第19話


「ふぅ〜」

「お疲れさん」

「あぁ」


 双魔のスキルの秘密を知った翌日。

 ダンジョンから住処に戻り一息吐いた白。

 ケンからの労いの言葉に、腰を下ろしながら短く応える。


「それで、成果は?」

「あぁ、上手くいったよ」

「おお、流石だな」


 情報を得て直ぐに結果を出した白に、感嘆のため息を漏らしたケン。


(正直、かなり厳しかったがなぁ・・・)


 既にケンの事を心から信じているとはいえ、流石に記憶の書庫の鍵を持つ者の詳細を話す事はしない白は、心の中で独り今日の労に息を吐くのだった。

 白の見た双魔のスキル習得条件とは、一つの魔術系スキルの詠唱・発動後、即次の魔術系スキルの詠唱・発動、これを五つ分の魔術系スキルで行う。

 その行動を二十四時間の間に5ループ行う事であり、敵からの攻撃や戦況変化等で詠唱中断を行う可能性の高いこのカフチェークでは、中々厳しい条件となっていた。


(イクスのパーティは相当無理な攻略をしているんだな・・・)


 白の確認したイクスのステータスでは、圧倒的に攻撃系の魔術スキルが多かった為、条件を理解せずに、それを満たすにはパーティのレベルを上回るモンスターとの連戦が必要となる。

 白の場合は条件を知っていた為、結とグレイスに状況ごとの練習も兼ね、立ち回りの指示を出しながら、戦闘を引き伸ばしたりしつつ、条件を達成したのだった。


「でも、情報があって助かったよ。ありがとう、ケン」

「良いって事よ」


 ケンに礼を述べ、風呂でも浴びようと踏み出した白。


「あ、そういえばアキラ」

「ん?」

「もう一つ頼まれてた装備の事だけど」

「分かったのか?」


 白がケンに頼んでいた装備。

 それは、現在白が結とグレイスと共にレベリングしているダンジョンに隠してある、呪われた装備の事で、白がこのラードゥガに来た目的の品であった。


「いや、知り合いに当たってみたが、売りに来た人間は勿論、手に入れたってのも居ないみたいだな」

「そうか・・・」


 ケンからの報告に特段残念では無さそうに応える白。

 白以外のプレイヤーからすれば、呪われた装備など売る以外に価値の無い物であり、純粋なゲームだった頃のカフチェークならコレクションするプレイヤーが居ても不思議では無かったが、現在のカフチェークでは入手しても、即座に売りに出される可能性が高かった為、この報告は未だダンジョンの隠し部屋に装備が有る事を示していたのだった。


(覚悟を決めるとするか・・・)


 その装備は、今後、白がこのカフチェークを攻略するに当たって、かなり有用な装備であったが、隠し部屋のある下層に現在の白がソロで向かうのは中々厳しく、しかし、結とグレイスとのしっかりと連携のとれていないパーティでは、そもそも話にならないレベルなのだった。


(まぁ、極力戦闘を避ければ、彼処には特殊なボスは設置しなかったからな)


 一応、結とグレイスとは隔日でパーティを組みダンジョンに潜っている為、明日は一日フリーの白。

 呼び止められ止めていた足を、再び風呂へと向けたのだった。



「私だけでも同行お願い出来ませんか?」

「えぇ。すいませんけど」

「そうですか・・・」


 翌朝。

 ダンジョンへと出発する白を見送りするというのは表向き、実際は何とか同行の許可を得る為に玄関で待っていた結。


「グレイスが起きた時に結さんが居ないと落ち込みますよ」

「なら、起こして来ます」

「いや・・・、疲れが抜けていないのですから、無理をさせては駄目ですよ」

「むう〜・・・」


 どんなに結が頬を膨らませようとも、グレイスは現在夢の中。

 このカフチェークこそが世界であるグレイスは、白や結に比べて、HPやSPが充足していても、動きによる疲労への影響を受けやすいのだった。


「昨日は巻き込んで、かなり無理をさせてしまいましたから」

「それは・・・」

「結さんの双魔も、また後日手伝いますから」

「や、約束ですよ」

「えぇ、勿論」


 若干、食い気味に白からの珍しい申し出に応える結。

 それもあり、何とか機嫌を取り戻した結は、本日は諦めて白を送り出したのだった。



「っ・・・」


 背にした壁の歪な刺激に身を強張らせた白。

 視線の先には我が物顔でダンジョンの中を闊歩する『モールニヤ』。

 龍人の威風堂々とした姿に、似合わぬボロ切れの外套を羽織ったモンスターで、階級こそ第三位に属していたが、得意とする雷の魔術は、しっかりと装備の対策をしたパーティでも、手こずる相手であり、他にも製品版のカフチェークで追加された要素も白の緊張を更に増した。


(グレイスが居ないとモンスターの気配は探れないしな・・・)


 製品版カフチェークでは、モールニヤの様な人型モンスターと戦闘に入ってしまうと、戦闘範囲外の一定範囲内に居る全てのモンスターに対して、パーティ全体のヘイト値が徐々に上がっていくリンクがあり、モンスターを引き寄せてしまう仕様となっていたのだった。


「ふぅ〜・・・、行ったか」


 永遠とは言わずとも、数分には感じる数秒を静寂に身を落とし過ごした白。

 去り行くモールニヤの背を見送り、安堵の溜息を落としたのだった。


「暫く時間を置・・・」

「ギャャャアアア‼︎」

「これは・・・!」


 落ち着き、これからの動きを考える白の耳に、突如として飛び込んできた断末魔の絶叫。

 それは、明らかに人の発したものでは無く、獣のそれ。

 ある程度の予測は付いたが、一応アイテムポーチに手を添え、いつでも得物を取り出せる様に構える白だったが・・・。


「ん?誰か居るのか?」

「・・・」

「暗黒騎士さんみたいね」


 無遠慮な感じで白を確認せずまま問い掛けた獣人の男に、無言の白を気遣う様に代わりに応えたエルフ族の女。


「貴方達は?」

「此処を攻略中なの」

「そうですか」


 エルフの女に白が問うと、予測通りの通りの答えが返って来たのだった。


「急げよ」

「ああ」

「分かってるって」


 断末魔の絶叫の聞こえた先に獣人の男が声を掛けると、応えながら出て来たのは二人の人族の男達。


「彼は?」

「パーティと逸れた・・・、のかしら?」


 後から来た男の一人が白を示し問うと、女は確認してなかったと白へと視線を向けた。


「いえ、自分はソロですよ」

「へぇ〜」

「凄いのね」


 如何にも軽い感じで驚く男と、若干驚く女。


「別に凄かねーだろ」

「でも、この階層にソロで来たのよ」

「トレハンごっこのブースト狙いだろ」


 冷たく言い放たれたトレハンごっこという単語。

 カフチェークの世界には、ダンジョンの中に宝箱が地点、時間ともランダムに設置されていて、その中からは稀に強力な装備品も入手出来る為、一定数の戦闘を避けて宝箱箱だけを目的にダンジョンに潜るプレイヤーも居たのだった。


「でも、この人シーフではないのよ」

「ふん」

「・・・」


 宥める女に対して、鼻を鳴らす男。

 そんな二人に、白は揉め事にしない為に、何も応える事はしなかった。


「先に行ってるぞ!」


 そんな白の態度に、苛立ちを隠さずパーティと離れ、白の元居た先へと進んで行く男。

 そんな様子に、白はパーティが街に戻るところだと理解した。


「ごめんなさいね」

「いえ、お気になさらず」

「彼奴、今日はハズレばかりで、機嫌が悪いんだよ」

「仕方のない奴さ」

「そんな日もありますもんね」


 謝罪して来た女に白が応えると、男二人からも微妙なフォローが入り、白は形だけ頷いたのだった。


「でも、今日はブースト狙いはやめた方がいいぜ」

「ああ、俺達が粗方宝箱は開けたしな」


 暫く宝箱の再設置は起きないだろうと、白に帰還を促す男達。


「いえ、ロケーションなんかもやってますんで」

「じゃあ、本当にレベル高かったのね」

「まぁ・・・、この階層なら生命の危機が無い位ですけど」

「凄いわね」


 そんな二人に応えた白に、再び驚く女。

 成長補正は無いものの、一応同レベル帯の暗黒騎士よりはステータスの高かった白。

 極力戦闘を避けておけば、現在の階層の探索は問題無かったのだった。


「急げって!」

「あ〜、はいはい」

「仕方ないな」


 先に行っていた獣人の男から掛かった怒声に、慣れた様子で従う男達。


「ごめんなさい」

「いえ」

「じゃあ、気を付けてね」

「えぇ。ありがとうございます」


 女も白へと改めて謝罪をすると、そんな二人に続くのだった。



「珍しい事もあるものよね」

「あん?」

「今日は二人もソロさんに出会したじゃない」

「ふん」


 白と別れ、合流した四人のパーティ。

 白と出会す一時間前程に会ったソロプレイヤーを思い出し、そんな事を話しながらラードゥガへの家路を行く。


「プレイヤースキルも上げずに、装備品ブーストに走る奴が増えてるって事だろ」


 昨日の夜から約十五時間、宝箱設置後の他のプレイヤーの減る時間を狙ってダンジョンに潜った成果がゼロとあり、未だ機嫌の戻らない獣人の男は、苛立ちを白ともう一人のソロプレイヤーへと向けたが、女はそんな男に首を振りながら・・・。


「違うわよ」

「あん?」

「だって、あの人も暗黒騎士だったじゃない」


 白の前に出会したソロプレイヤーを思い返すのだった。

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