第21話


「き、君は・・・!」

「貴方!」


 光夫と白。

 互いに経験をした事は無かったが、衝突事故の瞬間の様に互いの顔に刻まれた、驚愕の表情の皺まで数えられる程の時間を刹那の間で感じ、直ぐに次の動きに移ろうとしたが・・・。


「っ⁈」


 次の瞬間、七色鉱石の影響でかなり明るいダンジョンの中に、ある種歪な煌めきが発生し・・・。


「迂闊!」


 一瞬で状況を理解した白は、苦悶の表情で後悔を吐き捨てる。


(『ラヴーシュカ』・・・、『ソーム』か‼︎)


 ラヴーシュカとは歪な煌めきの正体であり、白を苦悶の表情にしたものの名。

 ソームとはそれを発生させた者の名であった。


「「「ジィィィ‼︎」」」

「・・・」

「やはり・・・」


 獲物を目の前にし、宴とばかりに騒ぐチェールヴィの群れの最後方。

 佇む様な立ち姿のモールニヤに良く似た姿で、少し小綺麗な格好をしたモンスターを確認し、白は確信の声を漏らす。


(ソームのラヴーシュカ・・・、ダメージはまぁ耐えれてるか)


 自身のHPが、まだ7割程残っている事を確認し、白は取り敢えず一安心する。

 しかし、ステータスに刻まれた、痺れのバッドステータスには眉間に皺を刻んだ。


「・・・」


 第二位に属するモールニヤの上位種ソーム。

 モールニヤと同じ様に雷系の魔法を得意とし、多彩な雷系の魔法中でも、ラヴーシュカという一定範囲に蜘蛛の巣状に広がる範囲魔法は、威力こそ成長したプレイヤーを危険に陥れる程のものでは無かったが、痺れのバッドステータスが付与されており、喰らうと一定時間行動不能に陥ってしまうのだった。


(ステータスもかなりヤバいが、何より万が一痺れが解けたとしても・・・)


 ラヴーシュカの範囲に入った時点で、ソームは既に白を敵として見做しており、ソームに追われ続ける限り、周囲のモンスターは白を敵と見做し襲って来る為、脱出系のアイテムも使用する隙も作れず、しかし、ソームを倒すのは白には不可能な為、自身が詰んだ事を理解したのだった。


「ジィィィ・・・!」

「ちっ!」


 つい先日、仲間達と共に快勝と言って良い勝利を挙げたチェールヴィ。

 そんな相手が現在、身動きの取れなくなった自身を仕留める為、焦らす様にその距離を縮める様。

 それに白は、責めてもの悪足掻きと舌打ちで応える。


(そういえば、あの人は・・・?)


 身動き取れぬ身体で、現状を作り出した元凶であろうネフスキーを探す白。


「ぅぅぅ・・・」


 視界の端に映った男は、現状に絶望感で両手両足を縛られた様に固まっていたのだった。


(虹霓の闇衣裳の力でラヴーシュカは聞いていない筈だろう!)


 虹霓の闇衣裳に状態異常系の魔法を無効化する力は無かったが、ラヴーシュカの場合は、その痺れの効果は雷攻撃によるものの為、痺れも同時に無効化する事が可能なのだった。

 その為、純粋に恐怖から身体を固めていると白は考えた。


「ジィィィ!」


 そんな状況であれ、チェールヴィは侵攻を止めるつもりも必要も無く、徐々にその間が詰まっていく。


「に、逃げて‼︎」


 自身へと迫るチェールヴィの舌舐めずりの鳴き声を聞きながら、ネフスキーを恐怖から解放しようと檄を飛ばす白。


(終わるのは俺だけで良いだろう!)


 死を恐れないなどという、愚かで浅はかな考えからではなく、このカフチェークの元となる世界を創った責任から、覚悟を決める白。

 責めてネフスキーだけでも逃がそうとした白。


「っ・・・!」


 しかし、恐怖から身体を固めていたと思ったネフスキーの奥歯を噛み締める音が白の耳に届き・・・。


「な、何を⁈」


 白へと迫るチェールヴィの前に立ちはだかるネフスキー。


「痺れが解けたら直ぐに駆け出すんだ」

「何を言って・・・」

「いいか!」

「っ⁈」

「此処は俺が受け持つ・・・!」


 既にその背しか見えない為、表情を伺う事は出来ない白だったが、その真剣な声色から覚悟の程は理解出来た。


「そんな、貴方は・・・」


 関係ない。

 そう続け様とした白だったが・・・。


「これは俺の責任だ‼︎」

「それは・・・」


 元凶は間違い無くネフスキーであったが、この世界のという話では白にも言いたい事があった。

 しかし、それを説明する間も与えず・・・。


「君がいくつかは知らないが、俺より上という可能性は少ないだろう。何より、どんなに軽んじられたとしても、俺も一社会で責任のある立場まで登った男。此処で責任を放棄など出来ないんだ‼︎」

「・・・」


 自身に言い聞かせる様なネフスキーの口調は、決して高圧的では無かったが、反論を許す隙の無いもので、返す言葉を見つけられなかった白。


「ジィィィ!」


 そんなネフスキーと対峙しても、獲物が何方でも問題無いとでも言う様に威嚇をするチェールヴィ。


「来い‼︎天中光夫四十歳、漢の闘いを見せてやる‼︎」


 威勢の良くチェールヴィへと気っ風を切るネフスキーこと光夫。

 そこには四十を数える男の意地があり、その立ち姿には覚悟を決めた男のある種の清々しさすらあった。


「ジッッッ‼︎」


 鞭の様にその身を撓らせ、残像を残す程の速度で光夫へと跳び掛かったチェールヴィ。


「喰らうか!」


 しかし、光夫もソロでこの階層まで辿り着いたプレイヤー。

 流石にそれを喰らう事は無く、ステップで左横へと跳び・・・。


「それ!そら!とらぁぁぁ‼︎」


 通常攻撃の三連撃をチェールヴィの腹へと叩き込んだ。


「ッッッ‼︎」

「・・・!」


 音も出せず、アッサリと仕留められたチェールヴィだった、その光景に白の不安は増す。


(この状況で攻撃が見えてるのは中々・・・、でも!)


「ジィィィ‼︎」

「次はお前か!」


 勢いに乗ったと二匹目のチェールヴィと対峙する光夫。


「はあ!」

「ジッ‼︎」

「このぉぉぉ!」

「ッ!」

「倒れろーーー‼︎」


 通常攻撃のみの一連の流れとはいえ、第五位に属するチェールヴィに三撃を必要とする光夫。

 職業的に絶大な攻撃力は持たない暗黒騎士の為、仕方のない事だったが、疲弊する未来は誰にでも想像に易かった。



「はぁ、はぁ、はぁ・・・」


 一分と経たぬ戦闘時間で、通常なら有り得ない程の疲労をみせる光夫。


「ジィィィ‼︎」

「お前の相手は・・・」

「ジ⁈」

「こっちだ‼︎」


 白へと迫ったチェールヴィの背後に斬撃を加える光夫。

 これが光夫の疲労の理由であり、一人で身動きの取れない白を守りながら闘うのは、流石に圧倒的な格下の相手に対しても辛いものなのだった。


「ジィィィ‼︎」

「な⁈あぁぁ‼︎」


 背を見せた光夫に、一瞬の隙を逃さぬ様に全身を打ちつけたチェールヴィ。

 通常なら精々、数パーセントのダメージしか受けない光夫であったが、虹霓の闇衣裳の呪いの影響から約十パーセントのHPを持っていかれてしまう。


「つぅ・・・!」

「もう、逃げて下さい‼︎」


 苦悶の表情を浮かべる光夫に、再び逃走を勧める白。

 制作者故に、光夫に取って最悪の状況だと理解している白。


「・・・」


(やはり、ソームの指示で・・・)


 カフチェークに於いて、第二位以上のモンスターの多くが持つ特殊スキル『統率力』。

 それは、同戦闘に参加する自身よりも下位のモンスターに対して、的確な指示を出せるというものであり、通常なら集団戦闘で圧倒的にプレイヤーに劣るモンスター達が、その影響下にある最中はスキルを持つモンスターの指示で的確な動きを見せるのだった。


「言ったろ・・・。此処は俺が受け持つと‼︎」

「っ・・・!」


 やっと眼が合い、その双眸に秘めた決意を改めて理解させられた白。

 既に自身が声を掛ける事は邪魔になると判断し、僅かでも早く痺れが解けないかと身体の芯の奥へと力を込める。


(俺は貴方に生命を懸けて守って貰える様な人間じゃないんだよ!)


 何も出来ぬ悔しさの中、過去の過ちを思い返す白。

 

(責めて、貴方だけでも逃げて・・・、此処で俺を・・・!)


 情け情け無さから、一筋頬に伝うものを感じた白。

 その耳には・・・。


「ぐわぁぁぁ‼︎」


 此処を好機と一斉にチェールヴィから襲い掛かられた光夫の絶叫が届いた。


「ネフスキーさん‼︎」

「っ・・・」


 白から掛けられた声にも、既に力無い瞳で応える事しか出来ない光夫。


「忘れるな・・・」

「え?」

「その名が君を守る暗黒騎士の名だ・・・!」

「っっっ‼︎」


 冷静ならばこんな状況で何をと口にしただろうが、力無くした双眸の奥底の力に、奥歯を噛み締めた白。


「・・・」

「「「ジィィィ‼︎」」」


 そんな二人のやり取りにも、冷徹に最後方から白を差し示したソームに応え、一斉に狂気的な不快音を響き渡らせるチェールヴィ。


「「「ジッッッ‼︎」」」

「・・・!」


 無防備な白に対して、その勢いのまま跳び掛かった・・・、が。


「やらせるかぁぁぁ‼︎」


 一瞬の間だけ早く、白へと覆い被さった光夫。


「っっっーーー‼︎」


 次の瞬間、かなりの重みを全身に感じた白であったが、白のHPゲージは一切減らず、しかし・・・。

 

「・・・」


 重なる様に表示されていたもう一つ。

 光夫のゲージは完全なるゼロを示していた。


「ネフスキーさん・・・」

「・・・」

「光夫さん‼︎」

「・・・」


 返らないと分かっている応えに、つい先程は知った名を叫んだ白。

 しかし、その身はしっかりと白を守る様な重みを感じさせるだけで、一切の反応を示さなかったのだった。

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