第8話 裏話

 「竹千代よ、信忠の事だが一つ汚名を雪ぐためにために井田野合戦の裏話をしようと思う。」

 初耳である、数年前に明眼寺の和尚から聞いた合戦のあらましで、勝負の要因はある程度は納得できていた。

「実は伊勢宗瑞と我々安祥松平は以前より交流があってな。奴が岩津まで来た際に信忠に影働きをしてもらったのじゃ。このまま矛を引いてくれと談判にいったのじゃ。」

 道閲はにやりとしている。信忠も僅かだが微笑んだように思えた。

 竹千代としては端折り過ぎの話である。訳が分からない。首を傾げた。

「分らぬであろうな。実は我の祖父の代からの縁があるのじゃ。祖父は先の京の大戦の折は京におり伊勢貞親と言う者に被官しておったのだが、伊勢宗瑞はその伊勢貞親の甥になるのじゃ。」

 京の大戦とは応仁の乱のことであろう。流石に高祖父信光の話を聞いても昔の事過ぎてあまり実感がない。だが、伊勢宗瑞が信光の上司の甥と言うところまでは理解できた。

「儂の父親忠も祖父信光に従って京にいっておったりもしたのじゃが、そのたび伊勢宗瑞となんども話をしていたらしい。これからの自分達の夢などを語っていたようじゃ。父の夢は松平家の夢でもあるのじゃがこれは後ほど話すとして、あ奴は一握の人間で良しと思わず、一国の主を目指しておったのじゃ。」

 親忠の夢とはなんであろうか。今は気にするべきではない話かもしれないが気になった。

「あ奴にとってその機が到来し、駿河に下向し今川を扶けることになったのだが、それを機に今川の元で戦い東国に一国を建てる足掛かりにしようとしたのじゃ。駿河に行くその折にこの安祥の地に立ち寄り父と面会したのじゃが、その時に父との間に約束を交わしたのじゃ。今川の配下で雌伏するが、おそらく三河へ攻め込むことを要求されるだろう、だが攻めるのは形だけとし、松平が攻勢を見せた段階で兵を引くとな。」

 なんということだ。過去の二度の井田野の合戦はある意味伊勢宗瑞と安祥松平の芝居だったというのだ。竹千代は眩暈がした。今まで当然と思ってきた話が全く性質が異なる話になったのである。家臣達から聞いた勇猛果敢な三河武士の戦いだった話が、数年前の和尚との会話で軍略を用いた高度な戦いであることが分かった。しかし今回は僅か数名による謀略によるものだという事なのだ。真実とは記録に残るものでは無いのかもしれない。

「儂は松平が兵を挙げる時と、今川が兵を退く段取りの打合せを伊勢殿とするために近くまで単騎で行ったのだ。伊勢殿が今川に疑われる事があっては意味が無いのでな。戦の段取りをつけてきたのだが、、、何事も無く帰ってきたところを家臣どもに見られてな、それが逃げ帰ってきたと悪口を叩かれている次第なのじゃ。」

信忠は苦笑いをした。

「伊勢宗瑞としても、東国に国を建てるという宿願がある以上、駿河からみて西の三河に進軍してもなんらの利も無いのであろうな。」

「その代わりといっては何じゃが、松平が力を付けた際は今川の領へ兵を進めないでくれと言う約束があったのじゃ。勿論あ奴としては今川にあらぬ疑いをかけられると困るのでな、あまり大きな動きはできぬので、信忠が一人密会するという形になったわけだ。信忠には申し訳なく思う。」

道閲が頭を下げた。初めて見る光景である。言わば汚れ役を信忠は買ってでたのである。

「この戦の御蔭で今川からの圧力が減ったことは良い事ではあったのだが、御蔭で儂は家臣達をまとめる事が出来なくなってしまってな。三河を統べる事は儂の代では諦めたのじゃ。」

「そう、竹千代。そなたの代でこそこの安祥松平が勇躍する機なのじゃ。」





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る