第3話

少し蛇行しながら道は緩やかに上り坂だった。

湿った枯れ葉が昨夜の雨を含み時々スニーカーを滑らせた。

しかし、雨の湿り気が林の中にマイナスイオンを多く生み出させ呼吸をするたびに、エネルギーがチャージされるような感じだった。

「うわー!本当、秘密基地。この先に何かありそうですよね!こういうのってワクワクする!」

凛香はさっきからはしゃぎっぱなしだ。

小学4年生相当の無邪気な顔で喜んでいる。

獣道の両側にある花や草の前で立ち止まり、突いたり、触ったりしながら楽しそうだ。

小さな子供が散歩に出かけて、小石やビーズ、BB弾など思いもよらない宝物を発見するように見るもの全てが新鮮といった感じた。

「凛ちゃん、ちょっと待って!もうちょっとゆっくりw」

「茜さん、ファイト!」

「凛ちゃんの若さに負けるわ〜」

「何、言ってるんですか。茜さん、十分若いですよ!若くてきれい!!」

茜は息を切らせながらちょっと微笑んだ。

「お世辞でもありがとう」

「お世辞じゃないですよw 本心です!アヌビスにいるお姉さんたちはみんな大好き!」

にんまりと笑う凛香の顔を見て、茜も嬉しくなった。

(そっか。そういえば凛ちゃん、お母さんいないだっけ。

希美さんって言ったな…伊達さんもよく男手ひとつで凛ちゃんを育ててるって思うわ〜

凛ちゃんもよくあの伊達さんに育てられてるのに、捻くれずにこんなに素直でいい子に…

凛ちゃん見てるとなんだか不思議感しかないわ〜)

5分くらい登っていくと急に周囲が平らになり開けた。

ポッカリと頭上に木々はなく、余計に明るく感じた。

「おっ!ついに頂上に到着かしら?」

茜は膝にちょっと手をやりながら、前方を見た。

「うわーw」

「凛ちゃん、走ると転ぶわよ」

「大丈夫。大丈夫。運動神経はいい方です!こんなに広いなら、ここに秘密基地建てて、住みたいかも。木が外から見えないようにしてくれるし、ここにイスとかテーブルとか置いて、涼みながら過ごすのってどうです?お弁当、広げたら楽しそう!」

茜も小さい頃、雑木林の中に秘密基地を造りたいと思っていた。

親と喧嘩したときに逃げ込めるように、自分だけの部屋を家の外に造りたい。

壁も屋根もなくても、ここにテーブル、ここにベッド、ここに棚とあれこれ夢想する。

例えそれが雑木林の中から拾ってきた岩や木の枝で作ったものだったとしても、子供の自分は何にも変えがたい宝物だということを思い出した。

現実的にはそんなことはできるはずもないのだが、子供が一度は夢見る自分だけの世界なのだと。

凛香にもそれを感じた。

くすっと笑って、茜も後を追いかけた。

凛香は両手を広げてくるくると円を描くように回った。

直径にして10mといったところだ。

「ねー、茜さん」

回っていた凛香が立ち止まると、あるものを指差した。

「これ、なに〜(・・?))」

「どれどれ?」

開けた空間の縁に本当に小さい陶器製のこげ茶色の祠が見えた。

土台のコンクリートは崩れ、斜めになっていた。

祀られたことも忘れられているような、もう長いこと放置されてしまった祠だった。

茜は霊視とルーンを使った魔術を使う術者だ。

アヌビスの扱う事柄はどこにどんな危険が潜んでいるともしれないので、一応霊視モードでも視てみた。

「土地神様を祀った祠みたいね。今は中には何もないようよ」

「ふーん。土地神様って、座敷童みたいなの?」

「座敷童は屋敷に憑く神様よ。土地神様はね、その土地とか村を守る土着の神様。ここは小高い山だから昔はこの辺りの集落の神社かお寺があった神聖な場所だったかもしれないわね」

「そっか」

凛香はその祠から向こう側の斜面に目をやった。

祠の向こうはさっき登ってきた獣道より急勾配になっていた。

凛香のいる場所から3m程下がった場所にある色鮮やかな三角形のものが妙に気になった。

あたりの新緑や枯れ葉の色とは対照的な色をしていた。

よく見ると黄色い児童傘だった。

思わず凛香は斜面を滑り降り、その傘を右手でひっつかんだ。

いきなりの行動に茜は面をくらって、凛香の動いた方向に走り寄った。

足を滑らせて落ちたのではないかと思ったからだ。

「凛ちゃん!?凛ちゃん!!」

「茜さん、ごめん!大丈夫です!」

「ちょっともう、いきなり何なの?落ちたと思って心配したじゃないっ」

「あ、落ちてないです。自分で降りました」

「どっちでも同じよ。怪我はない?」

「平気です。今、上がっていきます」

凛香は黄色い傘を杖のように斜面に刺し、急勾配の坂を登り始めた。

「何、持ってるの?」

「傘です、傘」

「傘ぁ〜〜〜!?凛ちゃん、あんた、そんなもののために降りてったの!?」

「えへへ」

「えへへ、じゃない!怒 心配させないでよ、もう」

「だって気になっちゃってw」

そういいながら彼女の方へ手を差し伸べた。

濡れた斜面は思った以上に足を取られた。 

ようやく手が届く範囲内に坂を登ってきた凛香は左手で茜の手を掴んだ。

グイって腕に力を入れて凛香を引き上げた。

最後の一歩を大股でようやく凛香は平地に上がってこれた。

「んしょっと」

「なんでまた傘なんか」

「なんかかわいいなあって」

凛香は持っていた傘にまとわりついていた葉や泥を振り落とそうと手首を左右に回転させた。

ゴミが勢いよくあたりに落ちるとさらに鮮やかな黄色に目が釘付けになった。

長さが40cmもなさそうな小さな学童用の傘だ。

「よしなさいよ、落ちているものなんて」

「まあまあ。秘密基地は、無人島とかを想定するじゃないですか。そうしたらそこらにあるもので工夫しないと!」

もう凛香はごっこ遊びに夢中といったふうだ。

茜は『テレビドラマのLOSTじゃないのよ』と言いたげだ。

子供のごっこ遊びについていけないあたり、もうだいぶ自分の年齢を感じた。

「じゃ、開いてみますね。わぁ骨の先っちょが尖らないように丸いストッパーが付いてる。黄色に黄色でポップですね。これやっぱり女の子用かな?」

露先には直径1cmにも満たない小さな丸いボールがちょこんとついて1つの輪になっていた。

そう言いながら凛香は傘を開いて、肩にかけた。

本当に小さい小さい傘で、凛香の体が大きく見えてしまうほどだ。

「子供の頃持ってたこの手の傘って水色だったから、こういう目を惹く黄色に憧れちゃうんですよね」

「今だって十分まだ子供でしょうに」

「あはは。茜さんから見ればね」

「嫌だわ〜、私をおばさんみたいに言わないで」

凛香は左手で傘の持ち手を持ち、それを傾けたままくるくると何度か回ってみせた。

もっと年齢の若い幼児になったように、ひとりファッションショーのようだ。

スカートでもはいていたら、花弁のように広がってきれいだろう。

だが、今日はいつも通りのジーンズにパーカーといういでたちだ。

回転を止めると、凛香は茜に向かって敬礼をした。

「さらに、探検を続けます。隊長!」

このくらいのお遊びなら付き合えると思って、茜は答えた。

「そうしてください、副長!」

「さて、次は…」

再び敬礼をすると、凛香は右手の方を向いて歩き出そうと一歩を踏み出した。

その途端____。

「!? 凛ちゃん!」

突然、凛香は力が抜けたように膝から地面に倒れ込んだ。

真っ青になって茜は慌てて彼女のそばに駆け寄った。

何が起こったのかわからなかった。

凛香が倒れていくさまだけが見えた。

ドサっ…という人ではなく物体の落ちる思い音が響いた。

そして、一瞬遅れてさっきまで彼女の手の中にあった黄色い傘が風に舞うように地面に落ちた。

八間ある木間が青空を仰いでいた。

凛香は両目を見開いたままで、昏倒していた。

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