第7話 遭遇


チチチッという鳥の鳴き声が聞こえてパチリと目を開ける。



辺りは薄明るく、被った枯葉の表面には朝露が付いていた。



無事に夜が越せたようだ。



正直、気持ちの良い目覚めとはかけ離れた最悪の体調だ。体の節々が冷えて石膏のように固まり、首を動かすだけで鈍い痛みを感じる。頭は鉛が入っているかのように重く、思考もぼんやりとして脳が働かない。そして依然と癒されない渇きと空腹。



よく生きてるな私。



さて、探索を再開しなければならないけど、また向こう見ずに動いても余計遭難してしまう。


今度はきちんと考えて行動するんだ。もう一度方角を調べるにはどうしたらいい?



日の光は所々差し込む木漏れ日のみで、空は広葉樹の枝葉が覆ってしまっている。



太陽の位置を確認するにはこの巨木が広げる天然の屋根の上にいかなければならない。けれど寒さと絶食で弱っている状態で、さらに体力を消耗するような事をして私は生きてられるんだろうか。



せめてもう少し日が登って気温が上がるまで待ってみるべきだ。その間になるべく体力を回復する、その時間でできることは無いか?しっかりしろ、わたし。頭を働かせろ。



鈍い頭痛を抱えながら、私は必死に記憶を探った。生死が掛かった思考のためか、今までよりずっと頭を使ったような気がする。



ふと、日時計が思い浮かんだ。



時間の経過による影の動き、すなわち太陽の動きを見て時間を計測したものが日時計だ。



太陽の動きが分かれば方角も分かる!



私は落ちていた枝を拾うと、木漏れ日が射す地面に突き立て、できた棒の影の先端にあたる位置の地面に印を付けた。



この状態で暫く待っていれば、影は東へ動くはずだ。これならおおよその方角が分かる。



それを待つ間に体力を回復させるため、再び枯れ葉の中に潜り込んでいると、徐々に辺りも明るくなり、朝露もいつの間にか大きな粒となって地面に吸い込まれて行った。



そろそろ動き出そう。



棒を突き立てた場所に戻ると影は印から動いており、再び今の影の位置に印を付ける。



その印と最初の印を線で結び、その線を基に地図でよく見る方位記号を描いた。――南はこっちか。



私はのっそり動き出した。



*******



それから暫くの事。



すでに太陽は中天を過ぎているので、多分5時間後くらいじゃないだろうか。ひたすら森の中を歩き続けて私は疲労困憊だった。



頭がクラクラして意識が朦朧とし、手足は震え喉は乾きどころか吐き気を訴えている。だが本能的に水を飲まなければという思考が頭を占めていた。脱水症状だ。



ヤバイこれは。



いくら馬鹿な私でもこの症状が危険な事は分かる。



早く、水が飲みたい……。



その一心で足を動かす。



方角は合っていたようだ。既に耳をそば立てなくても聞こえてくる水音、吸い込む空気に感じる水分。もうすぐそこだ。あともうちょっと……!



目の前を遮っていた木の茂みをかき分ける。すると途端に視界がクリアになる。



腐葉土の地面がグラデーションのように石が多くなっていき、砂利で敷き詰められた先には大きな河があった。



河だ!水だ!



私は今までのふらつきが嘘のように駆け出した。水際まで近づくと水質を確認する。



うん、川の底まで透き通ってる。もしかしたら見た目だけで菌に汚染されてるかもしれないけれど、そんな事構ってられない!



私は水を手ですくって一気に飲み干した。冷たい水が体の中をすべり落ちていく感覚。途端に吐き気が襲ってきて、せっかく飲んだ水を吐き戻してしまった。けれど水分を取らなければ死んでしまう。



水を飲み、吐く。そんなことを繰り返し、やっとまともに水を飲めるようになったところでどっと疲労が襲ってきた。日に暖められて温もりを持った砂利が意識を微睡わせる。



だめだ、寝てしまっては。



水場では森の獣も近寄ってくるという話を本で読んだ気がする。



ここからは離れるべきだ。



けれど私は水を持ち運ぶ水筒を持っていない。水を必要とする用事はなるべくここで済ませたい。



私は泥だらけで血がにじんだ太ももと膝を見た。傷口を洗っておかなければこのままだと化膿しそうだ。



ローファーと靴下を脱いで両足を水につける。



「冷たっ……!」



思わず顔をしかめるが、我慢して水をすくって傷口にかけようとする。すると今度はスカートが邪魔になった。



誰も見ていないし……。



私は川から上がってスカートを脱いで下着だけになると、再び川の水で傷口を洗った。



傷口に冷たい水が染みてまた顔を顰めることになる。けれど我慢ができる程度であるし、私はなるべく傷を悪化させないように泥を落としていった。



その時、ガサリと木々が揺らぐ。



えっと思った私は思わず固まる。も、もしかして熊……?



バクバク心臓が暴れだしながらもその正体を確認せずにはいられなかった私は、ゆっくり音がした方に視線を向けると、まず見えたのは草履を履いた足元。徐々に視線を上げていくと、黒色の着物、そして笠を被った男性の驚いた顔。



ひと……?



袈裟を纏い剃髪であることから僧侶であることが窺える。



身長は180㎝程だろうか、体格は大柄で歳は四十代くらい。眦は鋭く無精ひげを生やしている顔がなんとなく気難しい性格を思わせた。



なんでこんな所に?と呆然と固まった私を見て、そのお坊さんは気まずそうに被った笠を下げて目元を隠す。



そこで私は、自分が今どんな格好をしているのかを思い出す。



カッと一気に顔に熱が上った。



「い、いぎゃぁあああァアアアアッッ!!!」



女子らしかぬ汚い悲鳴がビリビリと空気を震わせた。

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