クロス×ブラッド

京極コウ

第1話 プロローグ(1) 現実

※聖歴一〇五年、七月一日、アイサット王国、王都ジュノ、大通り市場、午後一時


「お願いします! その治癒魔法の血を僕に譲って下さい! 僕はAB型で血に適合できるのです! その血がないと大切な妹の病気が治らないのです!」


 天候は曇り――。


 今にも雨が降り出しそうな中、血液(ブラッド)魔法(・マジック)を売る店前で一人の小柄な美少年が店主に懇願をしていた。美少年は使い込まれた麻の服と首からAB型を証明するナンバープレートを吊るしたみすぼらしい姿をしていた。だが、瞳には強い芯があり、「成し遂げねばならぬ」と力強い意志を宿していた。

 

 店主は美少年の差し出したゼニが百ゼニ(1ゼニ=1円以下略)しかないのを見て困り果てていた。


「ブラッド、お前の家が貧しいのは解る。それにお前が誰よりも妹想いで気立てが良い奴だっていうのも良く知っている。だが、お前さんが欲しがっている血は五千万ゼニの血だ。ここ数年、疫病が流行っているからこの血は凄く売れていて入手が困難なんだ。たった百ゼニで譲るわけにはいかない」


 それでもブラッドは退かなかった。


 強い意志を宿した瞳で店主を見ると、「絶対に退けない」とばかりに話をした。


「両親を失って、三年が経つんです! ここで妹を失ったら僕はたった一人になってしまう! 妹だって一人逝かせるわけにはいかないんです! きっと今だって、病にうなされながら戦っている! 妹を救わせて下さい! 五千万ゼニは僕が何年かかろうが必ず返しますから!」


 一歩も退かないブラッドを前に店主も参っていた。


 ブラッドは今年、十二歳になる少年だった。両親を流行り病でなくしてからは、一人妹の面倒を見ながら働く威勢の良い若者でジュノ内では有名だった。愛想も良く、黙っていても大人以上に働くブラッドを街の人全員が応援して、支えていた。


 だが、今回ばかりはブラッドの性格の良さがあってもどうしようもない事だった。


 今、王都ジュノでは疫病が五年間も継続して流行っていた。疫病を治す術はなく、ブラッドが求めている血液魔法も効果があるか解らない一か八かの懸けだった。


 家の収入はブラッドが働いた日雇いのお金が支えだった。「その日暮らしの生活をしていた」と言えば聞こえは悪い。だが、ブラッドの年齢で働いた収入を考えるとその日暮らしの生活がやっとだった。


 十二歳といえば周囲の子供たちは勉学に勤しんだり、自己鍛錬を始める年齢だ。


 そんな中、文句を一つも零さずに働くブラッドは子供たちの鏡としてジュノでは評されていた。


 ブラッドは「自分も他の子たちみたいに過ごしたい!」とは思わなかった。


 唯一の肉親、妹のセティンと静かに暮らしたいと願うだけだった。


 そんなささやかな願いさえも現実は許してくれない。


 どんなに懇願しようが、土下座しようが、疫病を治す可能性がある血液魔法を店主は頑なに売ろうとはしなかった。


 ブラッドは店主にしつこくお願いし続けた。


 だが、結果は変わらなかった。

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