第14章 影

 飛鳥の決闘が終わった日に夢を見てリンネに出会うという、飛鳥とは違うハードな1日を送った大翔。色々と考えることが増えてしまったが、いつも通り朝の鍛錬を始めた。少し遅れて飛鳥も出て来た。

「おはよう、大翔」

「おはよう、昨日はよく眠れたか?」

「よく寝れた筈だけど、何だかもう少し寝ていたいかも」

「疲れが残ってるなら、今日の朝は鍛錬止めておいたらどうだ?」

「大丈夫、これだけは毎日欠かさずにするって決めてるから」

「そうか? 無理はするなよ」

「うん、ありがとう」

 どうやら昨日、大翔が家まで運んだことは覚えていないらしい。聞かれないのならと大翔は何も知らない顔で鍛錬を続けた。鍛錬が終わり、朝食を取る。

「今日はどうするの? 書斎に向かう?」

「今日は止めておく」

「どうして?」

「俺が書斎に行けば飛鳥も付いてくるだろう? それじゃあ、お前が休めないだろ」

「私のこと心配してくれてるの?」

「ん? う~ん、そうなるのか? まあ、いきなり倒れたりしたら大変だしな」

「そっか」

 大翔が心配してくれていると知り、表情に出さずに喜ぶ飛鳥。

「でも、それじゃあ何をするの? 家にずっと居るのもつまらないし」

「そうだなぁ、久々に市場の方にでも行ってみるか?」

「そうね、たまには良いかも」

 準備をして市場に向かった2人だったが、何やら騒がしい様子だった。近くにいる人に何があったのか聞いてみる。

「何かあったんですか?」

「それが、若い男の人が急に暴れ出したのよ。今、警備隊が取り押さえてくれているはずよ」

「どうする? 警備隊がいるなら大丈夫な気もするが」

「念のため様子を見に行きましょう。警備隊の人達で大丈夫そうならそのまま任せればいいし」

「勇者殿は大変ですねー」

「茶化さないでよ。すみません、その暴れている人がいるのは何処ですか?」

「このまま真っ直ぐ奥に進んだ場所よ。行くなら気を付けてね」

「ありがとうございます。それじゃあ」

 教えて貰った場所に向かう2人。遠くを見ると警備隊が誰かと交戦している様子だった。その場所に近づいていくと、ジンが指揮をとっていた。

「大丈夫ですか?」

「勇者殿に世良殿。実はもうすぐで取り押さえられそうだったのですが、仲間がいたらしく妨害されてしまって」

 確かに、先程聞いた話しでは暴れているのは1人だけのようだったが、相手は2人いる。どうやら、思っているよりも手強いらしく警備隊の人達も苦戦していた。

「私が、代わりにやります。部下の方々を下がらせて下さい」

「申し訳ありません。全員下がれ! 勇者殿の邪魔をしないようにすぐに下がるんだ!」

 ジンの命令で速やかに後ろに下がっていく。

「手を貸すか?」

「多分、大丈夫。他に被害が出ないように注意して貰えるとありがたいかな」

「分かった」

 大翔は、言われた通り後ろに下がって周りを警戒している。

「あまり、手荒な真似はしたくありません。大人しくしてくれませんか?」

 出来るだけ穏便に済ませようと声を声を掛けるが飛鳥の言葉は届かず、暴走した2人は襲いかかってきた。

「仕方ないわね」

 飛鳥は、相手の攻撃を難なくかわして溝に1発ずつ入れて気絶させた。気絶した2人を警備隊が確保する。

「ありがとうございます。今回も勇者殿に助けられてしまいました」

「いえ、困ったときはお互い様ですから」

「ところで、ジンさん。あの2人は何で暴れていたんだ?」

「それが、私にも分からないんです。連絡を受けて駆けつけた時にはすでにあの状態だったので」

「そうですか」

 結局何故暴れていたのか分からなかったが、怪我人はいなく無事に抑えることが出来たので良しとしていた。すると、2人を確保しようとした警備隊から驚きの声があがってきた。

「な、なんだこれは、黒い変な物が体から出始めたぞ」

「こ、こっちもだ。一体これは何なんだ?」

 見たこと無い現象にざわつく警備隊の人達。ジンが取り乱している部下達を静めようと確認しに行く。

「どうした? 何があった?」

「わ、分かりません。ただ、身柄を拘束しようとしたら彼らの体から黒いモヤモヤとしたものが出て来て・・・」

 その話しを聞き、その症状に心当たりがあった大翔と飛鳥も近づいて確かめて見る。

「すみません、ジンさん。俺達にも見せてもらっても良いですか?」

「ええ、構いませんが、これは一体・・・」

「この症状って」

「何か知っているのですか?」

 大翔と飛鳥はお互いに顔を見合わせて、城の書斎にあった1冊の本を思い出す。病について記されていた本に、今目の前で起きている症状と似たものがあった。

「確証は無いですけれど、この2人は何かの病気にかかっている可能性があります」

「病気ですか?」

「はい、今は特に苦しんでいる様子はありませんが、医者の方を呼んでおいて下さい」

「分かりました」

 ジンは、2人の部下に医者を連れて来るように命じた。

暴走していた人達から出ていた黒い何かは徐々に色を濃くし、大きくなっていく。体全体が覆われた時、彼らが急に苦しみだした。その様子を見た飛鳥は慌てて声を掛ける。

「大丈夫ですか!?」

「い、一体何が」

 この状況と似たようなことがあったのを大翔は思い出す。始まりの樹があった森の中で、暴れていたニードルベアーも体から黒い影を出していて急に苦しみだす時があった。

「(あの時は、倒したら勝手に消えていったけれど、今回は大人しくさせた後に苦しみ出してる。一体どうしたら)」

「ダメ、回復魔法を何度掛けても効かない」

 飛鳥は、回復魔法を使って少しでも症状を軽くしようとやってみたが苦しい様子は変わっていない。もしも、本に載っていた黒影病だった場合、命を落としてしまう可能性がある。飛鳥は、黒影病では無いことを願いながらもう一度回復魔法を掛けるが、やはり効いている様子は無い。

 倒れている2人は更に苦しみ出すと、黒い何かも更に大きくなり体から出て来た。そのまま、空に上がり凄い早さでその場を去っていった。その動きを見逃さなかった大翔は、正体を突き止めるべくすぐに後を追った。

「飛鳥、その人達は任せた!」

「待って、大翔」

 飛鳥の声は大翔には届いておらず、すぐにその姿は見えなくなった。

「あれが、絵本やギアード王から聞いた話しの中に出て来た、影だとしたら・・・」

 大翔の中では、すでに影であるという予測を立てていた。もしそうだとしたら、何処かに消えてしまう前に捕まえる必要がある。空の上を飛び続ける黒い影を出来るだけ人目に付かないように注意しながら追いかける。建物を上手く利用して、黒い影の背後を取った。そのまま、手を伸ばし捕まえようとしたがその手は空を切ってしまった。

 普通なら何度か試そうとするだろうが、大翔は1度で理解した。この影には、触れることが出来ないと。

「面倒だな」

 影は、あざ笑うように大翔の前から姿を消した。近くに気配が無いか探すが見つからない。

「・・・逃げられたか」

 影を見失った大翔は、ひとまず飛鳥達のいる場所に戻ることにした。戻って来ると、ジンが暴走していた2人を部下と恐らく医者と思われる人物と一緒に連れて行くところだった。ジンは、大翔に気付くと頭を下げてその場を去っていった。

 戻って来た大翔に飛鳥が声を掛ける。

「大丈夫だった?」

「ああ、怪我とかはしてない」

「そう、良かった。あの黒いのは」

「悪い、逃がした」

「別に謝る必要ないよ」

「そっちはどうだった?」

「大翔がいなくなってすぐに医者の方が来て、様子を見てもらったの。まだ、息はあったけどかなり危ない状態だったみたい。その話しを聞いたジンさんが一緒に病院に連れていってくれたの」

「そうか」

「正直何が起こったのかよく分からない。あの症状も、本当に黒影病かどうか分からないし」

「確かに、そうだな」

 飛鳥は、目の前で起きたことにまだ実感がないようだ。それほど緊迫していた状況だった。この場にいたのはほんの少しの事だったが、その間に今まで調べてきたものが一気に押し寄せて来た感覚がした。

 飛鳥の気持ちが沈んでいると感じた大翔は、手を叩いて音を鳴らす。

「よし、気持ちを切り替えようぜ。このまま悩んでても仕方ないからな。そもそも、今日は飛鳥をリフレッシュさせる為に来たようなもんだからな」

「うん、そうだね」

「それじゃあ、仕切り直して市場の方に行ってみるか」

 飛鳥は、まだ思うところがあったが気持ちを切り替えて楽しむことにした。

 さっき起きたことは、あまり人に見られていなかったらしく市場はいつも通り賑やかだった。色んな店を回る大翔と飛鳥。お昼になりお腹も空き始め、食べ物を売っているお店が多い方に自然と足を運んでいた大翔。そのことに飛鳥は気付いていたが、黙って付いて行った。

「何だか、良い香りがするな」

「この辺は、食べ物を出しているお店が多いからね」

「確かに、色んな物を食べている人達がいるな」

「ちょうど、お昼だし私達も何か買って食べない?」

「良いのか?」

「どうせ、お腹空いてるんでしょ?」

「うっ、バレてたのか」

「それで、何を食べる?」

 今回は、お腹の音を鳴らしていないのにどうしてバレたのか不思議に思いながら何処に何が売っているのか見ていく。大翔の目に止まったのは、コロッケを売っている店だった。サクサクに揚がったコロッケを美味しそうに食べている人達を見て、一気に食欲がわいてきた。

「コロッケにするの?」

「なっ!? えっと、・・・はい、コロッケが食べたいです」

「分かった。それじゃあ、私が買って来るわ」

「お願いします。(どうしてコロッケが食べたいことが分かったんだ?)」

「(顔に出てるの自分で気付いていないのかな?)」

 飛鳥は、大翔の表情を見て何が食べたいのか当てていた。その事に、全く気付いていない大翔。

 列に並び、すぐに飛鳥の順番が来た。お店に立っていたのは、丸みのある体つきをしたおばちゃんだった。

「すみません、コロッケ2つ下さい」

「はい、いらっしゃい。あら? 勇者様じゃないですか? 私の売っているコロッケを買いに来てくれるなんて光栄だわ」

「美味しそうな匂いがしたので」

「あら、嬉しい。味の美味しさも保証しますよ。ところで、今日は1人で?」

「いえ、連れが1人います」

「そうなの? どんな方?」

「えっと、あっちにいる人ですけど」

 後ろの方にいる大翔を指差す飛鳥。

「まあ! 男の人。もしかして、恋人ですか?」

「ち、違います。何を言ってるんですか!?」

「あら、そうなの? 残念ね~。でも、あの人かなり格好いいと思うけれど」

「それは、・・・思わなくもないですけど」

 口ごもりながら話す飛鳥。

「そ、そんなことより早くコロッケ下さい!」

「ああ、そうでしたね。はい、どうぞコロッケ2つ」

 飛鳥は、お金を出してコロッケを貰い大翔の所に戻る。

「お帰り、買ってきてくれてありがとな。ん? どうかしたか?」

「な、何でも無い。ほら、これコロッケ」

 赤くなった顔を隠しながら大翔にコロッケを渡す。飛鳥の様子を不思議に思いながら渡されたコロッケを貰う大翔。

「それじゃあ、いただきます」

袋から取り出して食べてみる。揚げたてのコロッケはまだ熱かったが、口の中に美味しさが広がった。

「これは、思わず笑ってしまうような旨さだな。飛鳥も食べてみろよ」

「う、うん」

 飛鳥も冷めないうちにコロッケを食べる。サクッとした衣の音を鳴らし、一口食べる。

「本当だ、美味しい」

「う~ん、まさかここまで美味しいとは思わなかった」

「大翔って美味しそうに食べるよね」

「実際、美味しいからな」

 あっという間に完食した2人は、もう少し市場を回ることにした。時間は、過ぎていき気付けば夕方になっていた。

「今日は久しぶりに楽しかったな~」

 腕を上にして体を伸ばしながら歩く飛鳥。

「良かったな。俺も良い気分転換になったよ」

 2人が家に帰ると、扉の前に騎士達が数人待っていた。

「どうかしましたか?」

「空月殿、急な訪問申し訳ありません」

「それは、別に構いませんが」

「明日、真田殿と宝条殿を元の世界に戻すことになりまして城に来て頂きたいのですが」

「明日、城に行けば良いんですか?」

「はい、お昼頃に行う予定ですので」

「分かりました。それまでには着いておくようにしますね」

「ありがとうございます。それでは」

 話しを終えると、騎士達は城に戻っていった。

「あの2人も今度は大人しく帰るといいな」

「そうね、流石に宝条も自分の言ったことは守ると思うけど」

「暴れたらどうする?」

「力ずくでも止めるわよ」

 明日の宝条達を元の世界に何事も無く帰せるのか、少し不安に思う飛鳥。もしもの時は、自分が動いて処理することを考えていた。

 大翔は、今日の朝に起きた出来事を思い出す。黒い影の存在を確認したが、逃げられてしまった。触れることの出来ない存在にどうすればいいのか考え、次は逃さない準備をする必要がある。今日現れた存在が明日も現れるかなんて分からないが、大翔は何か嫌な予感がしていた。

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