第6話

「ふわ…」


 締め切り日当日。まだ始業までは1時間はある。


 なんだかんだ心配になって朝早くに来てみた。気が向いたら手伝ってやらないでもないと思っているがツンデレなんかじゃない。


「おーい藤わ」


「うごおおお!」


 私は戦慄した。


 部室の扉を開くとそこに居たのはゴリラだった。


 否…私にはわかった。それはゴリラの姿をした藤原だ。


「ふ、藤原…!?」


 気が遠くなりそうになり後ずさる私の肩に触れる手があった。


 こむらさき先輩だった。


「埼玉…『ゴリラ』に魅入られたな…!」


「ご、ゴリラって…?」


「『ゴリラこそ小説の神域。ゴリラを御せし者小説の神髄を知る。だがゴリラを御せぬ者畜生道へ堕すものと知るべし』それが本物川の隠された秘奥!」


「今初めて聞きましたけど!?」


「一応隠された秘奥だからね!」


「うごおおお!」


 会話はゴリラ藤原の突進&ぶちかましに遮られ私は声無き悲鳴を上げる。


 強制的に廊下に打ち出された私を間一髪抱きとめる影があった。


 さらりとしな垂れるヘヤーに眼鏡といえば…


「あ、秋永先輩!?どうして!?」


「ひなたさん!詳しい説明は後です!」


「秋永さん!…くそっ!部長は!?」


「今朝LINE送ったら『V活で忙しいから当分学校休むね、メメントモリー死を忘れるな』とのことです」


「くそー!?ぼく達でどうにかするっきゃない!」


 そうこうしているうちに廊下に出てきたゴリラ藤原がのっしのっしとこちらへ近寄ってくるのが見えた。


「ど、どうすれば…!」


「仕方ないですね!『ブラッド・ナイト・ノワール』!」


 秋永先輩が口で革手袋をキュッと引き絞るとそれを合図とするかのように複雑な紋様の術式が足元から展開されていった。そこを中心に漆黒の闇がまろび出る。まるで私たちを闇の中に覆い隠そうとするかのように。


「一帯に固有結界を構成しました、これで心置きなくやれます」


「あ、秋永先輩!?こ、これは…」


「ひなたにはまだ言ってなかったか…」


 こむらさき先輩も革手袋をギッと装着した。


「ぼくたち本物川一派は『レキシコン・オーヴ』を内蔵したこの特別製の革手袋を使用することで自らの創作小説を異能として実体化させることが可能になるんだ」


「どこの某文豪バトル漫画のパクリですか!?」


「君みたいな勘のいいガキはきらいだよ!…ちっ!速い!?」


 こむらさき先輩はゴリラの突進を横に躱すと一閃、短く唱えた。


「『茨姫の凱旋』!喰らえ!」


 こむらさき先輩の手から放たれた煌々とした紫色に輝く茨の鞭がゴリラに襲い掛かる!が、ゴリラ藤原は意にも介さない怪力でその茨の鞭ごとこむらさき先輩を廊下の向こう側へ放り投げた。


「うわー!」


「こむらさき先輩!」


「ふふ…どうやら苦戦なされているようですわね」


「九瑛さん?」


 廊下の向こう側からゆっくりと歩いてきた灰桜色のシルエットは紛れもなく九瑛さんだ。


 だが、なぜだろう。なにかがおかしい?


 私はその違和感の源流を必死に手繰った。


「どうですか…私が育て上げた埼玉ちゃんと言う名のゴリラ…強くてかわいいでしょう?ふふふ」


「い、いや!よく見ろ!」


 私はゴリラ藤原を指さして言った。


「あれはゴリラじゃない…マンドリルだ…!」


『…は?』


 一同の空気が固まる。 


 ゴリラ(マンドリル)となった藤原ですら「…え?そうなの?」と言わんばかりにこちらを見て首を傾げている。


「ご、ゴリラじゃないんですの!?」


 慌てふためく九瑛の様子を察したのか藤原は空気を読んだ!


「う…うごおおお!」


「くそっ!あくまで自分はゴリラだと譲らないつもりか…!?」


「な、なにがなにやら…」


「う、うごおおお!」


「うわああああ!?」


 マンドリル藤原はさきほどまでのお茶を濁さんと私に襲い掛かってきた。


「あぶない!『フォトジェニック』!」


 秋永先輩が四角に切り取ったマンドリル藤原のその空間だけが一瞬静止する。


 秋永先輩は私をマンドリル藤原の攻撃の範囲外へと押しやる。自らが攻撃の危険域に入るのも顧みず…!


「あ、秋永先輩ー!」


「―ッ!!!」


 ガキィン


 金属音がした。

 

 目を開くと…そこにあったのは流れるような白い長髪…。


「…少し早めに登校しただけでまさかこんなことに巻き込まれるとは…」


「い、イサキ先輩!!!」


「やれやれです」


 イサキ先輩の手には『レキシコン・オーブ』が埋め込まれた革手袋、そして腕には一升瓶が握られていた。


 イサキ先輩はマンドリル藤原の怪力をいなしながら鼻先で歌うように口笛を吹いた。


「早速ぼくの”新作”の切れ味が試せそうですね………!礼を言いますよ藤原さん!」


 そういうとイサキ先輩は精神を集中させた。“語彙力”を体内に溜めているのだ!


「爆ぜろ!『アリス・IN・THE・金閣炎上』!」


 詠唱と共にマンドリル藤原の周りに炎の柱が乱立した!


「う、うごおおおお!」


「秋永さん!留めを!」


「くっ…!ダメです…私の“語彙力”は限界だ…!ひなたさん、あなたが最後の頼みです!これを!」


 秋永先輩から受け取った革手袋は私の手に吸い込まれるようにはまった。


「こ、これが『レキシコン・オーヴ』の力!?」


 レキシコン・オーブには2121のカウンタ数が表示される。


「初で2121とは…!あなたのポテンシャルには恐れ入りますよ神崎さん!」


 力が身体の奥底から湧いてくる!


 いくつも紡いできた私の小説、想い。


 それが私の力になる!


「ただ一つの望みは…すべてこの時のため…『ソラシド』!」


 私の手から水色の光が放たれる。


「うごおおおおおお!?」


 破壊ではなく再生でもない。


 私の願いを具現し、現実と闘うための武器。


 それが私にとっての小説だ!


「目え覚ませこのKUSOゴリラぁ!」

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