追放王子の異世界開拓！～魔法と魔道具で、辺境領地でシコシコ内政します

第一章 王子への転生と冒険者修行

第1話 異世界転生のオファー

　もう少しマシな人生を送りたかった。

　自宅の床に倒れ息の止まった俺は、薄れ行く意識の中で後悔した。

　俺はこのまま死ぬのだろう。

　自分の歩んだ人生が、まさに走馬灯のように思い出された。

　どこで人生を間違えた？

　大学を卒業して就職した会社は、ブラック企業だった。

　残業泊まり込みで家に帰れず職場で寝転がり、土日も休めない。

　就職一年目の夏――ある日突然ポッキリと心が折れてしまった。

　なんとなく会社に行かなくなり、やがて会社から解雇通知が届いた。

　俺は自宅に引きこもり、ゲームやったり、ネットを見たり、毎日ダラダラ過ごした。

　あのブラック企業で数ヶ月働いて、心も体も疲れ切ってしまったのだと思う。

　そして、今日、急に胸が締め付けられ息が苦しくなった。

　まだ、俺は、二十二才なのに……。

「母さん……ごめん……」

　最後に脳裏に浮かんだのは、母の顔だった。

　そこで電源が切れたパソコンのように、俺の意識はブラックアウトした。

　*

「ここは、どこだ？」

　意識を取り戻すと、俺は真っ白な世界にいた。

　辺り一面にふわふわと雲が漂っている。

　そんな奇妙な世界の中、俺は部屋にいたままのジャージ姿で宙に浮いているのだ。

　ここはどこだろう？

「あなた死んだのですよ。心臓発作です」

　後ろから女性の声が聞こえた。

　振り向くとそこには、綺麗な女性が立っている。

「あなたは、巧良輔（たくみりょうすけ）さんですよね？」

「はい。そうです」

「日本人、株式会社ブラックブラックにお勤めだった二十二才独身の会社員。ついさっきまで絶賛引きこもり中だったわね」

　何で俺の事を知っている？

　こんな人知り合いにいたか？

　いや、会った記憶がない。

「私はジュノー。あなたたち人間が言うところの女神です。よろしくね！」

「巧（たくみ）です……。えっと……、よ、よろしくお願いいたします……」

　女神？

　一体何のことだ？

　状況が理解出来ないな。

「さっきも言ったけれど、巧（たくみ）さん、あなたは死にました」

「は、はい……」

「原因は過労ね。元々体が丈夫じゃないのに、ブラック企業に勤めて働き過ぎたわね。辞めたけれど、時既に遅しってやつよ。体はボロボロになっていたのよ」

　そっか……。

　厳しい会社だなとは思ったけど、『折角、就職出来たから』とがんばったのだが……。

　過労死ですか……。

「……すると、ここは天国ですか？」

「そんな感じの所ね。今のあなたは魂の状態よ。もう、しばらくすると消えてなくなるわ」

「えっ!?　消える!?」

　そんな！

　ひどい！

　俺が動揺していると女神ジュノーは、俺にオファーをしてきた。

「そこで相談なのだけれど……。違う世界で、がんばってみない？」

「違う世界？」

「世界って沢山あるのよ。日本が存在する世界は、地球の神様が担当している世界になるの。そことは別に私の担当している世界があるのだけれど、そこに生まれ変わってみない？」

「それって……、異世界転生ってヤツですか……」

「そうそう！　理解が早くて助かるわ！」

「やります！」

　このまま後悔を胸に抱えて、消滅するのは寂しすぎる。

　異世界転生をして、もう一度人生をやり直す。

　そう、次はもう少しマシな人生にしたい。

　でも、どんな世界に転生するのだろう？

　モヒカンのゴツイお兄ちゃんがヒャッハーしているような世界じゃなあ。

「あの～、女神ジュノー様が担当している世界はどんな世界でしょうか？」

「うんうん。気になるわよね。当然よね。私の担当している世界は魔法があってね！　ロマン溢れる世界よ！　いいわよ～！」

「魔法ですか!?　じゃあ、眼鏡をかけた少年魔法使いが大活躍みたいな感じですか？　良い感じですね！」

「ああ～、あの地球世界で大ヒットした映画ね……。いや～、あそこまではね～、発展していないのよ……」

　女神ジュノー様は、俺から視線を外して遠くを見た。

　何だ？　何か話しづらそうだな。

「私の担当している世界だけどね。文明の発展が遅れているのよ。それが悩みなの」

「はあ」

「文明が発展していないと、人口は増えないし、人々の暮らしも楽じゃないの」

「なるほど」

　まあ、それはそうだろう。

　どの程度の文明度かは知らないけれど、文明が低けりゃ科学や医学が発展しないだろうから、暮らしづらいだろうな。

「それでね。私の世界のポイントは、３０００ポイントなのよ」

「え!?　ポイントですか？　何ですか？　それ？」

　急にポイントって言われても……。

　世界にポイント？

　何の事なのか……。

「私たち神が管理している世界ってね。それぞれポイントで評価されているのよ。文化文明が発展するとか、人口が増えるとか、幸せな人が増えるとか……、そうすると高ポイントになる評価システムになっているの。ちなみに地球世界がぶっちぎりのトップで１５０００ポイント越えだったかな」

「へー！　そのポイントは誰がつけているのですか？」

「私達の上司よ。うーんと、人間の概念にあてはめると、全知全能の始祖の神って感じかな。高ポイント達成すれば、始祖の神様からご褒美が貰えるし、いつまで経ってもポイントが上がらなければ……。まあ、わかるでしょ？　人間の会社と同じよ」

　何か神様も色々大変だな……。

「まあ、確かに、私の世界は地球世界と比べると遅れているわよ。と言うよりもさぁ～！　君のいた世界の文明が発展し過ぎているのよ。文明の進歩が早すぎるわよね～。他の世界の神様もブーブー文句を言っているわよ。チート過ぎ！」

「はあ」

　俺に文句言われても困るのだが。

　しかし、この女神ジュノー様の世界が３０００ポイントで、地球世界は１５０００ポイント越えか……。

　５倍の差をつけてぶっちぎり……。

　そりゃチートに感じるだろうな。

　地球の科学文明は、凄いって事だな。

「そこでね！　巧さんの出番よ！　あなたゲームが得意よね？」

「え？　ゲーム？」

「そうそう。会社を辞めてからゲームばかりやっていたでしょ？　国作りゲームみたいなの」

　なんだよ！

　女神ジュノー様は、俺の事をずっと見ていたのか？

　確かに俺は会社を辞めてからは、ゲーム三昧の生活をしていた。

「そうですね。国作り系のゲームはお気に入りでしたね。内政、外交、軍事と面白いし、奥が深い。それに――」

「ストップ！　ストップ！　ゲームについて熱く語らなくて良いから！　そう言う国作りゲームあなた上手いでしょ？　それって特技よね。その特技を私の世界に転生して生かして欲しいのよ！」

「ええ!?」

　てっきり異世界に転生して、気ままに過ごすのかと思ったら……。

　どうやら女神ジュノー様は、俺に国作りをさせたいらしい。

　狙いは、何だ？

　俺が国作りをして……ああ！

「俺がゲームみたいに女神様の世界を発展させて、ポイントを増やせと？」

「そうそう！　３０００ポイントじゃ、上からのプレッシャーがきついのよ。なんとか１００００ポイントはお願い！」

「えっ!?　３０００から、１００００ポイントですか!?　それってキツクないですか？」

「大丈夫！　出来る！　出来る！　文化文明をバッチリ発展させて、人口バンバン増やして、みんなを幸せにして来て！　じゃあ、がんばってね！」

　女神ジュノー様は、右手をすっと上げた。

　ちょっと待てよ！

　このまま転生させるのかよ！

「ちょと！　待って！」

「何？　嫌なの？」

「転生するのって普通の人間ですよね？　普通の人間じゃ何も出来ないでしょ！　文化文明を発展させろ。人口を増やせ。みんなを幸せにしろ。それなら、それなりに地位のある人間に転生させて下さいよ！」

「あー、そういう事……。つまり偉い人に転生させろって事でしょ。ちょっと待ってね」

　いや～、雑だな～。

　もうちょっとさ、事前打ち合わせみたいなのを密（みつ）にしようよ！

　難しいミッションが待っている訳だからさ！

　こんなだから、３０００ポイントなのだろうな……。

　何か女神ジュノー様の手元に分厚い電話帳みたいなのが現れた。

　パラパラめくっているけど、あれは一体……。

　あ、手が止まった。

「王子様でどうかしら？」

「王子？　まあ、それなら……」

　王族だったら、国の政治に参加出来るだろうから、女神様からの依頼に応えられるかもしれない。

「台帳を今調べたのだけれど、空きがある中で一番良さげなのは王子様ね。じゃ、がんばってね！」

　女神は右手をすっと上げた。

「いや！　ちょっと待って！　魔法の世界なら、魔法をメチャクチャ使えるようにとかだね！　そう言った配慮を――」

　ああ、俺の体が！

　足元から消えているよ！

　俺の言う事なんか聞いちゃいねえ。

　何て！　雑な！　異世界転生だ！

　*

　巧良輔（たくみりょうすけ）の魂は、異世界へと旅立った。

　女神ジュノーの力により、やがて王子として異世界で生をうける。

　女神ジュノーは、巧良輔（たくみりょうすけ）の魂を笑顔で見送ると突然顔から笑みを消し、鋭く言葉を放った。

「ミネルヴァ！　何を隠れているの！　出てらっしゃい！」

「ハハハ！　そう怒るなよ、ジュノー！」

　右手に短槍、左手に盾を持ったミネルヴァが、女神ジュノーの前に現れた。

　ミネルヴァも女神であり、ジュノーの腹心としてジュノーの担当する世界を一緒に管理している。

「のぞき見なんて感心しないわね！」

「悪かった、悪かった。だが、私にまで隠す事はないだろう」

「バレるとまずいのよ。他の世界の人間を、こちらの世界に無許可で転生させるのは……」

「まあ、地球の神々は怒るだろうね」

「いいのよ！　あの連中は私のジュピターを殺して、私たちを地球世界から追い出したのだから！　これくらい当然よ！」

「……まあ、……そうだな」

　女神ジュノーと女神ミネルヴァは、元は地球にいた神である。

　しかし、千数百年前に神々の争いで敗れ、地球世界から追放されてしまった。

　その争いの際に、ジュノーの伴侶であり主神であるジュピターは、殺されてしまったのだ。

　その事を思い出しジュノーとミネルヴァは、しばし俯き無言になった。

　眼に涙をためたジュノーが何かを吐き出すように話しを続けた。

「それでも……。今の世界を前の神から引き継がせて貰えたのだからラッキーよ」

　ジュノーたち神々のグループは地球から追放された後、始祖の神を頼った。

　始祖の神は、ジュノーたちを地球とは違う世界の担当に変更したのだ。

　何でも前の神は態度が悪く、担当する世界の運営が非常に悪かったとか……。

　つまり前の神は、クビになったのだ。

「そうだな。ところで、今度転生させた男は使えそうなのかい？」

「どうかしら……。前のよりはマシだと思うけれど」

「ああ、前の転生者は、ひどかったな。理想ばかりを口にして、結局何も成しえなかった」

「あれよりは、良いと思うわ。自分の希望もちゃんと口にしたしね」

　女神ジュノーは、これまで何度か自分の世界に日本人を異世界転生させていた。

　しかし転生させた人物は、個人レベルで幸福な人生を送れても、異世界全体に影響を与えた者はいなかった。

　女神ジュノーの依頼――。

『異世界の文化文明を発展させ、人口を増やし、異世界の人々を幸せにする。それによって、ポイントを増やす』

　――をこなせた者はおらず、女神ジュノーはスカウトする方針を今回から変更したのだ。　

　これまでは知力や人格の高い人物をスカウトして転生させていたが、異世界に適応できそうな人物をスカウトした。

「うむ。地位のある人物に転生させろと言うのは、現実的な要求だな。思考能力の良さを感じる。なあ、もう一つの方は良いのか？」

「もう一つ？」

「あの男が転生先に向かう前に、言葉を発していただろう。魔法をメチャクチャ使えるようにしろとか……」

「ああ！　言っていたわね！　魂が消えそうだったから、仕込む時間がなかったのよ」

「ふむ。ならば私がこっそりと地上に降りて仕込んで来よう」

「お願いできる？」

「容易（たやす）き事……」

　そう言うとミネルヴァは自らの姿を、黄金のフクロウに変えた。

　黄金のフクロウに姿を変えたミネルヴァは、一つ羽ばたくとジュノーの目の前から消えた。

　残されたジュノーは、ボソリとつぶやいた。

「さ、次を探しに行かなくちゃね」