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 魔獣と一括りに言っても、動物のようなものから機械や植物、果ては霧やもやのようなものまで様々である。魔力に冒されたものは全て魔獣と一括りされるらしい。例外は闇だ。あれはこの世界における自然現象らしい。



 そんな魔獣であるが、凶暴度も当然ながら違う。地球の野生動物並みから、伝説の怪物級に危険なものまで様々だ。こんな完全に弱肉強食の未開地だが、それなりに弱い魔獣が多く生き残っているのはおそらく闇のおかげだろう。


 魔獣は触れたら即死の闇を忌避して動くため、そこが魔獣の避難所となり得る。さらに闇は視覚的、聴覚的に魔獣を認識することを難しくしている。それが、弱い魔獣が強い魔獣に捕食されることを防いでいる。



 蓮の標的は当然ながら弱い魔獣にしたいのだが、ティナは蓮に強い魔獣と戦って早く強くなってもらいたいと思っている。だが、蓮は安全第一主義者だ。確実に勝てるものを相手にしたい。蓮の肉体は地球にいた頃と全く変わらないのだ。



 温厚に見えるカバですら毎年五百人の命を奪っている。それでも遠距離から攻撃をする技を持たない分魔獣よりもずっとマシだ。なんせ、魔獣の中には視界に入った時点でかなりまずいものもたくさんいる。



『あの闇の向こう、70ほど先に蟠蛇スパイラルスネークがいる。毒抜きすれば結構美味しいよ』


『味以外の情報を頼む』


『全長は7。蟠蛇スパイラルスネークはもーもくでこっちから近くに行かないと、きづかれない。だけど一旦攻撃すればすごい勢いで襲いかかってくるしかなり強い。特に口の中にある砲台が厄介。毒を周りにまくけど、浄化で対応できる程度。だけど噛みつかれたら猛毒が回っちゃって危ない。だから一番初めに首を落とす。だけど、どーたいと首離されても数分間ぐらいは暴れ続ける。体当たりされると結構まずいから、首落としても油断は禁物』


『7って俺の身長の4倍あるのかよ。しかも性質からみてどう考えても回避推奨じゃん』


『だーめ。逃げないで。戦うの。それに私は平気だけど蓮は食べないと倒れちゃうでしょ?』



 ティナの手前で汚い言葉を使うこともできず、クソが、と心の中で吐き捨てる。無理を押し通してもいいが、そのせいでティナに見捨てられたりしたら困るし何よりかなり長い間なにも食べていない。



 魔法を使い体内にアデロールを流して集中力を高め、筋力を強化させる。闇が移動時に響かせる轟音が、低くゆっくりになる。



『あの闇の裂け目を抜けたら蟠蛇スパイラルスネークの目の前にくる。ある程度近づいたら、臨戦状態に移行して口を開いて口の中の砲台に力を集めてくる。一発目で確実にその砲台を潰す。だから私が合図したら魔力を練って私に伝えて。口を開いたらその瞬間に砲台に向かって斬撃を飛ばす。ゆーよ時間は2秒弱。砲台を潰したらすぐに残りの体も切り刻んで』



 魔獣との戦闘においては魔法を使うよりもティナを使う方がずっといい。というのもティナの能力があまりにも強すぎるのである。斬れないものは存在しないし、剣を振るうことで飛ばした光刃による中距離攻撃だって可能だ。遠距離攻撃はできない。光刃はある程度の距離を飛ぶと途端に威力が小さくなるからだ。



『2秒って短すぎだろ。できないことはないけど』



 身の安全と、飢餓や見捨てられる危険を天秤にかけてギリギリ戦闘を決断する程度だ。一番めんどくさい。



 蟠蛇スパイラルスネークの姿は非常に趣味が悪かった。ぐるぐる回る一本の縄の先端に頭がついている。



『来る!構えて!』



 剣となったティナを握りしめて魔力を込め、蟠蛇スパイラルスネークの頭部を凝視する。直後、人をも飲み込めそうな口が開いた。その湿り切ったその口腔こうくうから一つの大砲がその姿を現す。蓮はそれに向かってティナを振るい、光刃を飛ばす。砲台は大きく斬撃がはずれることはないように思えた。



 しかし、獰猛な口を開く巨大な魔獣を前に蓮の足がすくんでしまった。あの大砲から攻撃されたら死んでしまうかも知れない。ならば今すぐにでも射線上から逃れた方がいいのではないか。そのあとに反撃した方がいいのではないか。恐怖による一瞬の気の迷い。それが致命的なミスとなった。



『前に結界を展開!今すぐに!』



 ティナのその声がなかったら、蓮は今頃死んでいただろう。蟠蛇スパイラルスネークによる魔力の光線が蓮を貫きかけた。結界によってその威力をもろに受けることはなかったが、それでも衝撃を完全に殺すことはできずに遠方にふっ飛ばされる。



『地面に向かって私を振るって!』



 ティナの指示に何の意味があるのか瞬時に判断できないが従う。ティナから斬撃が放たれて、ブーメランの形をした光の集合体となり地面を切り裂く。その反動で蓮は地面に叩きつけられることを免れた。



『体を結界で覆って衝撃に備えて!』



 そして滞空時間が延びたことで時間的な余裕ができ、それほど衝撃を受けずに着地に成功。運良く蓮は一回も闇と激突することがなかった。もし滞空中に闇とぶつかればなすすべもなく死んでいただろう。



『死んだかと思ったよ』


『ごめん、蓮ならあのぐらいの相手大丈夫だと思ってたの。そのせいで蓮がすごく危ない目に会っちゃった』



 ティナの口調は懺悔ざんげの時のものだ。



『心配するな、ティナのせいじゃない。これは完全に俺の責任だ。ティナの指示にちゃんと従えなかった俺が悪い』


『ほんとにそう思ってるの?』


『ああ、ほんとだ』


『よかった!』



 とティナはいつもの明るい口調に戻った。



 そこに、ひねくれ者の蓮は正体不明の恐怖を感じた。



 蓮は他人の意見を鵜呑うのみにしたり、直感的に行動することを好まない。ちゃんと論理的に考えて最適解を出してから行動するべきと思う人だ。だが、理性と論理よりも本能と直感が支配する戦闘ではそのような考えは致命的になる。実際に戦闘中に思考したため死にかけた。ティナは戦闘に関する知識と判断力は非常に高い。反射神経がゼロの蓮は生きるためには無心でティナに従うべきである。だが、それは生死も関わる重要な決断を他人にゆだねることになる。蓮は、自分の行動という自分の支配するプライベートスペースに入り込まれる恐怖を感じた。そして、無意識下にティナに対する警戒を強めた。



『蓮、少しまずいかも知れない』



『もしかして蟠蛇スパイラルスネークがきてる?』



『あれとは十分に距離があるし、追撃してきそうにないから大丈夫。だけど悪狼イービルウォルフの群れが蓮をほーいしようとしてる。あいつらは遠距離攻撃はしてこないけど、集団で狩りをしてくる。前脚の切り裂く力や殴る力がものすごく強くてまともに食らったら結界を張っても危ない。しかも群れが壊滅するまで攻撃してくる。でも耐久力はそれほど高くない。だから近づいてきたり襲いかかってくるやつらに対して斬撃を飛ばして潰していけば勝てる』



『ああ、了解だ』



 蓮はティナの言葉を疑わず魔力を込める。



『すぐに後ろに向きを変えて横一文字に斬撃を飛ばして!』



 数匹の悪狼イービルウォルフが蓮に背後から飛びかかる。だが、それらは蓮の振るったティナより飛ばされた三日月の光刃に切り裂かれ死んだ。それが戦闘開始の合図となった。



『まずは左側に攻撃して、前方に魔法で爆発を起こす。次に振り返って背後からしゅーげきする奴を切り刻んでそっちにまた爆発を起こす。そして体に結界を展開しながらその中に飛び込んで』



 蓮は何も考えずにその命令に従った。闇に隠れていた左の悪狼イービルウォルフは飛び出た瞬間に光の筋の餌食となる。前から忍び寄ろうとしていた個体は爆発によって目をくらまし、背中を見せたことで飛びかかった個体はその報復を受ける。そしてそれらの個体がいた方向の包囲が薄くなった。そこに生じた爆煙が遮蔽物しゃへいぶつとなり、蓮がこの場所から脱することに成功した。

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