第2話 顎の呼吸

 軒並不動産

 ここで私の父ユースケは働いている

間取り、立地、家賃、そんなものを毎日確認する事の何がそんなに楽しいのだろう。わからないけど、いつも父は笑っている。なんでだろ?


「今日もいい天気だな外は!

まぁここ室内なんだけど、受付窓口!

軒並不動産へようこそ!」

「まだお客さん来てませんよ。」

「おおそうだなユキノくん!

見ればわかるけどありがとう!」

「ホントにわかってます?」

 無駄に元気に振る舞って部下のユキノさんに軽くあしらわれるのが日課。ユキノさんが冷たいのじゃない、父が明る過ぎるんだよね。


「そういえば地鎮祭してた家はどうなりました?

ちゃんと家建てたんですかね。」

「まだ段階があるらしい!

暫くあのままにするそうだ。未だに更地を祀っているよ!」

「声大き過ぎですよ、普通に言えばわかります。」

「そうか!

それは済まなかった!」「はぁ..。」

 父の音量のツマミは壊れていて、ボリュームは大にしか傾かない。やかましく厄介だが、それが客を呼び込む要因にも多少はなっている。


「おはよう御座います。」

「お、お客さんだ!

どんな家をお探しで!?」

「違いますよ、知り合いですよね?

地鎮祭の建築士さんでしょ」

「ん、なんだ堀部くんかぁ〜!

どうした突然、家探しか、なんだ?」

「ホント元気..朝からずっと。」

賑やかは人を朗らかにさせるというけど父さんの場合は気が滅入る。普通ならね、母さんや私は慣れてるけど、長く一緒にいるユキノさんはまだ疲れる事が多いみたい。


「実はおかしな事があって。

地鎮祭を行った土地に寄ってみたんだけど、祀った玉串が倒れてて、土地も何かに荒らされた形跡があるんだ。」

「何、犬かなんかじゃないのか?」

「それが上手く言えないんだけど、内側というか〝中〟から荒らされているような痕跡があってね。」

「中?」

 パッションで生きてる父にそんな殊勝な事をいってもわかる訳も無く、要するに祀った土地の地中から突き上げるみたいに掘り起こされてるって事だね。犬にしては奇天烈だよね。


「何の仕業だろうかなぁ..。」

「今って時間あるかい?」

「ある、全然ある!」「おい。」

「そうか。

それなら一緒に来て欲しいんだけど」

「行く、直ぐに準備するね!」

「おい」「待ってて。」「おい!」

「はぁ...。」

何故ユキノさんは転職をしないのだろう。家が近いのかな?

➖➖➖➖


 『ガブカブ!』

「おいこら、あ〜服突き破っちゃった結構高いんだぞ作業着って。」

 寄生した口は雑食だから何でも喰べる。服もガラスも硬い鉄板まで。ハンバーグまで食べてたからね、あれはびっくりした。


「なんだ、どうかした?」

「ん..あぁいや大丈夫だ!」

『ガブカブ。』

「静かにしててくれ、勤務中だから」

 軽く肘を宥めて付いていくけど、何で気付かないんだろ。

「勤務中だから」って、バレるとマズいからとかじゃないんだね。


祀った土地は不動産屋から歩いて数十分の空き地。前は草とかが生えてて犬や子供の休憩所だったけど、今は根こそぎ地面が剥がされた感じ。


「酷いな、随分荒らされてる。」

「土一帯をたくさんの魚が泳いだような、そんな感じがするだろ?」

「地鎮祭の前に土を調べたら確か、元々特殊な土だったような。」

「ああ、特殊どころか〝異常〟だよ」

地質検査官が、少量の土を渡して検査に掛けたところ通常の土、アスファルトや公園の土などからは発見されない反応が多く検出された。


「土の中からは鉄やニッケル、隕石に近い成分が疎らに散りばめられて、中には分析不能な反応まで見られた。」

「隕石に近い成分!?

凄いな、ロマンが煌めくよ!」

 どの口が言ってるんだか。ホントにどの口だろう、隕石も喰べるの?


『ガブッ..ガブカブ!』

「どうしたいきなり、落ち着けって」

突然左肘が癇癪を起こすように乱れ狂う。土地に反応しているみたいだ。


「なんだその腕はっ..!?」

「前にここに来たときから一緒にいるんだ。いつもこんなに騒がないのに..どうしたんだ?」

建築士の堀部は放心状態で開いた口が塞がらない。当たり前だよね、肘に牙が付いてれば初見はビビる。


「お前、平気なのか?」

「助けてくれ、コイツが言う事聞かないよ。元気だよなホント!」

「笑ってる場合か、とにかく病院に行くぞ。コイツを切り離す」

「切り離す!?」

まったく大袈裟だよホント、直ぐに騒いで慌てるんだから。ほら見てよ、祀った土地が蠢いている。父の肘と共鳴してるのかもね。


「土が流れている...何かいるのか?」

『ガブカブ、ガブカブガブカブ』

「祭りが始まるぞ!」

「....わっ!」

覗き込んだ堀部の口元に、土の一部が食らい付く。口元を挟む牙には目も鼻も手足も無く、フナムシの様な胴体のみが付いている。


「堀部、大丈夫か?」

「ユース...ケアァ..」「おい。」

土色の生き物は唇を喰らうと、身体を顎に馴染ませ寄生する。堀部の口に鋭い牙と、太い舌を生やし一体となりすげ変わる。

『ガブカブ..』

「あのときと一緒だ、お前が肘に寄生したときと。」

堀部の寄生を皮切りに、土色の生き物は祀られた土地を抜け町へ飛び出す。


「まずい!

あんなものが外へ出たら..道路に飛び出して事故を起こす、止めないと!」

そこじゃない、そう思ったら正解。

根本の事わからないのよ、同じものが肘にいるってことも多分忘れてる。


『ガブカブガブ!』

「おい、何処行くんだお前⁉︎」

肘が父の身体を引っ張って出発を促してる。これが毎朝だよ?

「はっ、ユキノちゃん

あの子会社に置きっぱなしだ!」

ユキノさんなんで転職しなかったんだろ、やっぱり家が近いのかな?


『ガブカブ..!』「堀部!」

寄生された堀部は我を忘れて追ってくる。前にもいったけど奴らは雑食。ていうことは人間も食糧だよね?


「これやるから!」『ガブ』

石ころを口に投げ入れても噛み砕かれる。硬さに耐える素振りも無い。簡単にこなれた丈夫な歯だね。

「元気だな〜お前も!」『ガブカブ』

区別は付いてる筈だけど、形が同じだからかな。自分の肘と同じ風に接してしまう、ちょっと憎めない。


「きゃあ、何コレ!?」「うわ!」

「口を噛まれ..ルゥ...!」

瞬く間にソレは町に広がり、人々に寄生していく。狙うのは決まって口、顎に寄生し牙を剥けては捕食対象を襲っていく。


「こっちくるな堀部!」『ガブ!』

迫りくる堀部を思わず肘打ちすると、寄生した左の牙が食らい付く。牙は堀部の身体を捉え舌で口の中へ引きずり込み、丸呑みにしてしまう。


『ゲーップ!』

「左肘が友達を喰べてしまった

こんな死に様があるかよ堀部くん!」

喰べたものって何処に送られるんだろまさか共有してないよね?


『ベッ!』「なんだ?」

 顎の寄生体を吐き出した。〝同類〟は捕食対象じゃないみたい、散々噛み砕かれたから死んでるけど。

「同じ種類は争わない。

...って結構マズくないか?」


『ガブ』『ガブカブ..』『ガブゥ..。』

「町の皆さん全員敵だ。」

四面楚歌、こういうときどうすればいいかわかってる?

...そ、逃げるんだよね。

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