秘密を握った僕の方が猫なで声で迫られています

すみ 小桜

第1話 迷子になって

 「ここどこだよ」


 辺りは殺風景。車どころか人さえ歩いていない。

 僕、迷子?


 高校2年の春、ゴールデンウィーク中に父親の転勤で北海道に来た僕は、近くを散歩していた。

 どうせだからと通う高校の近くに引っ越ししたので、高校の場所の確認も兼ね散歩中だったんだが、気がつけば人影がなくなっていた。


 仕方がない。スマホで位置確認。


 にゃ~。

 『また来てね』


 うん? 猫の鳴き声?


 「ここって穴場だよね~」


 ふと顔を上げると、古びた屋敷から女の人が二人出てきた。

 穴場って?

 そう思い屋敷を見ると、猫カフェと書いてあるではないか!

 そうだ。ここで道を聞こう。ついでに猫を堪能して帰ろう。


 転勤族の僕は、ペットなど飼えない。

 家から歩いて行ける距離にあるのだから、ここまでの場所を覚えておけばまた来れる。


 僕は、そっとドアを開け、店内を覗き込む。

 目に飛び込んで来たのは、ふっさふさの白い毛の猫や駆け回る黒猫。日向ぼっこなのか、店内の日差しが当たる場所で寝そべるトラ猫。

 そして、つやつやの毛並みの三毛猫が僕をお出迎えしてくれた。足元まで来てちょこんと座る。


 逃げないんだな。


 そんな事を感心しながら足元にいる猫ちゃんをジーッと見つめた。


 にゃ~。

 『いらっしゃい』


 うん? 猫の声と一緒に人間の言葉も聞こえたような?


 辺りを見渡すと、店員のお姉さんが近づいてきた。


 「いらっしゃいませ。30分500円。一時間だとドリンク付きで千円になります」


 「あ、はい」


 店内にイスは三つ。

 イスと言っても一人掛けのソファーで、その横に小さなテーブルが置いてある。

 

 「えーと……」


 「30分から一時間に変える事も出来ます」


 「はい……じゃ、30分で」


 「猫は、好きに触ってもいいですが、嫌がったら離してあげてくださいね。あ、その子は、ひなたっていいます。抱っこしてもいいですよ」


 にっこり微笑まれて、僕は頷いて足元の猫を抱き上げると、嫌がる事もなくスリスリと僕に頬ずりしてくれた!

 あぁ、なんてかわいいんだ。


 僕は、猫のひなたを連れて外の景色が見える場所のソファーに座った。そして膝の上に置いて、喉を撫でる。そうすると気持ちよさそうに目を細め喉を鳴らす。

 至福の時間。迷ってよかったなぁ。


 テーブルを見ると、価格表が張り付けあった。

 猫のおやつ――300円。

 それに目が行った。猫用クッキーの様で、自分にもクッキーが当たるようだ。もちろん、こちらは普通の人間が食べるクッキーだろうけど。


 「あの、猫のおやつあげたいんですけど」


 僕がそう言うと店員のおねえさんは、はいっと言って店の奥へと消えて行った。そして、かわいい猫顔の形のクッキーを持って戻ってきた。

 丸いのは、僕が食べる分だそうです。


 猫顔のクッキーを手の平に乗せると、ぺろぺろと舐めた後パクリとひなたはクッキーにかぶりついた。

 膝の上でクッキーを食べる猫を見るだけで、満足感が広がる。


 「そうでした。はい」


 うん? 店員さんがスタンプカードをテーブルに置いた。


 「お客様、来店初めてですよね。こちらおやつのスタンプカードになります。10回おやつを与えて下さったお客様は、一時間無料になるカードです」


 見ればカードには、スタンプを10個押す場所があり、全てスタンプで埋まると一時間無料券としてお使い頂けます。と書いてあった。

 スタンプカードはすでに、一個スタンプが押してある。


 こんなサービスがあるならまた来よう。

 って、そうだった!


 「あのすみません。僕、ここら辺に引っ越して来たんだけど迷ってしまって、晴天高校までの道を教えて頂けませんか?」


 「あら娘達と同じ学校の子だったのね」


 うん? 娘!?

 凄く若いお母さんだ。


 簡単な地図を書いてくれた。それをひなたは、僕の膝の上で立ち両手をテーブルに掛けて覗き込む。その仕草もかわいい。


 結局僕は、一時間コースにして猫達と楽しい時間を過ごした。


 「ありがとうございました」


 「僕の方こそ、道教えて頂きありがとうございます。また来ます」


 にゃ~。

 『学校でね~』


 うん? 学校?

 そう聞こえた様な気がしたけど気のせいかな?

 僕は無事に家へと帰る事が出来た。



 真新しい制服。ブレザーでズボンはグレー、紺のストライプのネクタイ。

 間に合ってよかったよ。前の学校は、学ランだったからかなり浮くだろう。


 先生の後についていき、教室に入った。

 そして、先生が僕の紹介をした後、自分でも自己紹介だ。


 「榎元えもとそうです。宜しくお願いします」


 もしかしたらこのクラスに昨日の猫カフェの娘さんがいたりして。

 そう思って見渡すと、一人の女子と目が合った。にっこり微笑まれてドキリとする。

 クリッとした大きな瞳がストレートボブと似合っていた。彼女が、猫カフェの娘だったりして。


 って、彼女は僕をジーッと見つめている。

 いや自意識過剰なだけだろう。

 転校生なんだから皆に見られている。


 僕は一番後ろの窓側に用意された席に座った。

 さっき目があった彼女は、ドア側の一番後ろ。

 もう僕の事は見ていなかった……。


 お昼休み、僕はお弁当を持って来ていなかったので、購買へとパンを買いに行く。

 誰かに聞けばよかったんだけど、ちょっと迷って着いたらもう既にパンは残っていなかった……。

 昼抜き確定か。


 「ソウくん」


 ソウくん?

 僕の事か? まさかと思いながら振り向くと、目があった女子がいた。


 「もしかして、パン買いそびれた?」


 「えーと、はい……」


 「これあげる」


 「え!? いや、君が食べる分がなくなるよ」


 「大丈夫。あと、三つあるから」


 三つ!?

 一人で四つも食べる気だったの?


 「あ、じゃお金」


 「ううん。あげるその代わり……」


 うん? 何気に交換条件つき?


 「一緒に食べよ」


 「え……」


 名前すら知らない女子からお誘いが!

 なぜに? もしかして、物珍しい何かが僕にあるのか?


 「あ、そっか。私、真猫まねこひなた。両親が猫カフェやってます。でも内緒ね」


 「え!?」


 何が内緒なの?

 猫カフェの事? 一緒に食べる事?

 あ、パンを四つ食べようとした事かな?


 僕は、よくわからないけど、食堂で向かい合って真猫さんとお昼ごはん。

 そう言えば彼女、猫と同じ名前。

 猫に娘の名前を付けたのか。


 「それ、おいしい?」


 「あ、うん。おいしいよ」


 貰ったあんぱんにかぶりついた僕に聞くのでそう答えたら彼女はほほ笑んだ。

 う。可愛すぎる。

 いいんだろうか? 二人っきりで食べていて。

 今更ながら恥ずかしさが込み上げてきた。


 彼女どころか、女子とこうやってごはんなんて食べた事なかったから緊張してきた。

 こんなにドキドキしてご飯を食べたのは初めてだった。

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