魔力0の落ちこぼれ、最強魔道士の嫁になる 

まとん

序章

1.十年前に出会った女の子

「お……俺は……強い魔道士だぞ! おまえたちみたいな悪いやつらなんて、つ、強い魔法で一発なんだからな!」


 少年の必死の強がりが、人気のない薄暗い路地に響いていた。


「へえ~」


 少年を取り囲む、大ぶりのナイフを持った男の一人が、少年の言葉を鼻で笑う。


「じゃあその強い魔法でオレたち悪いおじさんを倒してくれよ?」


 男はにやにやと笑いながら、少年から奪い取った魔法杖を遠くへ放り投げた。さらに少年の腕を踏みつける足に力をこめれば、その容赦ない痛みに少年の口からうめき声がもれる。


「……っ」


 路地に倒れ伏しながら、少年は悔しそうに唇をかみしめた。


 男たちの屈強な肩や腕に刻まれた入れ墨は、最近首都で暴れ回っている盗賊団のものだ。路地の奥には、高級な魔法具や宝石が、汚れた麻袋に雑に詰め込まれていくつも転がっていた。


 ちょっとした正義心だった。予定では、もっとかっこよく、学校で習った魔法で男たちを一網打尽にしているはずだったのに――


「こんなケツの青いガキがよォ、オレたち〈路地裏の魔狼〉の仕事を邪魔するたぁいい度胸してるじゃねえか」


 男は残忍に瞳を光らせて大ぶりのナイフを振り上げた。その刃を中心として虚空に魔法陣が浮き上がり、にわかに大気が渦巻き始める。


 そう、少年と同じく、この盗賊たちも魔道士だった。当然だが、まだ学生身分で満足に魔法戦の経験もない少年が、彼らに勝てるはずがなかった。


「大人の魔道士を怒らせると怖いって、体に教えてやらなきゃ――」




「ねえ、おじさんたち」




 そのとき、ふいに静かな声が、薄暗い路地に割り込んできた。


「……あ?」


 不愉快そうに男が眉を跳ね上げ、声の主に目を向ける。


 その視線の先――そこに立っていたのは、救助に来た騎士団でも、通りすがりのヒーローでもなかった。


 小さな少女だ。


 少年と同い年……いやもっと幼い、背の低い女の子だった。他所行きのかわいらしいワンピースに、リボンをつけた長い黒髪を持つ少女は、その手に魔法杖ロツドを握っていた。


 女の子の身長を優に超えた巨大な魔法杖ロツドだ。先端に宝玉がはめ込まれた赤いその魔法杖ロツドだけが、異彩を放っている。


「わたしはまどうし」


 舌足らずな言葉で、少女は淡々と言った。


「わるいおじさんはわたしのまほうでぶっとばす」


「ちっ、ガキが次から次へと……!」


 男が苛立たしげに舌打ちするや、標的を少女に変え、ナイフをかまえて襲いかかった。


「あっ、危な――!」


 とっさの少年の言葉より早く、ふわり、と少女は地を蹴りとびあがった。男の風を纏わせた鋭い一閃は空を切り、くるりと身を翻した少女がまるで羽の生えた妖精のように軽々と着地する。


「ま、魔法……!」


 少年は声を震わせた。


 あんな小さな少女が、男の背を飛び越えるほどの跳躍などできるはずがない。おそらく風属性の魔法を足にまとわせ、筋力を補助したのだ。


 魔法陣の出現さえ省略させたその鮮やかな手並みに、少年は声を震わせた。


 間違いなく、ただの少女ではない。


「くらえ――」


 少女はその黒曜石のようなきれいな瞳で静かに男と相対すると、大きな杖をふりかぶった。


 魔法を撃つ気だ。


 少年はこんな場面においてドキドキと胸が高鳴った。


 魔法陣を省略できる魔道士は一流だと学校で聞いていた。幼くしてそんな高度な魔道技術を持つ魔道士の魔法を、こんな間近で見れるなんて―― 


「ふぁいあーぼーる!」


 振り下ろした少女の杖、まっすぐ敵に向いたその先端の宝玉から、燃え上がる業火の球が……



 

 出現しなかった。




「「え?」」



 少年と男の怪訝な声がハモる。


 代わりに少女は力強く地を蹴り上げると、自ら猛然と男に迫った。


 


 いや、もはや視界に捕らえることすら難しいその力は、もはや人間の筋力現界を超えているかもしれなかった。


 「は!? 速――」


 速度にまったくついていけない男の、そのがら空きの横っ腹めがけ、少女は思い切り杖を振り抜いた。大きな宝玉がはめ込まれた重そうな先端が、男の腹へたたき込まれ――


「ぐはぁっ!!」


 


 「……え?」


 少年は思わず間抜けな声を出して、目をしばたいていた。


 どずん! と大きな音を立てて狭い路地の壁に叩きつけられた男は、武器を取り落とし、そのまま白目をむいて、ずるりと地に転がったのだ。


 さっきまで威勢よくナイフを振り回していた男は、その一撃だけで軽く痙攣しながら意識を手放してしまった。


「…………………………え????」


 少年はさらに口をぽかんと開けたまま、どこからどう疑問に思っていいのかもわからなかった。


 どう見ても明らかに、子どもが殴った力ではなかった。


 少年の知る火炎球ファイアーボールでもなかった。


 それによくよく見ると、四肢に何かしらの魔法をまとって筋力補助をしているわけでもない――力にものを言わせた、ただの殴打であった。


「みたか! これがわたしのまほうだ」

「いや火は!?!?」


 耐えきれず、少年は思わずツッコミを入れてしまう。確かに火炎球ファイアーボールと叫んでいた気がする。


 実際の火炎球ファイアーボールは、魔界の表層部分にある【現象】を喚び出して、文字通り火の球を生み撃ち出す技だ。


 が、実際はただ突っ込んで杖でぶん殴っただけである。


 少年の当然と言えば当然のツッコミに、しかし少女は少しむっとしたように眉根をよせて、少年を睨んだ。


「ふぁいあーぼーるっていうわざめいなの!」


「えぇ……」


「くそ、妙な技を……! ガキがふざけてんじゃねえぞ!」


 残されたもう一人の男が、ナイフを水平に振った。たちまち纏っていた風が刃となって少女に肉薄する。しかしその風刃が少女のもとに届くよりも早く、ふっと少女の姿がかき消えた。


「消えた!? どこに――」


「うえだよ、わるいおじさん」


 は、と男が空を見上げた。しかしそこには、狭い路地に切り取られた晴天がぽっかり浮かんでいるだけで、少女の姿はどこにもない。


「うそ」


 少女の姿は男の足下にあった。


「!!」


 全反射神経を使って男が首を動かすのと、少女が杖を振り抜くのは、ほとんど同時だった。


「くらえ! あーすいんぱくと!」


 いかにも魔法が出現しそうな技名を叫び、しかし少女は杖で男の股間を殴りつけた。


「はぅ……っ!!」


 男はたまらず声にならない悲鳴をあげて、目に涙を浮かべたままどうと倒れ伏し――


 そうして静寂を取り戻した路地に立っているのは、もう少女だけであった。

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