大将軍な彼女はハッピーエンドがお好き

初音MkIII

第1話 大将軍サイモン


 神具。

 全世界に広まっている伝説によると、およそ二千年もの昔に発掘されたオーパーツ群であり、その総数は五十とも百とも言われている。


 数としては少なく思えるが、しかし。

 超常の力を顕現する神具一つで、常人のみにより構成される部隊ならば容易に殲滅可能とされる程の力を誇るのだ。


 そんな神具を世界で最も多く保有する“帝国”は、その力をもって、広大な大陸の全土を支配するという偉業を成し遂げた。


 神具の力は国の力。

 それ故に帝国は、今や世界最強の大国として広く知られている。


 そして、その帝国で常勝無敗の伝説を誇り、全ての軍人……否、全国民から圧倒的な支持を受ける人物がいる。



 大将軍サイモン。

 五年前に突如現れた“彼”は、帝国の辺境に潜む異民族たちを瞬く間に殲滅し、あっという間に成り上がっていった。


 威厳溢れる漆黒の全身鎧に身を包み、ともすれば不気味とも受け取れる、男とも女とも思える不思議な声を重く響かせ、民にこう告げたという。



「この身在る限り、帝国は不滅である」と。



 それを証明するかのように、あまりの治安の悪さに、一時期は蛮族の国とまで揶揄された帝国は、この世界では平均的と言えるレベルにまで過ごしやすくなった。


 まあ、それでも帝国政府の高官たちの腐敗は目も当てられない状態に陥っており、夜になればそんな高官たちの手の者による誘拐だの殺人だのといった物騒な事が平然と起きてしまってはいるのだが。


 大将軍サイモンという英雄の存在があっても尚、政府に対する民衆の不満というものは確かに存在する。

 「権力という名の力を持つブタに対抗するには、暴力を用いるほかない」と標榜し、腐敗した高官たちを暗殺という手段で排除している“革命軍”の存在がそれを裏付けていると言えるだろう。



 さて。

 では、そんな“革命軍”に対して大将軍サイモンはどう考えているのかと言うと……。




「……? げんさく? しゅじんこう?? 帝国が革命軍に倒される……? なんだろう、この変な記憶」



 大将軍サイモンが常駐し、主に書類仕事をこなす、“大将武館”。

 全国民にとっての憧れである大将軍サイモンが支配するこの建物に配属される事は、帝国軍人にとって最高の名誉とされる。


 だが、しかし。

 ここに配属された名誉ある軍人は、性格が変わってしまう程に驚愕する事となる。



 何せ、かの英雄、大将軍サイモンが……普段見せる厳格さがまるで嘘のようにフリーダムすぎる人物であり、大将武館でのみ見せる全身鎧を脱いだ私服姿が、なんと。



「あうー、暑っつい。一枚脱ご」



 ぷるん。



 ──なんと、そこらのご令嬢が裸足で逃げ出す、まさに傾国の美貌と評するのが相応しい程の美少女なのだ。



 薄いシャツ一枚とミニスカートというあまりにも無防備すぎる格好で、何やら頭を抱えて呻いているこの銀髪の美少女こそが、全身鎧に覆われた謎の大将軍、サイモンの正体である。

 シャツから零れ落ちそうな程に実った、とても大きな胸が大変目に毒だ。



 名を、エルトルージュ。

 エルトルージュ・ド・サイモン。


 大将武館以外の場所では他者に舐められないように漆黒の全身鎧──本来の彼女は身長が低いので、それを誤魔化すために上げ底をして無理やり高身長になっている──を着込み、「最弱にして最強」と称される彼女の神具を使って声を男女が同時に喋っているような不可思議なものに変えているのだ。


 大将武館に務める直属の部下たち以外でこの事を知っているのは、皇帝とその側近である総務大臣ぐらいのものである。



「へーかに聞けばなにかわかるかな」



 そんな事を呟き、んっ、と伸びをするサイモン改め、エルトルージュ。

 ちなみに、へーかとは皇帝の事だ。


 そして、彼女は今朝から自身を悩ませる頭痛について相談するため、漆黒の全身鎧を着込んで執務室を後にした。



「あれっ、どこ行くんですか、閣下?」

「ん。へーかのとこ」

「……その姿でその喋り方だと違和感すごいですね。了解です」

「ん」


 当然、同じ大将武館に勤める部下たちに見つかるも、エルトルージュが何の前触れもなく皇帝に会いに行く事は割とよくあるので、あっさりと流された。



「ふんふふーん、ふーん」



 鼻歌を奏でながら館を歩き、外に出る。

 ここから先は、意識を切り替えて「エルトルージュ」という少女から「大将軍サイモン」へと変貌する。


 あまりの変わりっぷりに、たまに配属されてくる大将武館の新入りは、皆口をポカンと開けて呆けてしまう。

 それぐらいキャラが違うのだ。



 そして──。



「お疲れ様です、大将軍閣下!!」

「うむ、御苦労。何も無くて退屈だろうが、貴公ら近衛兵は皇帝陛下をお守りする最後の砦なのだ。決して気を抜かぬように」

「はっ!! もちろんであります!!」

「よろしい。ではな」

「はっ!!」



 大将武館から少し離れた巨城。

 ここがこの帝都の、そして帝国の心臓部たる宮殿だ。


 その入口を守る近衛兵に挨拶を済ませ、姿勢よく歩いて中へと入っていくエルトルージュ。


 大将武館に居る時とはマジで別人である。



 さり気なく背後から聞こえてくる「やっべー、俺大将軍閣下と会話しちゃったよ!!」という声は聞かなかった事にした。

 それに対する「くぅー……! やっぱり格好いいよなぁ! カッチョイイ全身鎧に身を包んだ、寡黙な戦士!! 俺もあんな男になりてー!」という声も聞かなかったのだ。



 いや、女なんですけど……と鎧の中で若干ボヤいたのは秘密である。



 それだけエルトルージュの名声は凄まじいので、仕方がないだろう。

 ともすれば本来敬われるべき皇帝本人よりも人気があるぐらいなのだから。



 キビキビと歩き、無数の近衛兵たちに敬礼され、彼女を疎む腹黒な高官たちには渋い顔をされながらも進んでいき──。




「──であるからして、“革命軍”を名乗るテロリストどもの動きは、決して放置できるものでは……」

「……待て。もうよい、下がれ」

「は? し、しかし陛下!!」

「下がれと言っている」



 何やら大扉の向こうからそんな声が聞こえてくる。

 ここがこの宮殿の最奥部であり、帝国の支配者である若き皇帝が座す玉座の間である。



 気持ち悪いぐらいエルトルージュを溺愛するあの皇帝の事だ、恐らく足音で誰がやって来たのかを聞き分けたのだろう。

 故に突然話を切り上げたというわけだ。



 そういう事をするからエルトルージュが高官たちに疎まれる羽目になるのだ。とんだとばっちりである。



「陛下、サイモンでございます。少々お耳に入れたい事が──」



 そんなこんなで内心ボヤきつつ、大扉越しに声をかけるエルトルージュ。

 玉座の間は広いが、あの皇帝はやたらと耳がいいのでこれで充分届く。



 そして案の定、玉座の間を隔てる巨大な扉が音を立てて開き、渋い顔をした高官がまず出てきた。

 彼は裏で大層な変態として知られており、噂では容姿に優れた平民の女性を様々な汚い手を使って集め、夜な夜な強姦するという悪辣な趣味を持っているらしい。


 しかし、あくまで「らしい」という噂の域を出ず、証拠が未だ見つかっていないためにエルトルージュも彼を罰する事ができないでいる。


 若き天才である皇帝が本気になれば容易に捕らえる事ができるはずなのだが……。

 皇帝も皇帝で厄介な性癖を持っており、性的な意味で愛するエルトルージュが渋い顔をする様を見るのが楽しいらしく。



 まったくもう、困ったお人だわ。

 と、内心ぷんぷんなエルトルージュであった。



「ちっ……」



 あからさまに舌打ちをする変態高官とすれ違い、皇帝の元へと近付く。


 そして──。



「やあ、サイモン。今日はどうした?」

「…………」

「……ああ、おもてをあげよ」

「…………」

「ククッ、堅いやつだ。もう一度言うぞ? おもてをあげよ」

「はっ」


 お堅い奴などと言われても、臣下としての礼儀は最低限守らねばならない。

 英雄と呼ばれてはいるが、エルトルージュはただでさえ微妙な立場なのだから。



「まったく、くだらん礼儀作法なんぞいちいち守らんでもいいものを。なあ、じい?」

「無茶を言うものではありませぬぞ、陛下。サイモンの立場は貴方も分かっておいででしょう」

「ふん。豚どもが騒いだとて何ができる。まあいい、本題に入ろう。なあ、エルト」

「……陛下……その、困ります……」



 むぅ、と鎧の下で思わず困った顔になるエルトルージュ。

 あんまりその名を軽々しく呼ばないで頂きたい。

 明らかに女のそれである呼び名を使われてしまうと、“大将軍サイモン”が実は女であるという事が高官たちにバレかねない。

 皇帝の隣に立つ「じい」こと総務大臣のお小言も当然だろう。


「ああ、ああ。悪い悪い」

「軽いですぞ、陛下……」

「じいは喧しいなぁ。ほら、そんな事より本題に入ろう。エルト、俺に何か用があるんだろ?」


 分かっているのかいないのか……。

 まあ、ちょっと引くぐらい異常な程に頭が切れる皇帝の事だ。絶対に大丈夫だという確信があるのだろうが。



「……実は、今朝妙な体験をしまして」

「ほう?」

「どうやら、異世界からの転生者という存在が、私を乗っ取ろうとしてきたようなのです」

「……ほう」

「何? 世迷いごとを申すな……と、言いたいが……」

「口を挟むな、じい。エルトはこんなくだらん冗談など言わん。真実を語っているのだ」

「分かっております。しかし、異世界からの転生者とは……」

「ご安心を。その不遜な輩は逆に魂をムシャムシャしてやりました。その結果、かの者の記憶を継承したのです」

「なるほどな。それでそいつの正体が分かったという事か。こいつは飛びきり面白い話だぞ」



 今朝エルトルージュを襲った異変。

 それは、“神”を名乗る超存在から力を得たという異世界の魂が世界を渡り、自身の肉体を乗っ取ろうとしてきた、という何とも嘘のような本当の話であった。


 どうやら、意図せずして吸収してしまったその不遜な輩の記憶からして、異世界では割と有名な現象であるらしい。


 当然、記憶を継承したからと言ってエルトルージュ自身の意志を侵食されるような愚行は犯していない。

 帝国の英雄、大将軍サイモンの精神力は、たかが貧弱な一般人ごときに負けるようなものではないのだ。


 まあ、クソみたいに分厚い本の内容を丸ごと頭に叩き込まれたも同然なので、ちょっとばかり頭痛に襲われはしたが。



「その記憶を整理した結果、驚くべき事が判明いたしました」

「……聞かせてみろ」

「この世界……特に、我が帝国は、かの者の世界において伝わる物語の舞台となっているらしく。その物語の“主人公”が例の革命軍に加入し、結果として陛下は討たれ、帝国は倒されるのだ、と……」

「ほう……なるほど、俺は物語の悪役というけか。まあ、分からんでもない。政府高官という腐った豚どもの一部をあえて放置しているという事があるからな。ククッ」

「陛下……笑い事ではございませぬぞ」

「総務大臣の仰る通りです、陛下。私は、陛下に……そして、この帝国に……死んで欲しくはありません」

「嬉しい事を言ってくれるじゃないか、エルト。ところで、お前も俺と一緒に悪役として殺されるのか? それなら決して悪い話ではないと思うんだがな」



 自分が殺されるかもしれない、と聞いて笑っていられるあたり、やっぱりこの皇帝陛下頭おかしい。

 ものすごく失礼ではあるが、エルトルージュの正直な感想がそれである。


 ついでに、自分は将軍であって、皇帝の妃ではないしなるつもりもない。


 さて、ここからが“転生者”が持つ「原作知識」のおかしな点なのだが……。



「いえ。私は、この“記憶”の中には存在しません。その影響なのか、現在の帝国の状況も、“記憶”のそれとは些か異なります」

「……何?」

「どういう事だね、大将軍サイモン」



 そう。

 この「原作知識」とやらの中には、エルトルージュ・ド・サイモンという人物は存在しないのだ。


 そのせいか、知識の中の皇帝は冷酷非道を地で行く狂王であり、逆らう者はたとえ無実であろうと処刑する、という悪事まで働いている。まさに絵に描いたような悪役だ。


 対して、目の前にいる皇帝は、はっきり言って人でなしではあるが、無実の者を処刑する程狂ってはいない。

 それに、知識の中の帝都の方が、現実の帝都よりも遥かに治安が悪い。それ故に知識の中の革命軍は民衆を味方につけており、それが「原作主人公」の大きな助けとなる場面が幾つもあった。


 しかし、現実の革命軍は違う。


 治安が悪化する深夜に、腐敗した高官を暗殺するという手段をもって革命を成そうとする彼らは、はっきり言ってテロリストの類として民衆からも恐れられており、“民衆が信頼する大将軍サイモン率いる帝国軍”に一刻も早く討伐される事を望まれているのだ。



 それを皇帝と総務大臣に説明すると……。



「なるほど、な。つまりお前はその“異世界転生者”の側から見たら所謂イレギュラーに当たるというわけだ。実際、俺自身お前と出会ったおかげで随分と変わったという自覚がある」

「そうなると、大将軍の働きで“知識”とは異なる結末を迎える事も可能でしょうな」

「ああ、その通りだ、じい。エルト、お前は俺やこの国に滅んで欲しくないのだろう? ならば、俺も少々本気を出すとしよう。未来を変えるためにな」

「陛下……! はっ!!」



 正直、頭がおかしくなったのだと見放されてしまう可能性の方が高いとエルトルージュは思っていたが、どうやら皇帝も総務大臣も、彼女自身が思っているより彼女の事を信頼しているらしい。


 異世界転生者だの原作知識だのと、あまりにも荒唐無稽すぎる話だから。



「ククッ、革命軍か。知識とやらが正しいのならば、思った以上に骨がある連中らしいな。なかなか楽しくなりそうだ」

「また貴方はそうやって、遊びのように……まあ、それでも最終的には勝つのですから、構わないと言えばそうなのですが……」

「構わないのならいちいちグチグチ言わんでもいいだろう、じい……」

「ふふ……。陛下は少し危なっかしいですからね。総務大臣殿が心配するのも分かります。私だって心配しているのですから」

「エルト……お前まで……むう」




 こうして、「存在しないはずのイレギュラー」たる大将軍エルトルージュ・ド・サイモンの存在により、本来の歴史で勝利するはずであった革命軍は、大きな分岐点を迎える事となった。


 知識で言うところの“原作”において、革命軍が帝国に勝つ事ができたのは、先述の通り民衆を味方に付けていた事の他に、ある種の破滅願望を、最強の敵である皇帝が持っていたという事が大きかった。


 しかし、この世界線では、それがない。

 片方だけならまだしも、両方だ。



 この日の出来事が原因で、今後革命軍が大きく苦戦を強いられる事は間違いないだろう。

 果たして、エルトルージュは望み通り本来の勝者である革命軍を倒し、平和を掴み取るができるのか──。



「さて、そうなると。いつまでも腐敗した豚どもを放置しているわけにもいかんな。じい、影の手配を頼む」

「承知しました。確固たる証拠を元に、厳正に処分を下すと致しましょう」

「はじめからそうしてくれれば、大将武館ももっとのんびりできていたのに」

「ククッ、まぁそう言うな、エルト。今後は俺もしっかりと働くさ」



 ついでに、皇帝の気まぐれにより放置されていた腐敗した高官たちが処刑される事も、ほぼ確定となった。

 あるいは、それこそ革命軍に始末されるのが先か。


 どちらにしろ、帝国政府に蔓延る寄生虫たちは一掃される事となるだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る