”無能”勇者は心ゆくまで『推し事』したい!

ベア

第一話 ”無能”と”アイドル”と”進路相談”

突然ですが、皆様にとって『無能な人』とはどのような人でしょうか?


仕事のできない部下?勉強のできない同級生?

考えずに動くDQN?正直になんでも信じるおバカ?


答えは『No』であると私は思う。

それだけで人の価値を決めるのはいささか早計である。

人には多種多様な側面を持ち、それは仕事や勉学のみでは測れない。


例えば、仕事はできなくても趣味は好きすぎてプロレベル

例えば、勉強はできないけど運動は大得意

例えば、考えないで動くからこその挑戦へのハードルの低さ

例えば、何事もよく信じるからこその成長


仕事や学業では見えない面で優秀かもしれないし、

欠点も裏を返せば、個性であり才能であり有益なものだ。

人を一面だけで決めることこそ『無能』の所業であろう。

さて、それでは本当の『無能』とはなにか?


会社に一人や二人いるだろうか?

学校にも同じくらいいるだろうか?


『なんでもできるオールラウンドな人間』は


例えば、運動は何事も平均以上

例えば、勉学は常に上位で人当たりも悪く無い

例えば、なんでも一人で仕事をこなせてそつがない

例えば、なんでもできるからこそ少し近寄りがたい


『なんでもできそう』そう思われた時点で、彼らはきっと『無能』だろう。


どこに行っても、何をやっても、ある程度そつなくこなすだろう。

他人との関わりも、上司との関係も、部下とのやりとりも。


『なんでもできる』とは「つまらない」


これといった欠点もなくすごす彼らを見て、

人間味を、魅力を感じるだろうか?


『なんでもできる』は「替えが効く」


その時は、「ずっといて欲しい!」と思っていても

いなくなれば、その穴は自然に塞がるものだ。


一人でやっていたところのを二人でやればいい

二人でダメなら三人でやればいい


『なんでもできる』けど「誰にもできない」わけじゃない。


人数で解決する、得意な人を配置すればいい、他の優秀な人を使えばいい。

替えが効く、穴埋めに困らない小さな歯車


『なんでもできる』ようになると「特出しない」


ある程度までいくと見切りがつく。

自分より上の人間などゴロゴロいる。


凡人よりはできるけど、努力者や非凡者には絶対勝てない。

そして『なんでもできる』彼らはきっと『努力』ができない。



『なんでもできる人間』こそ、実は一番『無能』なのかもしれない。



ーーー



うーん、我ながらどうでもいい見地に至ってしまったのかもしれない。

ガタゴトと揺れる電車の中で、流れる景色に目を向けて、

『私』はそっと思いを馳せていた。


会社を辞めて数ヶ月、仕事を探して3ヶ月

ハローワークへ通い詰め、仕事を探す日々に段々と辟易してきた。


並ぶのは同じような仕事

誰にでもできるような仕事、必要なのはやる気と根性

前の職場と何が変わらないというのだろうか?


会社を辞めるまでは息巻いていた。

社内で一番仕事が早く、解決までの道筋を立て、素早く指揮をし、

臨機応変がモットーの活発な社畜だった。

ただ脳死して忙殺されていただけとも言える。


だが、それを私の才能と実力だと思っていた。

誰にも負けない。どこに行っても通じるものであると。


実際はどうだろうか?


仕事はできても、私は何かの管理をしたり、上に立つことはなかった。

立ったとしても、せいぜい後輩の上に立つくらいだろうか?

これといった業績もなく、あるのは社内での賞賛と尊敬のみであった。


あぁ…それに辞める前に気付いていれば…


空白の多いエントリーシートを見るたびに、

自分という人間の『無能』さと『空っぽ』さに絶望するのである。


やっている時に気付かない、これが最大のミス

自分のキャリアを客観的に見れなかった自分が悪いのだ。


♪ 秋葉原~、秋葉原~、お出口は左側で~す


車内アナウンスが流れる。

うむ、到着したようだ。今日も疲れを癒そうではないか…



ーーー



気が付くと、そこは真っ白な雲と真っ青な空に囲まれた空間だった。

おかしい。私は今日も秋葉原で娘に服を買おうと電車をおりたはず…

ここは一体どこだ…


「お目覚めですか?」


ふと顔を横に向けると、そこには西洋風のテーブルと椅子

そして中性の、笑顔が顔に張り付いた男性が座っていた。


「えっと…おはようございます。ここは一体どこなのでしょうか?」

「はい、おはようございます。ここは天国ですね」

「そうですか、天国でしたか……ん?」


この御仁は今なんと?天国?

キョロキョロと周りを見回すと、なるほど確かに雲の上である。

真っ青な空と何故か直射日光が痛くない太陽も近くにあった。


「なるほど、天国ですね。すごくチープな」

「ありがとうございます。最後の言葉がなければすごく嬉しかったです」


御仁は立ち上がると、目の前の席を引いてこちらに話しかける。


「まぁまぁ、まずは座りませんか?

 今日は上質な茶葉が手に入ったので、よろしければ」

「えっ?はぁ……そうですね。

 なんでここにいるのか説明を頂けるとありがたいです」


私は立ち上がり、席に座る。

うむ、見たことすらないがこのテーブルとイス、

手触りやデザインが高価そうなイメージだ。

ティーセットも本格的……っぽいものを使われている。

この御仁はどうやら西洋の出身のようだな……天使だし。


ーーカチャッ


「はい、どうぞ。お砂糖とミルクが必要な時は言ってくださいね」

「ありがとうございます。いただきます」


ふむ、紅茶などティーバッグのものしか飲んだことがないが…香りがいいな。

ゴクリッ……うむ、紅茶独特の爽やかな香りと苦味が口に広がる。

今度買う機会があったら茶葉から選んでみるのもいいかもしれない…


「…いや、私死んでいるのでは?」

「よく分りましたね、死んでますよ」

「そうですよね、天国で紅茶飲んでるんですし

 目の前に白い服着た天使のような格好した人もいますしね」

「ひどいなぁ……一応神様ですよ、神様!

 あなたがお亡くなりになられたので、今後の進路相談のためここにいるんです」

「……進路…相談ですか…?」


はて、天国の世界というのは進路が選べるのか。素晴らしいな。

というか進路相談て、学生じゃあるまいし…


「ほとんどの場合は問答無用で『天国』か『地獄』なんですけどね」

「はぁ……ではこういう場が珍しいということですか?」


ゴクリっともう一口飲んでカップを置く。

本当に素晴らしい紅茶だ。


「いや、そうでもないかな」

「…ないんですか」


ならばどうして私はここに呼ばれているのだろうか?


「……君は…なんだか反応が薄いね。

 大体秋葉原で亡くなった人は

『これ転生っすか!?ファンタジーっすか!?行けるんすか!?』

 とか言ってくるんだけどねぇ……言った瞬間に行かせないけど」

「はぁ……実際、困惑はしていますね。

 なにぶん死ぬ直前のことを覚えていないので…」

「あっ……そっか、そうだっけね。あれじゃあ覚えてないか」


どうやら私の死際を知っていらっしゃるようだ。

ぜひとも教えていただきたい。


「どこまで覚えてるの?」

「『秋葉原駅』に着いたところまでは覚えていますね。

 確か、今日も行きつけのゲーセンで娘に服を購入する予定だったかと」

「…ゲーセンで娘さんに服を買うのかい?

 キミ、独身だから娘さんいないし、そもそもゲーセンで服は買えないよね?」

「…そういうゲームがありまして」

「……そうなんだ。そういう文化もあるんだね」


何やら遠い目をしていらっしゃる。

あなたもやれば分かる、あのゲームは素晴らしいクオリティですよ。


「まぁ、それは置いといて。降りてからの話をしようか」


ーーゴクリッ


つい喉が鳴ってしまう。あの後一体何が…


「電車を降りたキミは、いつものようにゲーセンに向かっていたよ。

 だが、次の瞬間……事故に合ってね」

「事故……ですか」

「……うん、エスカレーターに乗っていたキミは

 後ろから雪崩落ちて来た人に潰されてお亡くなりに、圧迫死だね」


…なんと……よく分からない死に方だ。

おそらく死ぬ予想をした時にカケラも思いつかない程度にはよく分からない。


「なるほど……して、何故そのようなことが?」

「電車の脱線事故が原因でね。

 慌ててエスカレーターを降りる人が多くて起きたみたいだ」


パニックになった人がエスカレーターと階段に群がったということか。

うーん、なんともパッとしない事故に巻き込まれたものだ。

いっそトラックにでも轢かれた方が納得できる。


「わかりました。事故死ですか、なんとも無駄の多い、短い生涯でした」

「……本当にキミは落ち着いているねぇ…もう一杯いかがかな?」

「そうですかね……いただきます」


空っぽになったカップを紅茶が満たす。うむ、いい香りだ。


「で、そんなわけで話を戻すと

 事故死したキミはココ、天国にやってきたわけだ。

 普通は速攻で天国か地獄なんだけど、ある特定の人だけここに呼ばれる」

「ふむ、してその理由とは?」


「……人生に対して極端に未練を残しているから」


不意に的を射抜かれたような感覚を覚える。

この人はすべてを知っているのか…?私の過去を。


「キミは深く人生を後悔しているね?分かるよ」

「……思い当たる節はあります」

「そっか、なら話は早いや。さっそく進路相談といこうか」

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