22話 数奇な巡り合わせ

 鏡也は決して鈍感というわけではない。


 寧ろ敏感で、臆病故に人のことをよく見ていて友人の細かい変化にも気付けるタイプの人間ではあるが、あくまで友人の――と前置きがつく。

 はっきり言って、一回も喋ったことがないようなクラスメートの名前なんて一つも覚えていないし、

 もはや、興味を失ってしまった美緒の今更な恋心にも気付かず。


 なんなら見てすらいなくて。


「脚本が出来上がったってマジ? あと、キャストも決まったって」


「マジです。すみませんね、学校早退させてしまって」


「いや、別に良いよ。午後はLHRだし。昼休みに遊ぶ友達もいないしね」


 原作者である柳たっての希望で、カガミが主演の映画『霹靂の蒼』

 主演が決まってから2ヶ月弱の時を経て、脚本とキャストが決まったと聞いた鏡也は心の底からうっきうきだった。


 昼休み、迎えに来たマネージャーの車に制服姿で乗り込む。


 鏡也の胸の内には、期待と緊張とワクワクとドキドキと不安がごちゃまぜになった感情が渦巻いていて、身体中がソワソワして落ち着かない。


「(主役はお姉ちゃ……いや、他の人もいるし撫子さんって呼ばないとな。流石に他の人の前でお姉ちゃん呼びは恥ずかしい)」


 主役は撫子。ヒーローはカガミとして、

 他にライバルキャラや、蒼のオタク仲間で相談相手となるキャラ、キョウをライバル視していて蒼に片思いしているキャラとか色んなキャラがいるけど……


「やっぱり有名人ばっかりだよね? 誰がやるんだろう」


 知り合いかな? いや、それはないか。鏡也の有名人の知り合いなんて三人しかいないし。

 でも、霹靂の蒼は本屋大賞受賞作品だし俳優とか女優とかもきっとスゴく輝いている人たちが来るのだろう。


 どうしよう。


 一瞬、楽しみ! サインとか欲しいなとも思ったけど、それ以上に


「(うわ。どうしよう。俺……アウェーにならないかな)」


 と不安で、胃がきゅるきゅるし始めていた。

 演技出来ないくせになんでこいついるんだとか、言われそう。

 結局、脚本が出来ないことには――と言われたから演技の練習とか全然出来てないし、足引っ張ったらどうしよう。


 カガミに求められているのは、映画にバッチリあった曲だけど……曲が微妙だって思われたらどうしよう。


 特に、カガミの曲で評価されているものの多くは偶然の産物。天から降ってわいたように降りてきた曲ばかりなのだ。

 あのレベルの音楽は狙ってかけるものじゃないのに、きっとあのレベルを求められているから。


 まだなにも始まってない。なにも言われてないのに不安で不安で仕方がなくなる。


 鏡也の悪い癖だった。

 青ざめ、うっぷと嗚咽を漏らす鏡也を見てマネージャーはまたか……と思う。


「心配しなくても大丈夫ですよ。もし失敗して、干されることになったら自殺に付き合うくらいはしますので」


「それは……どんな慰め方?」


 俺は、例え干されても死にたくないんだけど。

 って言うか、心中覚悟って重すぎない? カガミのこと好きすぎるだろ、このマネージャー。ヤンデレか? ヤンデレなのか?


 そんなことを思いつつ、少し可笑しくて。


 鏡也の胃キュンは、ある程度収まっていた。




                 ◇



 巡り合わせと言うものは不思議なもので、いつ、どんなところで思わぬ人と会うことになるかもしれない。そんな数奇。


「あれ? なんでここにカガみんが?」

「そっちこそ。なんで桃がここに?」


 いや、まぁここはスタジオだし仕事の用事ってのは解るが、生憎今日は『霹靂の蒼』の関係者しか入れない。貸し切りだ。

 ……となると、間違って入ったのか


「「カガみん(桃)も出るの?」」


 ハモった。でも、「も」ってことはつまり桃も鏡也も出演するってことだ。


 聞いてない。いや、別に仕事の内容を一々報告しあったりすることなんてないし、まだキャストは一般には公開されてないから内密にって言われているし。

 聞いてないのもムリはないけど、それでもやっぱり聞いてない。


「え? なに役? 八百長?」


「雷子役。って言うか、八百長じゃないから! ちゃんとオーディションに受かったから!! そう言うカガみんは?」


 カガミはがっちがちの八百長なんですがそれは……。なんなら、撫子もコネだ。

 オーディションなんていつの間にあったんだ。存在そのものを知らなかった。


「キョウ役。なんか柳……原作者のゴリ押しと、マネージャーが“カガミさんにはそろそろ新しいステップに”とか言い出して快諾した感じで」


「あ、それ私も同じ。マネージャーがそろそろ役者とかも挑戦してみたら? って勝手にオーディション申し込まれてた」


 そして受かった。

 いや、選ばれた以上全力で頑張るつもりの二人ではあるが。

 それでも、役者の経験なんて皆無だし、不安が大きかった。


 でもだからこそ、同じ音楽業で役者経験なしの人間が自分だけじゃないと知ってほんの少し安心する。

 いや、でも……


「(カガみん、原作者のゴリ押しって言ってたけど……言われてみれば、キョウとカガみんって似てる。これ以上ないハマリ役って認められたから、オーディションすらなかったんだ)」


「(桃、ちゃんとオーディションで選ばれたってことはつまりちゃんと演技の実力を認められたってことなんだよね? ……霹靂の蒼って人気作だし、多分それなりに有名な役者さんも参加してただろうに)」


 鏡也も桃も、お互いがストイックで才能に溢れていると認めている。

 それ故に、演技初めてだからと言って侮ることなど出来ず――むしろ、下手な役者より上手いんじゃないかとすら思い合っていた。


 うわっ。自分だけ悪い意味で浮いたらどうしよう!!


 でも、カガみん(桃)には情けないところを見られたくない。


 だって、同い年で何度もオリコンチャートで競り合ってきたライバルなのだ。


 色んな意味で意識していて、格好良い(かわいい)と思っている異性でもある。

 へなちょこな演技は許されない。色んな意味で!!


「お疲れ様です~、って鏡也くんに桃ちゃん? 早いね、二人とも」


 二人の心にのしかかるプレッシャー。それを霧払うような優しげで心地良いお姉ちゃんの声。

 撫子が、立ち往生していた鏡也と桃の元へ歩いてくる。


「あ………撫子さん」

「撫子さんだ! こんにちは~」


「「((あれ? 桃(カガみん)撫子さんと知り合い?))」」


 いや、写メ交換のこと知られてたし鏡也の知らないところで仲が良いのかもしれない。

 テレビで仲良いって言ってたし、カガみんもそりゃ知り合いか。


 得心しつつ、今のところ見知った人ばかりで桃も鏡也も些か緊張がほぐれ始めていた。

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