第6話


「生意気な真似しやがって・・・」

「っ・・・!」

「覚悟は出来てんだろーなぁ!」


 女に攻撃を喰らった腹を掻きながら、自身の半分程の身長の女を見下ろす誠。

 威嚇する様な気味の悪い声と、覗く牙の様な犬歯に、普通の人間なら恐怖を感じるのだろうが・・・。


「・・・」


 愛する男を殺され、自身の手で敵討ちをしようとした女。

 命のやり取りの意味を思考の部分では理解は出来て無いが、しかし本能では覚悟していたらしく、落ち着いた様子で瞳を閉じ自身の最期を待っていた。


「健一!」

「ちっ・・・!」


 誠の舌打ちと共に、身体に軽い衝撃を感じた女。

 せめて最期の刻に愛する男の名を口にしたのは、その先に待つ再会の刻への想いを馳せてだろう。

 しかし、女が再びその双眸を開いた時、其処に写るのは先に逝った愛する男では無く・・・。


「え・・・」


 女は開いた視界に映った誠の姿に、一瞬驚きから呆然としたが、直ぐにそれなら先程の衝撃はと思い自身を確認する。


「きゃあーーー‼︎」


 女が視線を落とすと、視界の先には慎ましいながらもハッキリと性を感じさせる双丘が映り、想像もしていなかった光景と恥じらいから悲鳴を上げた。


「ひひっ」


 そんな女の反応を見て、気味の悪い表情で、下卑た笑みを漏らしたのは女を見下ろす誠。

 普通の男なら女の状況を考えると興奮などしようも無いのだが、誠の異常な性癖からすれば、女の反応は望んでいたもの。


「お、おいっ」

「あ、ぁ・・・、いや」

「・・・でも」


 周囲の一部のプレイヤー達は助けに入ろうかと迷い、結局は誠との力の差に動けぬまま。


「ぎゅる・・・」

「っ・・・!」


 そんな反応が余計にこの獣の狂ったそれを滾らせ、生唾を飲み込む音に女は瞳から完全に光を失ってしまった。


(変わらないな・・・)


 そんな誠の反応を見て、沈んでいた心を何とか奮い立たせた白は、サークル当時と変わらぬ姿に心底呆れる。

 そもそも、ゲームに興味の無かった誠。

 その誠がイスカーチェリへと資金面での協力をしたのは、カフチェークへと参加した女性プレイヤーに対して、自身の力を示して惹きつける為で、当時からリアルで幾人もの女性に手を出していた事は当時イスカーチェリに所属していたメンバーの間では周知の事実なのだった。


(とにかく・・・!)


 状況は最悪ながらも、白にとって微かな希望となる一瞬の隙が生まれているのも事実。

 白は優柔不断の気はあったが、既に覚悟は決めて準備もしている。

 若干の震えを覚える右掌の中ではウプイーリが流血の刻を今かと待ち、後は走り出すだけという状況で尻込みする程臆病でも無く、しかし突っ込み過ぎない様には思考の底へと刻み込む。


「ふひぃぃぃ・・・!」

「・・・」


 盛りの付いた獣の様に女に詰め寄る誠。

 しかし、既に女はその感情を失っており、焦点の合わない視線で、じっとへたり込んでいた。


「ぃ・・・!」


 そんな女の状況などお構い無しと、誠が飛び掛かろうとした・・・、刹那だった。


「・・・!」

「あぁん?」


 誠の背中走った衝撃。

 それは誠にとっては棒で突かれた程度のもので、無駄な妨害をした愚か者に苛立ちを込めた威嚇を発する様に、背後に視線を向けるが・・・。


「あん?」

「・・・!」

「っ⁈」


 其処には既に誰も居らず・・・。

 最初の衝撃を追う様に再びその背には衝撃が走り、それは軽い電流が走る様な痛みで、誠は僅かに顔を顰めたのだった。


「誰だーーー‼︎」

「っ⁈」


 怒号を上げエクスカリバーを手にし、乱暴にそれを振った誠に対し、限界点を余裕を持ち設定していた犯人である白は、再び距離を取る。


「あぁん?何だ、テメェはぁ?」

「・・・」


 十年近くの時を顔を合わさずに過ごしたとはいえ、共にイスカーチェリで過ごした白を判別出来ない誠。

 それもその筈で、白は先程雑踏の下で見つけた踏み汚された布切れでその顔を覆っていたのだった。


「・・・」

「あぁん?正義のヒーロー気取りか?」


 白が手にしたウプイーリを構えた為、流石に誠にもその意思は理解出来たらしい。

 僅かに視線を動かし、自身のHPゲージを確認すると、蒼光を発する刃を肩に置き、絶対的強者の余裕を感じさせる構えをみせた。


(ウプイーリに気付かなかったのは予定通りだが、やはりダメージは知れているな・・・)


 白と誠の間にある絶対的な実力差。

 それを僅かながらに埋め、一応のダメージを与えられたのはウプイーリの固有スキルと、誠の防具がそれ程のレベルでは無い為で、それでも誠のステータスは完全に脳筋型であり、全プレイヤーが最高レベルに達してもその最上位である設定。

 ウプイーリを持つ白のステータスが育ち切っていない為、通常では殆どダメージを与えられず、誠を倒すには固有スキルを発動させ続け、かなりの回数攻撃を当てる必要があった。


(まぁ、此奴だって死を意識すれば退くだろうし、倒す必要は無いしな)


 そんな撤退イベントの様なものを期待する白。

 都合の良い話だが、白には闘いを長引かせたく無い理由が幾つかあった。


「気にいらねぇな!」

「・・・」

「ちっ!この野郎ぉ・・・!」


 構え睨み合いの続く白と誠。

 白はその隙にプレイヤー達が逃げて行くのを視界の端で確認しながらも、誠の身体の僅かな揺れも見逃さない様にする。


(一撃貰えばお終いだからな)


 白のステータスでは誠の攻撃を耐える事は不可能で、それを喰らう事はイコール死を意味する。


「・・・」


 このカフチェークの元々の製作者として、そして大人としての責任は感じていたが、それは白にとって命を落としてまで果たすものでも無く、先ずは大前提として攻撃を喰らわない事が白の目標となっていた。


「死ね・・・!」

「・・・」


 誠が肩に置いたエクスカリバーを振り上げる素振りを見せ、白は素早くバックステップで距離を取る。


「この野郎ぉぉぉ‼︎」

「っ!」


 誠の放った斬撃は白の立っていた空を斬った後、大地へと着弾し、文字通り豆腐でも切る様に簡単にその大地を裂いた。


(此処で!)


 白はそれを確認し、蒼光放つ刃の腹に踏み込み、ウプイーリでエクスカリバーを持つ誠の腕へと斬撃を放つ。


「ぎゃあ!」


 ギリギリ生き血を渇望する魔剣の効果時間内の一撃は、大ダメージこそ与えられなかったが、誠に十分な苦痛を与える事は出来、その表情にはハッキリと苦悶の色が映った。


「・・・!」

「がっ!」


 この隙は逃せないと白は続けて初撃の先にある二の腕へと斬撃を放ち、誠は痛みから逆の手で押さえた。


(此処を・・・、っ⁈)


 ウプイーリの固有スキル維持の関係もあり、危険水域ギリギリを攻める白。

 しかし、そんな白のエクスカリバーを押さえた足へと微かな感触が走り、白は条件反射的に後ろへと飛ぶ。


「舐めんなぁーーー‼︎」

「っっっ‼︎」


 白を足から一刀両断しようと天へと放った誠の斬撃。

 白はその激しい風圧に押され、着地した足首に痛みを感じた。


(・・・助かった!)


 エクスカリバーを足で押さえていた事で、誠の攻撃の情報を刹那の間だけ速く得る事の出来た白。

 それが無ければ、自身が先程まで危険水域を越え、既に終わりへと向かっていた事を理解したのだった。


「・・・」


 これ以上の踏み込む事に危険を感じた白は、この場の状況を改めて確認する。


(殆どのプレイヤーは逃げたな)


 白の眼に映ったプレイヤーの数はもう百には届かず、残ったプレイヤーの手にもいつでも逃げれる様に既に効果の確認出来た、転移用のアイテム、『ワープクリスタル』が握られていた。


(これ以上俺の動きを見られるのも不味いし・・・)


 残っているプレイヤー達の持つ転移用アイテムは、中々高額な物で、オンラインゲームの知識無くカフチェークを始めて、この時間の中で手に入れる金策をするのは厳しい物だった。

 その為、そんなプレイヤー達にウプイーリの情報をこれ以上渡す事に危険を感じる白。


(もっと地味な見た目にすれば良かったなぁ)


 そんな、今更どうしようも無い事を心の中で漏らす位にはウプイーリの見た目は特徴的で、十二分に周囲の視線を惹きつける物となっていた。


(後はあの女の人・・・)


 恋人を失い、敵討ちをと思っても叶わず、しかも最悪の事態にならなかったとはいえ心に傷を負った女。

 白はこの女に自らの足で逃げろという事は出来ず、かといってせっかく誠の注意が女から逸れている現在。

 女を救うのは自身の逃げ出すタイミングにしておきたかった。


「・・・」


 他のプレイヤー達に軽く視線を送ってはみるが反応は皆無。


(打ち合わせもしてないし当然だろう。なら・・・)


 現在、自身と誠が女と他のプレイヤー達を挟んで対峙している事に目を付けた白。

 僅かに誠を他のプレイヤー達の方へと誘導する。


「お、おい!」

「何でよ!」

「・・・」


 当然の様に他のプレイヤー達からすればあり得ない動きであり、非難の声が上がったが白は無視して移動を続ける。


(君らにこれ以上落ち着いてウプイーリを見せる訳にもいかないだろう?)


 獣人族の女プレイヤーの上げた非難に心の中で答えた白は、巻き込まれる事を嫌い素早く移動したプレイヤー達の動きを確認すると、何人かのプレイヤーが女の近くに着いたが見えた。


「っ・・・⁈」


 そのプレイヤーの中に一人、見覚えのある漢。


(あの時の親切さん・・・)


 白が勝手にそう呼んでいるだけだが、其処には白を初心者と思い気に掛けてくれた漢が、白の狙いを理解している様で、左手にワープクリスタルを、空いた右手で親指を立ててそれを示した。


(俺に気付いている・・・、な)


 露わになった女の肢体に外套を掛けてやるその表情には、良くやったとは別のものも込められていて、白は自身に気付いている事を理解した。


「てめぇ・・・!」

「・・・」


 白に引き付けられ、一斉に逃げ出す他のプレイヤー達の姿がその視界に映り、余計に冷静な白の態度が自身を侮っていると感じられた誠。

 いよいよ、その顳顬の血管が切れてしまいそうな程の怒りを表情で示し、エクスカリバーを持つては抑えきれない怒りで小刻みに震え始めた。


(まぁ、準備も出来たし、此処らで・・・)


 当然、白からすればそんな誠に付き合う義理も無く、アイテムポーチに手を当てるとワープクリスタルを取り出した。


「てめぇ‼︎ふざ・・・!」


 誠が踏み込み、エクスカリバーを構えた・・・、次の瞬間。


「・・・」


 そんな誠に応える事をせず、光の中に飲み込まれていく白。


「くそがぁぁぁーーー‼︎」


 誠は既に標的の居なくなった虚空に向かい、燃え滾る怒りの一撃を虚しく放ったのだった。



「ふぅ〜・・・」


 先程までの異様な空間と違い、見覚えのある草原へと運ばれた白。

 大きく息を吐き、自身の身体の無事を軽い柔軟で確認する。


「俺がワープクリスタルを使ったのだから、流石に意味は分かるだろう」


 白は他のプレイヤー達への心配もあったが、あれ以上彼処で誠の相手をする人間はいないと判断し、その判断は間違ったものでは無かった。


「でも、これからどうするか・・・」


 白はこの事態に付いて詳細を知る可能性のある雪の関係者であり、フレンドとして登録されているプレイヤー。

 雪に他のフレンドが居る可能性も勿論あるが、此処がカフチェークである以上、自身に捜す責任があるとは理解していた。


「彼奴が犯人とは限らないが、それでもこの状況を解決出来るのも彼奴だけだろうし・・・」


 そんな風に考え、もう一度連絡を試みるが、相変わらずそれを無視する雪。


「オンライン状態なのは分かっているんだし、何を考えているのか・・・」


 雪という人物の掴みどころの無さは以前から理解していた白だが、単純に居所の分からない親友の事を考えてもいられない。


「最優先事項に何を据えるか迷うところだが、補充アイテムの確保とレベル上げ、それに移動の問題もある」


 普通のプレイヤーなら、ゲーム内に居る筈の運営か警視庁の巡回員を捜し、対策を求めるのが第一なのだが、白は既にそれには期待をしておらず、長期戦覚悟で独占する者が出る前にアイテムと狩場の確保か、幾つかの大陸移動場を押さえられる前に、別大陸への移動を考えていた。


「何より他の装備だ・・・」


 白の心配はこのカフチェークの世界各地にある呪われた装備の事で、他のプレイヤーからすればゴミ同然の代物の為、もし入手したとしても二束三文で売りに出させるのは必至。

 しかも、その物のまま流通すれば探しようも有るが、もし荒い扱い受け、廃棄品となってしまうと他のアイテムと区別がつくかは、現状白には判断出来ないのだった。


「遣るべき事は幾らでも有るな・・・」


 肩を落とし漏らしたのも一瞬。

 白は直ぐに顔を上げ、先ずは街へと情報を得る為に向かうのだった。

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