ。得体の知れない力を警戒して、誰も強くは出れない。隣を小突いて貧乏くじを押しつけ合う、くだらない有象無象の集まりだ。


 ハラハラした顔のくせに、口元だけは笑っているシンディの方が遥かに面白い。

 と、見かねたようなタイミングの良さでアナウンスが入る。


『魔力測定を終えていない生徒は、計測器水晶の前にお並びください』

「ん? ああ、魔力測定があるんだったか。どうやって測定するんだ?」

「ほ、ほら! あの水晶で測るみたいよ! 私たちも早く並ばないとっ!」


 シンディにグイグイ手を引かれ、俺たちも列に並ぶ。

 どうやら自分の測定が終わっても、同級生を値踏みするために留まった生徒が多いようで。順番待ちの列はそれほど長くなかった。


 計測器だという水晶は直径二メートル近い大きさで、マナの結晶に特殊なカッティングを施した代物のようだ。

 順番に生徒が手で触れると水晶が輝き、脇の鏡に測定した魔力が数値で表示される。


『327』『195』『260』『93』……三桁台が平均らしいが、どうも俺の眼で視る限り精密な数値とは言えない。数値が近い者でも、俺の眼で測った場合の魔力差は大きかった。どうやら大雑把にしか数値化できないようだ。


 そんな中、シンディは『520094』の六桁を叩き出す。流石は円卓の一角といったところか。体の障害は、少なくとも魔力量に支障をきたさないようだ。嫉妬を不自由な足への侮蔑で誤魔化そうとする、有象無象どもの惨めったらしいこと。


 さて、俺の番が来たか。しかし俺の予測が正しければ――。

 物は試しと、俺はありったけの暗黒エネルギーを水晶に注ぎ込んで見た。


 黒く染まった水晶に異音を立てながら亀裂が走り、最後は粉々に爆発四散する。

 破片と衝撃に目を覆う生徒たち。爆発の余波が治まると、恐る恐る鏡を確認した。

 そして、誰もが絶句する。当人である俺を除いて。


「そんな」

「どういうこと、なんだ?」

「ギル。君は一体……」

「ククク、やはりこうなったか」


 鏡の数値は微動だにせず、くっきりはっきり『0』と表示されていた。


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